39帖 新疆TV
今は昔、広く異国のことを知らぬ男、異国の地を旅す
車内は騒然としてた。一体何が起こるんや?
近くを通った乘务员に教授が聞いてくれた。
「どうも新疆电视台(新疆テレビ局)が取材に来ているらしいですよ」
「ということは俺らはテレビに映るんか」
「どうですかね、声を掛けてみましょうか」
「マジすか。と言うことは何日かしたらテレビで見られるってこと」
「そうですね。なんとか頑張ればね」
「俺、テレビに映るん初めてやからな。なんか緊張してきたわ」
整理整頓が終わった頃、テレビ局のスタッフがこの車両に入ってきた。照明が当てられカメラが回る。
軽快な音楽が流れてきたと思たら、なんと我らが乘务员の黄さんが踊りだした。民族舞踊というか、なんやろう? かなり妖艶な動きやった。乘务员は、仕事に厳しいだけでなく、こんな踊りまでできんとあかんのかな。つまりエリート中のエリートなんやと思た。
音楽が佳境に入ると、他の2人の乘务员も踊りに加わり、より一層華やかに踊ってる。周りの乗客たちも手拍子をして盛り上げていた。
TV局の取材ネタとしては3人の乘务员と乗客が楽しく旅をしているというそんな絵面を狙ってるんや、そういう演出なんやと読めた。
さっきまでむっちゃ怖い顔をして荷物の整理整頓を促してたのに今は綺麗に着飾って笑顔で踊ってる。これがプロパガンダなんや。一種のヤラセやね。そう思うと笑えてきた。
音楽と踊りが終わり、今度は乗客のインタビューが始まる。そしたら、な、な、なんと教授が大きな声を出して、
「ここに日本人が乗っていますよ」
とディレクターらしきスタッフにアピールする。
スタッフらは「それは面白いぞっ」ってな事でレポーターとカメラと照明さんが僕らの所にやってきた。
黄さんも後ろからついてきて厳しい目で見てる。なんか監視されてるようや。これは下手打つと怒られるんとちゃうか?
女性のレポーターが中国語と英語で質問してくる。
「どちらからお越しになりましたか」
「ほら、多賀先輩。答えてくださいよ」
多賀先輩の顔を見ると、一杯いっぱいやった。
「あ、あかん。北野、お前言うてくれ」
「なに緊張してるんですか」
「頼むわ」
「もう、しゃーないなー」
多賀先輩はいつになく緊張した顔やった。意外と根性無しなのね。
でもそんなやり取りが日本語は通じてないはずやのに周りに受けてた。
つかみはOKや。偶然やけど。
「僕たちは日本からやってきました」
「これからどこへ行くんですか」
「トルファンに行きます」
「列車の旅はどうですか?」
「乘务员の黄さんが私たちの安全を守ってくれています。それに中国の人はみんな親切でとても楽しい旅です」
とテレビ受けするような事を適当に言うといた。僕が英語で言うたことを、教授が通訳してくれてたんですけどね。教授にもライトが当たって、幾つか質問されてた。
「最後に、テレビを見ている中国の視聴者にメッセージをお願いします」
と振られる。おっと! 予想外の展開。ここでは下手な事を言うたらあかんな。天安門事件の事もあるし、政治的な事は御法度や。外交問題になっても困るしな。うーん。
何を言うたらええか思いつかん。
取り敢えずノートに「中日友好! 万岁(万歳)」と書いてカメラに向け、
「日本人と中国人は友達です。朋友(友だち)。バンザイ!」
と日本語混じりで言うた。万歳したりピースしたり、周りの乗客と握手したりして適当に盛り上げときましたわ。他の乗客も拍手や歓声で応えてくれてた。
なかなかいい映像が撮れたんちゃうかな。こんだけ媚びっといたらカットされんやろ。
初めは後ろから厳しい目で見てた黄さんやったけど、この光景に満足したんか、もしくはこの映像がTVで流れたら自分のポイントが上がるんかは知らんけど最後は笑顔で一言二言声を掛けてくれた。
その時だけ多賀先輩は「俺、頑張りましたよ」みたいなアピールをしてた。 まだ未練があるんかいな。あんた何も言うてへんかったやんか。
テレビ局のスタッフは別の車両に移動し、この車両は少し落ち着いた。
「ああ、緊張したなあ」
「そうですね。ちゃんとテレビで放映してくれるかなぁ」
「トルファンでテレビ見てみようか」
「いつ放映されるんやろか」
「そうやな、教授に聞いといてもらお。ちょっとトイレ行ってくるわ」
我慢してたんや。多賀先輩は急いで席を離れた。
テレビ局のスタッフが戻ってきたんで教授に聞いてもろた。
「6月2日の日曜日に、夕方の『新疆TVニュース』でやるそうです」
ほほう。6月2日ね。
そやけどその日って、僕らは何処におるんやろ?
つづく
続きを読んで下さって、ありがとうございました。
いよいよ砂漠の旅に入ります。
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