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広く異国のことを知らぬ男  作者: すみ こうぴ
【中国】北京→吐鲁番(トルファン)
36/296

36帖 多賀先輩はアタックを始める

 今は昔、広く異国(ことくに)のことを知らぬ男、異国の地を旅す


 北京を出発してから最初の駅、石家庄(シーチャーチュワン)(石家荘)に到着した。

 15分ぐらい停車するんでホームに降りてみる。ホームというても日本みたいに車両の高さとホームの高さが同じではないんで、ほんまに「降りる」という感じや。


 ホームにはたくさんの移動式の屋台があっていろんな食べ物を売ってる。列車からは大勢の人民が降りてきて先を争うように買う。こういう時の人民たちの勢いにはいつまでたっても勝てへんわ。

 僕は、少し離れた所で営業していた蒸籠(せいろ)がある屋台に行き、何を売ってるんか覗いてみた。蒸籠の中には竹の皮で包んだ物があり、ええ匂いがしてる。なんやろうと思て取り敢えず2個買うてみた。

 列車の中に戻り、多賀先輩に一つあげる。包みを開けてみると中には粽子(ゾンズー)(中華ちまき)が入ってた。もちもちしてて一瞬美味しいかなと思たけど、よく噛みしめてみると薄味であまり美味しくなかった。ただ、お腹の足しにはなった。


 列車が動き出して暫くすると乘务员(チォンウーユェン)|(車掌)のお姉さんがまた検札に来る。新しく乗ってきた人民の検札が始まる。どうやら1両につき一人の車掌が担当しているようで、何かあればやってくるのはいつも同じお姉さんやった。まあその度に多賀先輩はじろじろ見てはりましたけどね。時々「あっ、今目が会うた!」とか言うて喜んでる。


 車掌のお姉さんは、検札の度に荷物の整理を促してくる。安全対策なんかただそういう規定でそれを履行してるだけなんかは分からんけど、口調はかなり厳しい。例えば僕のリュックから紐が少し垂れているだけでそれを直せとか言われる。そやから荷物が多い商人の(リー)さんはなかなか大変そうやった。

 そやのに多賀先輩はワザとリュックをずらし、お姉さんに注意されては喜んどった。これもアタックの為の作戦らしい。その涙ぐましい努力とアホさ加減に僕は感服いたしました。


 そして検札が終わってお姉さんが車掌室に戻って行くのを見計らい、多賀先輩は後ろをついて行く。いよいよ多賀先輩のアタックが始まった。

 お姉さんは車掌室に入ってしもたので、その前で多賀先輩は待っている。

 僕はその様子を教授と一緒に見守ってた。と言うか面白がって見てた。

 暫くするとお姉さんが車掌室から出てくる。多賀先輩は、ここぞとばかりに身振り手振りで何か話してる様やったけど、落ち込んだ顔をしてすぐに戻ってきた。


「どうやったんですか」

「あかんわ、工作中(ゴンズゥォヂョン)(仕事中)やから席にも戻れって言われたみたい」

「ええ、何て言うたんですか」

「もし時間があったらお話ししませんかって言うたんや」

「多賀先輩って中国語を話せましたっけ?」

「そんなん話せるわけないやろ。もちろん日本語や」


 流石は多賀先輩、すごい根性や。それでよう通じたなあと思た。


「こういうなんはマメにやらなあかん。また次のチャンスに行ってみるわ」


 チャレンジ精神はなかなか旺盛です。

 この経緯を教授に話すると笑ろてたけど、多賀先輩に中国語のアドバイスをしくれた。


我们(ヲーメン)可以(クェァイー)谈一谈吗(タンイータンマー)?』


 どんな意味かと聞くと「ちょっとお話できますか?」と言うことらしい。

 多賀先輩は何度も練習するけど発音が悪いので教授に言い直しをされてる。まあこの今後の展開がどうなるか楽しみである。たぶん無理やと思うけどね、僕は。


 辺りが暗くなってきた頃、安阳(アンヤン)(安陽)に到着する。列車は河北省(フェァベイシォン)から河南省(フェァナンシォン)に入ってた。

 この近くには嵩山(ソンシャン)少林寺(シャオリンスー)があるはずや。僕は少林寺拳法を習ってたんで、是非行ってみたいとは思てた。まぁ今回の旅では無理ですが……。


 またこの駅では、白い服に白い帽子を被った物売りのおばちゃん人民たちが乗り込んできた。晩飯を車内販売してる。「素麵(スーミィェン)」と言う声が聞こえた。僕らは日本語で言う「ソーメン」を想像したんで買うて食べることにした。やっぱり一つ4元や。

 発泡スチロールの蓋を開けると中に汁は無く、茶色の細麺と野菜や肉などの具材が入ってるだけやった。


「なんやこれ。ソーメンやと思って期待してたのに、ただの汁なし麺か」

「多賀先輩はこんなやつ食べたこと無いですか? うちの実家の方では食べますよ」

「ほんまか。草津ではこんなん喰わへんぞ」

「まぁ湖北独特の料理やと思いますわ」


 滋賀県の湖北地方では、焼鯖を甘辛い出汁で煮込み、その煮汁でソーメンを煮る。出来た茶色いソーメンの上にさっきの鯖を乗せて完成。そんな汁のないソーメンを「鯖ソーメン」と言うて食べる。ばあちゃんがよく作ってくれた。もし長浜にでも行く時があれば是非ご試食あれ。癖になって結構食べてしまいます。


 買ったヤツを実際に食べてみる。そんなに甘辛くは無かったけどなんとなく懐かしい味がした。中国のこんな所で「鯖ソーメン」ぽいやつを食べられるとは思ってもみんかったわ。僕はじっくりと「偽鯖ソーメン」を堪能した。


 列車は新乡(シンシャン)(新郷)を着発し、黄河(フゥァンフェァ)を越え、夜9時33分郑州(チェンチョウ)(鄭州)に到着した。

 当然、真っ暗なんで黄河だろうが何だろうが見えるもんは何も無い。

 また、ここからは路線が京广线(ジングゥァンシィェン)(京広線)から陇海线(ロンハイシィェン)(隴海線)に変わる。発車数分前に振動が伝わってきたんで、たぶん機関車も交換されたようや。そやけど車掌のお姉さんは変わらんかった。


 郑州を9時46分に発車。車内は寝る支度がそろそろ始まる。

 僕と多賀先輩と教授は座ったまま喋ってた。教授が政治経済の専門なんで話は日本の政治や経済の話になってしまうけど、英語でそんなことを話ししている自分がすごいと思た。今までこんなに英語で喋ったこと無かったし、結構喋れるもんやなあと自分で感心してた。


 ほとんどの人がシートや床で寝っ転がってる中、11時39分に洛阳(ルオヤン)(洛陽)に到着した。降りる人は居らんかったが一人二人と乗り込んでくる人はまだ居た。


 洛阳と言うたら(いにしえ)の都やけど、当然真っ暗なんで何も見えへん。その代わり中国歴史シミュレーションゲーム「曹操の野望」の画面が浮かんできた。洛阳を攻め落とすんは大変やったなーと思い出してた。ただゲームの中でしかお目にかかれなかった場所を実際にこうして旅してるとかと思うと不思議な気持ちになる。ゲーム内に召喚されたらオモロイやろなーと考えてたけど、そんな事は起こる筈もない。僕は急にゲームがしたなってきた。


 列車が洛阳を出発してし暫くすると、多賀先輩は「また行ってくるわ」と言い残し、ペンとノートを持って車掌室の方に向って歩いて行った。

 どうせあかんやろなあと思いながら僕は教授と話を続けてたが……、いつの間にか眠ってしもたみたい。


 多賀先輩のアタックはどないなったんやろう?



 つづく


 続きを読んで下さって、ありがとうございました。


 列車は淡々と進んで行きます。暫くお付き合いを。


 もしよかったら、またこの続きを読んでやって下さい。


 誤字・脱字等ありましたら、お知らせ頂けると幸いです。

 また、感想や評価など頂けましたら、大変うれしく思います。

 今後とも、よろしくお願いします。


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