31帖 宴は酣でございます
今は昔、広く異国のことを知らぬ男、異国の地を旅す
朴君の音頭で乾杯する。
「건배!」
「干杯!」
「乾杯!」
「¡Salud!」
プハーッ。
やっと盛り上がってきたか?
「北野、『サル』って何やあ? 『さるぼぼ』か」
「なんでですのん、ちゃいますわ。『乾杯』ちゅうスペイン語ですわ」
「お前は何でも知ってるな」
「いや、前にメキシコ料理屋に行った時に教えて貰ろたんですわ」
「あっ、大学の裏にある店やろ」
「そうです。四条の木屋町にもありますよ」
「そうなんや」
…………。
それで会話が終わって、またシーンとなってしもた。
僕とミョンファは、顔を見合せてクスクス笑てたけど多賀先輩と朴君はまだ固い。まぁそりゃそうかも知れん。多賀先輩も、朴君も、まぁ僕もそうやけど、今日はお別れの宴やって思てる。それを知らんのはミョンファだけやし。ちょっと寂しいわな。
そやけど、余りにも「お別れ会」って意識し過ぎとちゃう。そんなん思たら僕まで悲しくなるし。
折角ミョンファも一緒なんやから、今日は楽しも!
もっと気楽に行こうや、みんな!
そんな空気を破ってくれたんは、なんと치마저고리(朝鮮の民族衣装)を着飾った女性店員やった。次々と料理を運んできてくれた。
「あっ、そうや。ミョンファもチマチョゴリ持ってんのん」
「持ってるよ。赤いのと紫のあるよ」
「ほんまに。今度着てみてや」
「あっ俺も見たい」
「見るだけでっせ」
「もう、うるさいなぁ。ええやんけ……」
「ミョンファ、今度お店で着たらどうや」
「うーん、わかった。いいよ」
「絶対可愛いいやろなあ」
「そんなことないよ……」
ミョンファはまた照れて俯いてしまう。
「さあ、みなさん食べましょう」
「よっしゃー食うぞー。久しぶりやなぁ焼肉は」
と言うて多賀先輩は肉を焼き始めた。いつもシシカバブー食べてるやんと思たけど突っ込まんかったわ。
僕も肉を焼こうとしたら、
「私が焼いてあげる。美味しい焼き方があるねん」
とミョンファが焼いてくれた。
どんどん肉が運ばれてきた。日本の焼肉屋では見たことのない肉もあった。いろんなキムチとかも運ばれてくる。キムチ最高!
なんか雰囲気としては日本の焼肉屋にいるみたいな感じで、落ち着いてきた。まあこっちの方が元祖なんやろけど。
ちょうど頃合いに焼けた肉を僕の皿に乗せてくれた。
「どうぞ、食べてみて」
「おおきに」
僕は、まず何もつけずに食べてみた。レアぽくって、しかも中まで火が通っててめっちゃジューシーやった。
「うん、美味しい。ごっつう美味いわ」
「ミョンファちゃん、俺も焼いてや」
「ではこれをどうぞ」
と朴君が焼いた肉を多賀先輩の皿にのせた。
「あぁん、ミョンファちゃんに焼いて欲しかったのになぁ」
「まあそう言わないで、食べて下さいよ」
みんなで笑ろた。
多賀先輩のおかげで少し場の雰囲気が和んできた。
会話は弾み始め、なんやかんや言いながらも食べまくった。
大抵は僕とミョンファが二人で喋り、多賀先輩は朴君と喋る。昨日の紫禁城のデート? が良かったんか二人はかなり打ち解けた雰囲気や。時々多賀先輩が僕に話を振ってきたが、僕はミョンファと二人で喋りたかったから適当に返してた。
多賀先輩と朴君の間では、仕事の話になってた。
「ドゥォフゥァさんは、具体的にどんな仕事をしてたのですか」
「俺が行ってた会社はそんなに大きいないねんけど、電気製品の部品を製造する機械を作ってる会社やねん。ほんで俺は、その機械を設計をする仕事してたんやわ」
「なるほど设计(設計)ですか。難しそうですね」
「そうやで。クライアントから話を聞いてどういう風にしたらその部品ができるか、どうやったらうまいことええもんが作れるか考えるのが俺の仕事やってん。面白いねんけど、うまいこといかへんかったら全部責任が来るからな。結構辛い立場やってん」
「そうやったんですね。てっきり会社で遊んでるだけやと思ってました」
と僕も口を挟む。
「アホか。俺はな、立場は一応係長兼開発担当責任者やってんからな」
「そうやったんですか」
「シィェンタイさんはどうなんですか」
今度は僕に話を振ってきた。なんか昨日の多賀先輩から聞いた朴君の思いが、ふと頭に浮かんできた。
「僕ですか。僕は大学を卒業したばっかりなんやけど、一応専門は电气工程系(電気工学科)の电脑(コンピュータ)です。计算机程序设计(プログラミング)が得意で、自分で作って遊んでました」
「おお、それはすごいですね」
「それと师资执照(教員免許状)も持っているので学校の老师(先生)もできますよ」
「シィェンタイさんは何でもできるのですね。ミョンファは幼儿教师(幼稚園の先生)になりたいと言うていますからいいかもしれませんね」
おいおい朴君急に何を言い出すかと思えば……。焦るっ。
「ア、アルバイトで临时的讲师(臨時講師)もしてましたよ」
「何の学科(教科)?」
とミョンファが聞いてきたので、
「算学(数学)と物理やで」
と答えたら、ミョンファは、
「物理! 我最讨厌物理(物理は大嫌い)!」
とめちゃくちゃ嫌そうな顔をしたんでみんなで大笑いした。
その後も和気あいあいといった雰囲気で会話は弾んだ。
僕は時々、薄化粧のミョンファの横顔をこっそり眺めたりしてた。
このままずっと眺めてたかったけど……。
宴も酣ではございますが、料理もほぼなくなり、お腹もいっぱいになったんで、そろそろお開きにすることになった。時間的にもちょうど夕方の店の準備ができるとの事。
最後に明日の北京动物园(北京動物園)へ行く打ち合わせをして、会計に。
3人で割り勘にしようと言うたけど、ここは僕の友達の店だからと言うて朴君が全額払ってくれた。多分結構な値がしたと思う。
そして楽しい昼餐会が終わってしもた。
朴君とミョンファは自分の店に戻るということで、ここで別れた。
多賀先輩もちょっとぶらついてから帰ると、地铁(地下鉄)の駅で別れた。僕は一人で旅館に向かった。
別れ際、朴君は意味ありげな顔をしてた。僕はあの事をミョンファに言えんかった。何度か朴君からパスが飛んできたんやけど、やっぱりあの楽しい雰囲気では……。笑顔ではしゃいでるミョンファの顔を見るとやっぱり駄目やった。
逆に言わんでよかったかも。
玉泉路站(玉泉路駅)から旅館への道を歩いてると、綺麗な夕日が見えた。
明日も天気は良さそうや。
明日、動物園で頑張ろと思た。
つづく
続きを読んで下さって、ありがとうございました。
根性無しの優柔不断な「僕」です。謝りなさい。「すんまへん」
もしよかったら、またこの続きを読んでやって下さい。
誤字・脱字等ありましたら、お知らせ頂けると幸いです。
また、感想など頂けましたら、大変うれしく思います。
今後とも、よろしくお願いします。