280帖 飯やー!
今は昔、広く異国のことを知らぬ男、異国の地を旅す
店の中は、丁度昼時って事もあって沢山の人で賑わってる。ビジネスマン風の人も居ったけど、家族連れが多い様に見える。
僕らはウエイターのおっちゃんに案内され隅っこの小さなテーブルに座る。肉の焦げた匂いと香辛料の香りで早よう食べとうて堪らん。もう少しの辛抱……。
するとウエイターのおっちゃんは、チャイと茶色になったちょっと古ぼけたメニューを持って来てくれる。どうやら昼飯時は、ここに載ってる3つのメニューの中から選ぶみたいで、クルド語やけどちゃんと写真まで載ってて分かり易い。僕は迷わず「白飯に肉の塊」が載ってる2番目のメニューを指差すと、
「それじゃー、私もおにちゃんと一緒で」
とミライもそれにする。
注文が終わると僕は直ぐにチャイに飛びつく。色が濃くて少し苦い様に感じたけど、それ以上に甘く……。
「うん!? めっちゃ甘い!」
「そうだよ。これが本当のクルディッシュスタイルだよねー」
「そうなんや」
めっちゃ甘かったけど、その甘さが胃に染み渡り、なんとも言えん感動に包まれる。
こんな甘いもん、ずいぶん久しぶりな気がする。
もう一口飲む。
ああー、旨い。
生きてるって実感がしみじみと湧いてくる。それと同時に、増々食欲が出てきた。
程なくして料理が運ばれてくると、なんか子どもの様にワクワクしてくる。
まず薄く焼かれたナンと、トマトベースやろか、中にジャガイモと豆が入った赤いとろみがかったスープが置かれる。それだけで涎が溢れそうになってきたわ。
ほんで銀色の皿のメインディッシュ。白い長粒種の米の上に厚さ3ミリ程度にスライスされたケバブがたくさん載っててめっちゃ美味しそう。周りにはキュウリ、トマト、葉野菜に玉葱のスライスのサラダと炒めたナスとオクラが載ってる。
「やった、飯やー!」
思わず日本語で声を上げてしもた。
「それじゃ、お祈りね」
と、ミライはこんな美味しそうな料理を目の前にしても冷静やわ。僕は早る気持ちを抑えきれず、
「いただきます!」
と合掌をして日本式で簡単にお祈りを済ませると、スプーンで米を掬って食べる。
米は思った通り日本の白飯みたいに粘り気も無くパサパサしてて、従って噛んで噛んでもあの白米特有の甘みは出てこんかった。それでも久しぶりの米に感動しながら噛み締める。
それでも旨い。
お祈りが終わったミライもフォークを持ってサラダから食べ始める。僕はサラダは後回しにしてケバブを米ごと掬って口に運ぶ。
香辛料と肉汁が口の中に広がりどんどん唾液が出てくる。ここ4日程はスルメみたいな干し羊肉しか口にしてへんかったし、それはそれで美味しかったんやけど、やっぱり生を焼いた肉は何物にも代え難い旨味がある。思わず顔が綻んだんやろ、ミライは僕の顔を見て笑顔を返してくる。
「美味しいね。おにちゃん」
「そうやな。ミライも早よ肉を食べてみぃ。めっちゃ美味しいで」
「うん。うふふ」
がっついて2切れ目の肉を食べてる僕を見てミライは笑ろてた。まぁそんな事も御構い無しに、僕は目の前にある料理に集中してた。
次は焼きナスに挑戦。実のところ僕は焼いたナスが苦手や。味噌汁のナスや天ぷらのナスは食べられるけど、焼いたナスだけは昔から喉を通らんかった。いや、口の中に入れるのも憚られた。
そやけど、目の前の焼きナスは香辛料に唐辛子が効いててめっちゃ美味そうに見える。ほんでも恐る恐る口に運んでみると……。
「うんっ。旨い!」
と吠えてしもた。少し油っぽい感じもしたけど、ピリ辛の味付けで、そやけどナス自体は甘く、これがパサパサの米に合う。炒めたオクラも然り。やっぱりその土地に根ざした食材と調理方法が一番やと思た。
ふと顔を上げると、ミライも黙々と料理を食べてる。
「美味しいなぁ」
「うん。何日振りかしら、こんなお料理」
「ごめんなぁ。いつもお腹空いてたやろ」
「うーうん。私こそ、おにちゃんにちゃんとご飯を食べさせてあげられなくて、ごめんね」
少し顔が曇るミライ。
「いやいや、そんな事無いで。干し肉のスープは美味しかったよ」
「そうなの。よかった」
うん、よかった。ミライに笑顔が戻ったわ。
それを確認して再び料理に意識が行ってしまう僕。次は焼き立てのナンを少し千切って口に入れる。
うーん。
香ばしくて小麦の香りが何とも言えん。噛めば噛むほど小麦の旨味が甘さへと変わってくる。
素のナンってこんなに美味しかったっけ?
Sarsankのミライん家で朝食に食べてたバターナンやチーズナンも美味しかったけど、プレーンのナンがこんなに美味しく感じたんは初めてや。もう一口、ナンを堪能した後、今度はトマトスープをナンで掬って口に運ぶ。
おお、デリシャス!
出汁は何やろう? 分からんけどトマトの旨味とマッチしてこれもめっちゃ美味い。隙かさずスプーンでジャガイモと豆を掬って食べてみる。
これも美味いぜ!
スパイスの効いたトマトスープとジャガイモのマッチングもさることながら、豆の食感も素晴らしい。口の中と胃袋が嬉しがってる様に感じる。
たまたま入ったレストランでたまたま選だメニューやけど、これは実に美味しい料理や。多分、似たような料理は今までに食べてきたはず。ここ数日ろくに満足な飯も食べられず、絶えず空腹を感じながら砂漠の山を歩いてきたさかい余計に美味く感じるんやと思うけど、それにしてもこの料理はめっちゃ美味しかった。
肉、米、スープ、ナンを平らげると、お腹も膨れてきて満足や。お腹的にも気持ち的にも少し余裕が出てきたんで残ったサラダをつまみながら、ミライに話し掛ける。
「ホテルにチェックインしてからやけど、この後どないする?」
「……?」
ミライはまだスープすら手を付けてへんかった。
「ごめん。ゆっくり食べて……」
ミライはニコッと微笑む。
僕はミライの食事が終わるのを待つことにした。
つづく
続きを読んで下さって、ありがとうございました。
久々の飯テロでした。如何だったでしょうか。お腹空きました?
もしよかったら、またこの続きを読んでやって下さい。
誤字・脱字等ありましたら、お知らせ頂けると幸いです。
また、感想や評価など頂けましたら、大変うれしく思います。
今後とも、よろしくお願いします。