288帖 市井の人々
今は昔、広く異国のことを知らぬ男、異国の地を旅す
手続きが終わった事で肩の荷が降りたのか気持ちが楽になったわ。ミライの顔を覗き込むと、ニターっとした顔で嬉しがってる。
自治政府の建物から出ると、外は思った以上に明るくて、眩しい。そして暑い。家路に急ぐ人で道路も歩道も、来た時よりは少し混雑してる。相変わらず救急車のサイレンは鳴り響いてた。
「さー、そしたら買い物に行こかぁ」
「えっ?」
「ミライの服やんか」
「あっ、そうそう。忘れてたよー」
おいおい!
苦笑いをしてるミライ。
それ! その、ちょっとおとぼけた表情もめっちゃええねんけど。
身なりには意外と無頓着なんかなぁ。それともパスポートの件が片付いたし、気が抜けてんのかな? そんなとこも素朴で魅力的に思えてしまう僕ですが、やっぱり綺麗で可愛らしい服を着て欲しい。そう思て僕は街の中心へ向かって歩き出す。
「ショッピングモールとかあるかなぁ」
「街の中心へ行けば、確かバザールがあったと思うの。昔の事だけど」
「まぁ適当に歩いて探そう。ホテルも確保出来たし、時間もたっぷりあるし」
「そうね、暫くアルビルでゆっくりしましょう」
「そうやな。その為に可愛い服を買おなぁ」
「うん! ありがとう、おにちゃん」
笑顔が溢れて零れ落ちそうや。黄色い服を着てるんもあるけど、煌めく太陽に照らされたその笑顔は、まるでヒマワリの様やった。
そやけど僕の頭の隅っこには引っ掛かてる事がある。早くSarsankへ連絡を入れなあかんと言う事。それがずっと気になってたけど、ミライの笑顔を見て僕は、それを暫し忘れる事にする。
その満面の笑みをもう暫く見てたい……。
という本音です。
Kirkuk通りを北へ歩いて行くと、脇の路地にバザールを見つけた。
表通りより人は多く、地元の人の御用達って感じのバザール。やっぱりおばちゃんがいっぱい。買い物を手伝うおっちゃんや子どもを引き連れて歩いてる。
その路地を進んでみて分かったんやけど、売ってるもんは食品や日用品が主で、衣服や装飾品は売ってなさそうやった。
そやけど野菜や果物、肉類は種類も在庫も豊富で、庶民の台所って感じかな。夕飯の材料の買い出しやろ、大勢の人でごった返してる。
Arbilの郊外では多分、今も戦闘が行われてるはずやけど、市井では日常生活の風景が流れてて僕は少しホッと出来た。そやし戦争をしてる国に居るんやって事を、思わず忘れてしまいそうになったわ。
一通りバザールを見てからキルクーク通りへ戻り、更に北へ進む。すると、通りの向こう側にデパートの様な建物か見えてくる。比較的新しく、ショーウィンドウの中は綺羅びやかに見える。
「ミライ。あそこへ行ってみいひんか?」
「うん。大きなショッピングモールだねー」
初めて見たんやろか、ミライの目が輝いてる。僕はミライの手を引き、大通りを横断した。
ショッピングモールの外見は、伝統的なアラビア風の造り。そやけど、ちゃんとした鉄筋コンクリートで出来てる。つい最近に出来たみたいで、ミライの記憶にも無いらしい。僕らはガラスの扉を開け、中へ入ってみた。
入ったところはスポーツ用品のショップで、サッカーボールやシューズ、ユニホーム等が売られてた。
通路を進むと、ショッピングを楽しんでる、少しお金持ちっぽい家族連れやカップルとすれ違う。
服装は殆どの人が洋服で、ちょっとばかりおしゃれな様な気がする。ただ女の人はヒジャブ(頭から被る布)を付けてる人が多い。Kurdish(クルド人)の伝統的な服装をしてる東洋人の僕が、逆に浮いてしもてる様な感じを受けたわ。
建物は、日本のショッピングセンターと同じ様な造り。通路の両脇にはいろんなショップが並んでて、2階までの吹き抜けや。
中庭には緑地や花壇、池があり、それを囲む様に建物が並んでた。ほんまに戦争をしてる国やろかと思う程、落ち着いた雰囲気。
そやけど、その割にお客の数は多くは無い。どちらかと言うと、さっきのバザールに比べ、閑散としてる気もする。何か空気感が違う。
通路を進むと、レストラン街へ入る。どこも高級そうな佇まい。やっぱり客は余り入って無さそうで、中には閉まってる店もあったわ。
その中で目に入ったんがチャイニーズレストラン。
流石は華人。ここにも店を出してるかぁー。
ほんでも、そんな店を見つけてしまうと、久々に中華料理を食べたくなってしまう。
「ミライ。晩ごはんはこの店で食べへんか?」
「へー。ここは日本のレストランなの?」
「いや、中国のレストランや。美味しいで」
「うん、いいよ。私、食べた事ないから楽しみだよ」
「よっしゃ。ほな、早よ服を買おか」
「うん!」
ミライには、飯より服の方が重要みたい。
レストラン街の先には家具屋やキラキラと光る金物屋に、水タバコに使う機器を扱ってる専門店等がある。その奥に雑貨屋とか靴屋、鞄屋が並ぶ。ほんで、その先に宝飾品店や装飾品店があり、お目当ての服屋があった。ミライの目はより一層輝き出し、急いで店の中へ入って行く。
初めに入った店は女性専門の洋装店って感じで、ちょっとしたブティックの様な雰囲気や。Tシャツからワンピースにドレスっぽいものまで売ってる。店員も普通に洋服を着てて、目を白黒してるミライの相手をしてくれてる。僕は僕でミライに似合いそうな服を探す。
全体的にヨーロピアンな少し大人っぽい服が多かったけど、奥の方にはカジュアルな服も少しやけど飾ってある。
おお、ジーンズまで置いてあるやん! うーん、ミライに似合いそうなんは……、シャツはこんなんがええんちゃうかな? スカートは……、ちょっとタイトやけど、これがええなぁ。こっちのふわっとしたのも、アイドルっぽくって可愛いかも……。
等と想像しながら僕なりに目利きをしてたら、ミライが店員と一緒に近付いて来た。
「ミライ。これなんかどうかなぁ? ミライに似合うと思うで」
「どれどれ?」
「ほら、このシャツとスカートの組み合わせはどう?」
と、僕好みの服を取ってミライに見せてみた。
つづく
続きを読んで下さって、ありがとうございました。
戦闘が続いてますが、街中は普段通りの市民生活が営まれてます。
もしよかったら、またこの続きを読んでやって下さい。
誤字・脱字等ありましたら、お知らせ頂けると幸いです。
また、感想や評価など頂けましたら、大変うれしく思います。
今後とも、よろしくお願いします。




