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広く異国のことを知らぬ男  作者: すみ こうぴ
【イラク】スレイマニヤ→アルビル
275/296

275帖 戦場からの脱出

 今は昔、広く異国(ことくに)のことを知らぬ男、異国の地を旅す

 銃撃と砲撃の音や衝撃に怯えながらミライと二人で少年の帰りを心配してると、おっちゃんと一緒に奥さんがやってくる。

 奥さんはミライを抱擁すると、二言三言会話をしてる。


「息子さんには危険な目に合わせてしもて、ほんまに申し訳ありません」


 僕が頭を下げて謝ると、奥さんは首を振りながら、


「いいえ。エイメンなら大丈夫。ちゃんと戻ってくるわ」


 と優しくそして力強く言うてくれる。おっちゃんも「うん、うん」と頷いてる。

 その後ミライは奥さんと話し、別れを惜しむ様に何度か抱き合ってた。


 そこへ、


「ヘイ。ジャポン! ハァー、ハァー……」


 息を弾ませながら少年エイメンが戻ってくる。


 僕は立ってエイメンの元へ駆け寄ると、他の村人も寄ってくる。

 エイメンは僕のリュックを器用に担ぎながら、しかも両手には麻袋を持ってる。


「おおきに! 怪我は無いか? 大丈夫やったか?」


 エイメンは麻袋を寄って来た村人に渡し、ほんで僕を見て、


「おお、全然平気だぜ。朝飯前さ」


 みたいな事を平然と言うてる。

 おっちゃんはエイメンからリュックを外すと、


「さー、これを担いで直ぐに出発するといい」


 と僕に担がせてくれる。


「いろいろとありがとうございました。エイメン、ほんまにおおきにやで!」


 深々とお礼をすると頭を掻きながら笑ろてた。おっちゃんも笑顔で僕の肩を叩いてくる。

 ミライに手を伸ばして立たせると、ミライもお礼を言うて、ほんでもう一度奥さんと抱擁してる。


「さー、こっちだ」


 おっちゃんの導きで尾根の裏へと向かおうとすると、村人達が手を上げて声を掛けてくれる。


「ジャポン、元気でな」

「気を付けて行くんだぞ」

「その子をしっかり守るんだ!」


 その度に僕は返事をして頭を下げる。


「皆さんも、どうかご無事で」


 通じだかどうか分からんけど、村人達は手を上げて応えてくれた。


 おっちゃんは急な下りの手前で立ち止まり、


「ここを少し下ったら、あの稜線に沿って進むんだ」


 と進路を示してくれる。

 そこへエイメンがやってくる。エイメンは持ってた麻袋を開けるとその中から乾燥した果物らしきものを両手いっぱい取り出して、僕のリュックのサイドポケットに入れてくれる。


「おいしいよ。お腹が空いたら食べてね」


 と言うてるみたいや。


「エイメン、いろいろとおおきにな」


 エイメンは目を輝かせてニコニコしてる。おっちゃんと握手をし、ほんで最後の別れを告げた。


 崖みたいな坂を、ミライの足取りに注意して慎重に20メートル程下る。少し平坦になった所で振り返ると、おっちゃんとエイメンは僕らを見て手を振ってくれてた。


「そこを右へ進め」


 おっちゃんの手振りに従って尾根を回り込むように進み、暫く行くともう二人の姿は見えん様になってしもた。


「エイメン、おっちゃん、奥さん。そして村の人達が無事であります様に」


 と祈りながら先を急いだ。


 次第に銃声や爆発音も小さくなってくる。月明かりに照らされた細い獣道らしき(なら)された土の上を進むと、登りは徐々にきつくなってくる。


「ミライ、大丈夫?」

「はぁ、はぁ。大丈夫よ……」

「しんどかったら休むで」

「私は平気よっ」


 そう言う割にしんどそう。いつもやったらもう寝てる時間。いや、それどころかもう直ぐ日付が変わろうとしてる。


『その子をしっかり守るんだ!』


 村のおじいさんに言われたこの言葉が脳裏をよぎる。僕はミライの手を引いて登った。



 それから稜線を2時間程歩いたやろか、銃声はもう聞こえん様になり、その代りさっきから轟々と強い風が吹いてきてる。

 月がだいぶん傾き、疲労はどんどん溜まってくる。それでも、一刻も早く戦場から離れArbil(アルビル)の街に着きたい一心で足を動かす。


 1つ目の山の頂上に近づくにつれ更に風がきつくなってくる。頂上を越えるとそれは冷たく、一気に体温が下がる。それに風で舞い上がった砂が顔に当たると、これが結構痛くて目も開けてられへん。

 そやし一旦稜線を戻って下り、風を遮れそうな岩陰に隠れる。まだ戦場の村での恐怖を背中に感じてたけど、ミライの事も考えて休憩をする事に。


「ミライ、しんどくない? 眠たくないか?」

「うん、少しね」


 そうは言うけど顔はかなり疲れてる。それに瞼は半分閉じて眠たそうや。


 早くアルビルの街へ行き、柔らかく暖かなベッドで寝かせてやりたい。


 そやけど今は休憩や。僕がリュックから携帯コンロとコッヘルを出してると、


「おにちゃん、それは私がやるよ」


 とミライは言うてくれるけど、僕はそれを制し、コッヘルに水を入れて沸かす。


 確かもう1つスティックコーヒーが残ってるはずや。


 そう思て雨蓋の中を探ってると、小さく折りたたんだ様に潰れたビニール袋を見つける。それは、中国の北京(ベイジン)から吐鲁番(トゥールーファン)(トルファン)までの列車の中で飲んでたジャスミンティーの茶葉の残り。「茉莉花茶(モウリーファチャ)」と書いてある袋の中を見る。


 よっしゃ。1回分位あるやろ。


 袋の茶葉を残らずコッヘルへ入れて煮出す。お湯に色と香りが出てきたらシェラカップに入れ、エイメンに貰ろた乾燥した果物と一緒にミライに渡した。


「さー、食べて」

「ありがとう、おにちゃん」


 ミライが乾燥果物を食べて茶を飲むのを見届けて僕も食べる。晩飯を食べてへんかったのもあったけど、めっちゃ美味しく感じる。


「アプリコットの……、ドライフルーツね」

「ほんまや。美味しいな」

「そうね……」


 ミライの言葉には覇気が無く、ちょっと心配になる。

 美味しいのにミライは2つしか食べへん。お茶を飲み終わるとそのまま岩に持たれ掛けて目を瞑ってしもた。

 僕は片付けをしながら、


「ここでビバークしてもええねんけど、少しでも戦場から離れてアルビルに近づきたいねん。少し休憩したらまた歩くで」


 とミライに告げる。


「うん。少し休んだら大丈夫……」


 やっぱりミライの返事には元気が無い。片付けを終えてミライの傍へ座り肩を抱くと、ミライは目を瞑ったまま僕にもたれ掛かってくる。


 もしかしたら、ミライはもう限界かも知れん。


 戦闘で恐怖に怯え、夜中に山の中の道なき道を歩いた。心身共に疲れはピークに達してると思う。


 僕は寒くない様に両腕でミライを抱きしめた。



 つづく


 続きを読んで下さって、ありがとうございました。


 戦場の村から「エイメン」の協力や村人の励ましで脱出できた二人ですが、まだまだ試練は続きます。


 もしよかったら、またこの続きを読んでやって下さい。


 誤字・脱字等ありましたら、お知らせ頂けると幸いです。

 また、感想や評価など頂けましたら、大変うれしく思います。

 今後とも、よろしくお願いします。

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