296帖 ミライは……
今は昔、広く異国のことを知らぬ男、異国の地を旅す
タクシーの中でミライは終始黙ったままやった。陽気な運転手のおっちゃんも、ルームミラーでその様子を見たんか、全然話し掛けてこうへんかった。
もしかして、喧嘩でもしたんと思わてる?
あれ! 喧嘩したっけっ、と思い出してみても心当たりは無い。
あるとしたら、あの老兵さん話し。アルビルは完全に包囲されて孤立し、動きが取れへん事で家に帰れへんのを不安に思ってるんかな。それなら、なんとか帰る方法を……。
と、考えてみたけど、何も浮かばんかったし、いい加減な事は言わんとこうと思て僕も黙ってしもた。
ホテルの部屋に戻り、ソファーに座った。トイレを済ましてソファーにやって来たミライは、相変わらず浮かない顔をしてる。それに僕から少し離れて座ってる。
なんか変やなぁ?
僕が話しかけ様とするとミライは、テレビのスイッチを入れ、訳の分からん番組をボーッと見始めた。
「どないしたん。元気ないやん」
と言うてみても反応は無いし、
「パスポートが貰える頃には、バスも動いてるやろ」
と言うても、ミライは頷くだけやった。
今日の晩ご飯は、ホテルのレストランでのディナーを予約した。贅沢やと思たけど、受付にいたオーナーさんが、
「今晩は、是非に」
と言うてたんで、そうする事にした。もちろん、お代はハディヤ氏のツケです。
それにしても、ディナーと言うか晩ご飯までまだ2時間もあるんで、
「ミライ。お風呂でも入らへんか」
と、笑顔でミライに提案しても、
「私は、いいわ」
と、あっさり言われてしもた。そこで気付けばよかったのに、蛇足。僕はミライの気分を和らげ様と、
「一緒にさっぱりしようや」
と言うと、ミライはテレビを消してベッドに乗り、布団に入って、
「おにちゃん一人で入って」
と言われてしもた。なんか少し怒ってるみたい。
そやし僕は一人でシャワーを浴びる。シャワーの後も、ベッドで横になってるミライをそーっとしといて一人でベランダへ出た。
外はまだ日差しが強く暑かったけど、景色を見ながら僕もボーッとした。
南の方では、また砂煙や黒い煙が上がってる。やっぱり戦闘は激化してる見たいや。
このまま包囲され続けたらどうなるんやろう?
ほんで政府軍に占領されたらこのホテルは、そして僕らはどうなるんやろうかと想像する。逆にそうなる前に脱出する方法はないやろかとかも考えたけど、そんな方法があったらもう既にみんな逃げてるやろと思う。
ベランダへ来ると、そんな事ばっかり考えてしまう。
そやけど、どうにかしてSarsankへ帰る方法はないかと、無い知恵を絞り出しては、
「やっぱり、無理やわなぁ」
と独り言を言うてた。
最後のタバコを吸い終わると部屋へ戻る。ディナーを予約した時間が30分後に迫ってきたんでミライに声を掛ける。
「ミライ。そろそろ支度して、レストランへ行こかぁ」
そう言うと、ハタっとベッドから起き、髪の毛を整えるとさっさと部屋を出て行ってしもた。
レストランでのディナーは、魚料理がメインディッシュ。鯉に良く似た大きな魚を香草などで炒めたもの。魚を食べたんもめっちゃくちゃ久しぶりで、
魚って、こんな味やったかな?
と思うほど香ばしく、美味やったわ。
更にステーキ風の肉料理も出てきて、それもめっちゃ美味しかった。その美味しさをミライと共有して楽しく食べたかったのに、そやのにミライは淡々と食べるだけ。
会話は、
「美味しいなぁー」
「うん。美味しいね」
と言うだけで、目も合わせず、殆ど黙って食べた。
部屋へ戻ると、ミライは直ぐに寝てしまう。
受付で買うてきたアメリカ製のタバコを吸ってから僕もベッドに入るけど、微妙な距離があった。
その晩は、お互いに言葉も交わさず、肌も触れずに眠りに就いた。
つづく
続きを読んで下さって、ありがとうございました。
ミライは……、しょうがないよね。
もしよかったら、またこの続きを読んでやって下さい。
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