281帖 オスマン帝国と山積みの課題
今は昔、広く異国のことを知らぬ男、異国の地を旅す
そんなに量は多いって訳や無いけど、肉、野菜、炭水化物の揃った久しぶりの料理らしい料理にお腹も気持ちも満たされ、目の前でミライが美味しそうに食事を頬張ってるんを見てるとめっちゃ幸せな気持ちになる。そうなると欲も出てくるわな。
久しぶりにコーヒーでも飲みたいなぁ~。
そう思てたらウエイターのおっちゃんがポットを持ってやって来る。
「おっちゃん。飯、めっちゃ美味かったでー」
「おお、そうですか。それは嬉しいです。ありがとう」
鼻の下に髭を付けた「マリオ兄弟」みたいなおっちゃんは、顔をくしゃくしゃにして笑みを作ると、
「チャイのお代わりは如何かな?」
とポットを差し出してくる。
「それなら……。コーヒーはありますか?」
「あるよ。別料金だけどいいかい」
ちょっとぐらい贅沢してもええやんなぁ。
「ええ、お願いします」
「それじゃぁ、メソポタミアとオスマンと、どちらがよろしいか?」
メソポタミア文明とオスマン帝国?? なんやそれ!
僕がびっくりした様な顔をしてるとミライが、
「コーヒーの種類だよ、おにちゃん」
と言うて笑ろてる。
「そ、そんな大層なコーヒーがあるんか?」
「そうよ」
「そうよって……。どっちが美味しいんや」
僕は普通のコーヒーでええねんけど。
「そうね、うーん……、分からないよ。だってチャイしか飲んだことが無いからね」
「な、なんやそれ」
ほんならと、おっちゃんにどんなコーヒーか聞いてみたんやけど、説明はなんやよう分からんかった。ってか、変な英語で意味が分からんし。
「ほんならもう……、オスマン帝国で」
なんとなく「オスマン帝国」の方が強そうやったし、美味しいやろと想像する。
「承知した」
暫く待ってるとおっちゃんが小さな銅の壺みたいなカップを運んで来る。なかなか豪華な装飾で、エスニック感が半端ない。
そっと蓋を取ると、コーヒーの香りが漂ってくる。少し泡立ってるけど色は普通のコーヒーや。
久々のコーヒーも美味しそう。
と、カップを口に運ぶと何やら鼻がスッとする香りが漂う。
ムムッ?
少し口に含んでみると味は確かにコーヒーやねんけど、なんとなく口いっぱいに広がる清涼感。シナモンのスパイシーな香りと共にバニラの様な独特の旨味があってびっくりしてしもた。
少し粉っぽいけど、ほんでも美味しい。
日本で飲んでる普通のコーヒーとはちゃうけど、これもアリやと思た。
これがオスマン帝国かぁ。
などとアホみたいに歴史の授業で習った事を思い浮かべ、この変わった味と香りを楽しんでると今までの苦労も忘れ、なんとなく心が落ち着いてくる。
ミライが料理を食べ終えるのを待ちながら、僕はこのエスニック感たっぷりのコーヒを味わい、少し冷静になって今後の事を考えだす。
まずはホテルのチェックインかぁ。ほんでから……。
「そうや、ミライ。家に電話しといた方がええんとちゃうか。帰宅予定日より3日も過ぎてるし、みんな心配してるで」
「そうね。ホテルから電話するわ」
「それに……、やっぱりハミッドさんの事も早よ知らせた方がええやろ」
「うん。そう、だよね……」
「それと、後は……」
後は、ここからどうやってSarsankへ帰るかかなぁ。
「そうだ。パスポートだよね」
「パスポート?」
「うん。パスポートが無くっちゃジャポンに行けないよ」
「まぁ、それはそうなんやけど。先に家に帰った方がええんとちゃうか」
いろいろあったしなぁ。ハディヤ氏も心配してるやろ。ハミッドさんの事もあるし……。
「いいえ! パスポートが先だよ」
初めて見たミライの怒った顔。目がキリッと締まり、口唇は一文字に。こんな表情もするんやと僕は呆気にとられた。
「そ、そやけどなぁ……」
「何言ってるの、おにちゃん。その為に……、頑張って歩いて来たんだから……」
怒った顔は崩れ、今度は泣きそうな顔になってる。それには僕の心も折れてしもた。
「分かった。そうやったなぁ」
「そうだよ。もう、おにちゃんったら……」
少し涙を浮かべ、ミライは最後のスープを飲み干す。
「ごめん、ミライ」
「……」
その後、お代を払ろて店を出る。そしたら店を出てびっくり。なんと店の前には20人位の行列が出来てる。やっぱり地元の人にとってもここの料理は美味しいんやろう、結構人気のある店なんやと思た。
偶然にしてはええ店に入ったやん。
ちょっと得した気分やったし、それをミライに伝え様と振り返ってみると、ミライは目を逸らし、少し不貞腐れた様な顔をする。
あぁ。ミライ、まだ怒ってんのかな?
飢えに疲労、砂嵐や恐怖を乗り越え、死ぬ思いまでしてやって来たArbil。ミライにとって今一番大切なんは日本へ行くための「パスポート」を取得するかも知れん。ミライの気持ちをもっと大事にせなあかんと思うと、僕の言うた事は失敗やったと反省する。
「取り敢えず、ホテルへ行こか」
と言うてみるけど返事は無い。仕方なく僕はホテルへ向かって歩き出す。
2軒隣て言うても、建物と建物の間にはちょっと草が生えてる砂地の空き地があるさかい距離にして50メートル位。
ホテル代はなんぼなんかなぁ?
そんな事を考えながら歩いてて、ふと後ろを振り返るとミライの姿は無かった。なんと、行列に紛れてレストランの前でまだ立ったままや。
「ミライ、行くでー」
と言うてみるけど、振り返ったんは行列に並んでるお客さん達で、ミライは斜め下を見てボーっとしてる。まだ拗ねてる見たいや。
しゃぁないし戻ってミライの手を掴んで引っ張ったんやけど、振り解かれててしもた。
参ったな……。お客さん達には変な目でジロジロと見られるし、ミライは動かへんし。どないしよ。どないしたら機嫌を直してくれるやろか?
もしかしたら、この旅の最難関課題かも知れんと思た。
つづく
続きを読んで下さって、ありがとうございました。
ある意味大変な事になってきました。もしかしたら取り返しの付かない事になるかも?
もしよかったら、またこの続きを読んでやって下さい。
誤字・脱字等ありましたら、お知らせ頂けると幸いです。
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今後とも、よろしくお願いします。