33帖 嘘つき
今は昔、広く異国のことを知らぬ男、異国の地を旅す
ミョンファに大熊猫(パンダ)のぬいぐるみをプレゼントすることになり、二人で近くの売店に入る。
小さいのは20センチぐらいからで、小・中・大・特大と、サイズも柄もいろいろある。
さすがに特大は持って歩けへんさかい「大」を買うことにする。それでも60センチぐらいあるんでかなりでかいと思う。
その中でもミョンファは青い中国服装(チャイナ服)を着た雄のパンダを選ぶ。服を着てない方が動物らしくて普通やと思たけど、チャイナ服を着てる方がええと言うんでそれにした。
お金を払ろてる時のミョンファは落ち着きなかった。小さい子どもがおもちゃを買うて貰う時の様にそわそわしてる。
支払いが終わってぬいぐるみを渡すと、ギュっと抱きしめて一目散に店を出ていった。
外へ出たミョンファは、ぬいぐるみが愛おしくて仕方がないみたいで頬を擦り付けてた。
「シィェンタイ、ありがとう。おおきにです。めっちゃおおきに」
相当嬉しかったみたい。
「私は、この子に名前を付けたよ」
「何て名前なん」
「小憲太です!」
「ええー」
これは意表を突いた作戦だ。僕は玉砕しかけた。
「いいでしょ。この子はシャォシィェンタイ。シィェンタイちゃーん、可愛いねー。シィェンタイちゃんは、いい子ですねー」
と、ぬいぐるみにキスをしていた。俺にもしてくれー!
なんか完全に弄ばれてるような気がした。
終いには、
「シャォシィェンタイ、爸爸(お父さん)ですよー」
と、僕がお父さん扱いされてしまった。
でも、そうやってあやしているミョンファは、ぬいぐるみ以上に愛おしく感じた。
パンダの所に戻ってきて、また眺めてた。相変わらずパンダは活発に動いてる。
「そろそろ他のとこへ行かへん」
「うーん、そしたらまた後で見に来よ」
「よっしゃ、そうしよう」
「次は何処へ行くの?」
「そうやなぁ、朴君らは两栖爬行动物馆(両生類爬虫類館)の方へ行ったし、僕らもあっちへ行ってみよか」
「うん」
ミョンファは左手で「シャォシィェンタイ」を抱き、右腕で僕の左腕に組んできた。うーん、なんともええ感じや。
ミョンファは鼻歌を歌いながら歩いてる。やっぱり今日のミョンファはテンションが高い。
まぁ僕も頭がフワフワしてたけどね。一歩、歩くたんびに僕の左腕にミョンファの胸が当たって何とも言えんええ気持ちやったから。
隣は大猩猩(ゴリラ)の檻やった。若いゴリラが柵を持って揺らしてる。ここの動物園はパンダ以外も結構元気があるみたいや。
「シィェンタイ、あの大猩猩、誰かに似てると思わへん」
「そうやなぁ……。あっ、多賀先輩か?」
「正解でーす。ドゥォフゥァさんにそっくりでしょ」
「ほんまやなあ、ちょっとイケメンなんやけど、何か面白い事しとるな」
「ほんで、あそこの岩の上で寝てるのがシィェンタイです」
ボーっと寝そべってるゴリラを僕やと言うてきた。
「なんやてー」
僕はちょっと怒った振りをした。ミョンファはキャーと言うて逃げていった。
なんとなく雰囲気が似てるのは認めるが、まさかゴリラに例えられるとは。
しょうがないので僕はゴリラの真似をしてミョンファを追いかける。ミョンファはキャッキャ言いながら逃げまくってた。
どこへ行ったか分からん様になったんで、歩きながら探した。もちろんゴリラの真似はせずに。
そしたらミョンファは、猴山(猿山)の前で猿を見てた。
そっと後ろから寄って行き、ゴリラの顔真似をして低い声で叫んだ。
「ミョンファー」
「ギァー。シィェンタイ、めっちゃ似てるわ」
びっくりしてた。けど、似てるって……どういうことや?
「そしたらあれ見て。あそこの池の近くで遊んでる猿を見て」
「うん? どれや」
「あそこやん。今、石を転がした猿。誰かに似てると思わへん」
「うーん、うん? もしかして朴君?」
「そう、お兄ちゃんに似てるやろ。顔も似てるけど、動き方がそっくりやわ」
「ほんまや、後でパク君を連れてこよ!」
「そうね。ほんで木の上でお昼寝してるのが……、シィェンタイ!」
とミョンファは、意地悪な顔をしてまた逃げ出した。僕は「キッキィー」と言いながらミョンファを追っかけた。
今度はすぐに追いついたんで、後ろからお腹に腕を回して掴まえた。
「ごめんなさい。だって天坛公园(天壇公園)で、寝てたシィェンタイを思い出してしまったの」
「もう今度言うたら許さへんぞ」
「もう言わへんから大丈夫」
と言うてクスクス笑っていた。
「また言うやろ」
「ほんまに言わへん、許して」
「許さへん」
と言うて腕をぎゅうと閉めてた。
「すんません、どうしたら許してくれるの」
「うーん、キスしてくれたら許したる」
あ、あーーー言うてもたー。
「そしたら……、目をつぶって」
僕は腕の力を緩めて目をつぶった。
「あっ、お兄ーちゃーん」
残念、朴君が来たか。と思て目を開けたけど、朴君はおろか多賀先輩の姿すら無かった。見えるのはニヤニヤ笑ろてるミョンファだけやった。これは一杯食わされたか。
ミョンファはゲラゲラ笑ろてた。
「ミョンファ騙したなー。嘘つき」
と言うて怒ったら、ミョンファは僕の頬に軽くキスをしてきた。
「これでいい。もう怒らんといてね」
くそー、またもやしてやられた。
「しょうがないなぁ、許したるわ」
なんか可愛らしくて、そして嬉しい。僕は照れを隠すために、話題を替えた。
「そや、ミョンファは西游记(西遊記)って知ってる」
「知ってるよ、孙悟空(孫悟空)の話ね」
「そう、孙悟空のモデルになった金丝猴(キンシコウ)を見に行かへん」
「ああ見たい見たい。行こう、行こう!」
ミョンファはまた腕を組んで僕を引っ張っていってくれた。
金丝猴の近くまで歩くと多賀先輩と朴君に再会した。
同じように金丝猴を見に行くところやったらしく、一緒に行動することにする。
多賀先輩や朴君の前やのに、ミョンファンは腕を外そうともせず堂々と僕と組んでた。
多賀先輩はニヤニヤしていたが、朴君は平然としていた。妹が男と腕を組んでても気にならへんのかと不思議に思た。なんか責任負わされてるみたいに感じてた。
その後も四人でいろんな動物を見て回る。途中で休憩して、お茶を飲んだりお菓子を食べたりした。
動物園に来て3時間ぐらい経ったやろか、「そろそろ帰ろうか」ということになった。
「お兄ちゃん、最後にもう1回パンダを見てくるから待っててくれる」
「それなら先にお店に帰る。ドゥォフゥァさんもビール飲みたいって言うてるから一緒に帰るよ。それでミョンファは、シィェンタイさんと一緒に帰っておいで」
「うん、わかった。そしたらシィェンタイ、行こ」
今日はめっちゃくちゃ暑かったから、僕もシシカバブーを食べながらビールを飲みたかったけど……、ミョンファに腕を引っ張っていかれた。
そう言えば、まだやることやってへんかったわ。
「ミョンファはホンマにパンダが好きなんやな」
「うん、大好きやで。ずっと見ててもいいよ」
「そっかぁ」
パンダの所に戻ってきて、ミョンファはまたじーっとパンダを見入ってる。
パンダはさっきよりも動きが鈍くて、殆ど昼寝をしてた。
僕もパンダを見てたけど、何か言いたそうやたんでミョンファの顔を見る。
「シィェンタイ」
「うん?」
「いつまで北京に居るの」
しまった。ミョンファから先に言われてしもた。
「うーん、いつまで居よかな。まだ中国は上海と天津と北京しか見てないからなぁー」
あかん誤魔化してる。ミョンファの目が見られん……。
「そうなんや。そしたら他の所も行くの?」
ミョンファは今にも泣きそうな声になった。
「そうやね、行ってみたい所はあるよ」
「そうなんや……。だってシィェンタイは旅行に来たんやもんね」
「まあそうなんやけど……」
「そしたら日本にはいつ帰るの?」
「ああ、それはまだわからん」
「そうなん」
「うん、いつ帰るか決めてへんから」
「そしたら、どっか行ってもまた戻って来れるの」
僕は躊躇ったらあかんと思たけど、ちょっと言葉が出せへんかった。
「もう戻って来ないの」
僕はミョンファの目を見た。目は少し潤んでた。
「そ、そんなことないよ、まだまだ北京の知らんとこいっぱいあるし、それに……、ミョンファにも会いたいし」
「ほんまに。そしたらまた会いに来てくれる?」
「おお、また来るよ」
「いつ来てくれるの?」
「それは分からんけど、またミョンファに会いに来るよ、必ず」
安心したかの様に笑顔になった。
「よかった。毎日とても楽しいのに、夜になったら急に寂しくなってたんよ」
「なんでなん」
「だってシィェンタイは日本から旅行に来てるだけやから、帰ってしまったら会えへんようになるって思ったの。そしたら悲しくなってきて……」
「そうなんや。いつになるか分からへんけど、ミョンファに会いに来るから。心配せんでもええよ。朴君、いやお兄ちゃんにも言うとくわ」
「ほんま?」
「ほんまやで」
「そしたら……、どっか行く時は……」
「うん」
「ちゃんと言うてね」
「うん、分かった」
くそー、ホンマの事言えへん! ミョンファの涙は見とない……けど。
「そしたら、明日もまた会える?」
「明日は昼にお店に行くわ」
僕らは明日、パキスタン大使館でビザを受け取ったら昼飯を朴君の店で食べて、その後12時57分発の列車でトルファンに向かう予定を立ててた。
僕はこの期に及んで、行こか行かんとこか悩んでしもてる。ホンマは気持ちが決まってるはずやのに。
どないしたらミョンファは悲しまんで済むんやろ……。
「分かった、待ってるね」
「うん絶対に行くよ。それにまだミョンファのチマチョゴリ、見てないし」
「あっ、そうかぁ。忘れてた。今度見てね」
「うん、めっちゃ可愛いと思うわ」
「ええ、そうかなぁ……」
「そうに決まってるって」
「わかった、頑張ります」
「よし。頑張ってや」
僕はいろんな意味を込めての「頑張ってや」やった。
本当は明日、北京を出て行くかも知れんのに――。
そのことだけははっきり言えんかった。根性無しです。
ごめんな、ミョンファ。
「でもちょっと安心した。なんか急にシィェンタイに会えなくなる様な、そんな気がしててん」
――――。
「……ごめんな、心配させて」
「ほんまにもう、こんなに……心配……させたんだから……」
「キス……して……」
僕はミョンファの体を引き寄せ、両腕を背中に回して唇を合わせた。
つづく
続きを読んで下さって、ありがとうございました。
本当に「表現」する事って難しいですね。読んで下さってるみなさんには「僕」がどのように映ってるのでしょうか。
もしよかったら、またこの続きを読んでやって下さい。
誤字・脱字等ありましたら、お知らせ頂けると幸いです。
また、感想など頂けましたら、大変うれしく思います。
今後とも、よろしくお願いします。