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27帖 白い奇蹟

 今は昔、広く異国(ことくに)のことを知らぬ男、異国の地を旅す


 「ポックンパッ」とは、朝鮮風の焼き飯のことです。


 多賀先輩は、ポックンパッを食べ終えると「万里长城(ワンリーチャンチォン)(万里の長城)に行ってくるわ」と言うて店を出て行った。

 僕はまだ朴君と喋ってる。今日の店はホンマに暇みたいや。


 時々、隣の店を覗きに行ったりしてた。客は少なかったけど、入れ替わり立ち代わりで常時3人ほど居る。

 なかなか暇にならんのでその辺をぶらつくことにする。


 朴君に「ちょっと出てくるわ」と言うて店から北の方へ歩いて行く。

 相変わらず空は曇ってて、やっぱり湿度は高い。ちょっと歩くだけで汗をかいてしもた。


 用事はないけどパキスタン大使館に行ってみる。

 大使館の前には日本人らしい青年がいたんで声を掛けてみることに。


「ビザの申請ですか?」

「そうですねん。でもどないして入ったらええんか迷ってますねん」

「ああっ、関西の人ですか?」

「そうです」

「僕もです」

「あれま」

「あのー、パキスタンに行くんですよね」

「はい」

「それやったら10時迄に来て、あの建物で待ってたら申請できますわ」

「そうなんや。10時ですか」

「はい」

「ほな、また明日来ますわ」

「あっそれと。申請した後なんやけど、受取には1週間かかるらしいですわ」

「まじですかぁ。なんぼなんでも……1週間かぁ」

「自分も1週間待ってるんですわ」

「ほんまですかぁ。ちょっと考えますわ」


 青年は肩を落として去って行く。うん、分かる分かる。と思いながら後ろ姿を見送った。


 彼が去った後は他に誰もおらんし、何も起こりそうにないし、ただ暑いだけやったんで朴君の店に戻ることにする。


 店に戻ってきた。隣の店の様子を見ると、まだ客が二人いて料理を食べてる。もうすぐ2時やのに何時まで食べてんねん!

 仕方が無いんで朴君の店に入って冷たいコーラを頼むと、ミョンファが持ってきてくれた。


「あと少しだから……もうちょっと待ってね」


 と言うて戻る。


 朴君を見ると、夜の営業の為に仕込みをしてる。

 僕はコーラを飲みながらボーっとその作業を眺める。

 朴君は一言も喋らへん。僕はぐてーとしてた。

 これほど時間が長く感じたことは無かった。



 漸くミョンファが店にやって来る。


「おまたせしました」

「おおー、お疲れさん。隣のお店はもう大丈夫なん?」

「うん。誰も居ないし、夕方までお客さんは来ないと思うから」

「よっしゃー。そしたらあんまり時間ないけど行こか?」

「行く行く。えーっと、どこ行こう」

「そうやなあ、どんなとこがええかなぁ」

「どこでもいいよ。シィェンタイと一緒やったら……」


 と自分で言うといて自分で恥ずかしなって(うつむ)いてる。


 僕もちょっと恥ずかしかったわ。もしかしたら、朴君に聞かれてるんとちゃうやろかと。

 聞いてんのか聞いてへんのんか分からんけど、黙々と仕込みの作業を続けてる。


「この近くに公園とかないの?」

「うーん、ある。東へちょっと行った所に大きな公園があるよ。でも池があるだけで……他に何もないけど」

「なるほど。そしたらそこにしよ。夜のお店の時間になったらすぐ帰って来れるやん」

「それはいいのだけど……、ほんまに何もないよ」

「かまへんよ。それに何もなくてもミョンファが居てくれたらそれでええわ」

「うん」


 と言うてニコッとしてくれた。今度は下を向かんかった。


「よし、そしたら行こ。朴君、ちょっと公園に行ってきます」

「わかりました、いってらっしゃい。気を付けて!」


 聞こえとるやないか!


「お兄ちゃん、朝阳公园(チャオヤンゴンユェン)(朝陽公園)に行ってくる。夕方のお店の時間までには帰ってくるから」



 二人で店を出る。そこで僕はミョンファの姿を見て言うた。


「ミョンファ。エプロンしたままやで」

「あっ、ほんまや」


 おもいっきり恥ずかがっとる。そのままで行くつもりやったんかいな。


「ちょっと忘れてただけ……だからね。だから、ちょっと……待ってて」


 と言うて、ミョンファは店の中へ急いで戻る。


 5分ぐらい経ったやろか。ミョンファが戻ってきた。

 おおっ! 昨日買うたあの白いワンピースに着替えて来てくれた。


「おまたせ。どう?」


 どうって…………。

 ミョンファは、ぐるっと回ってみせた。

 お店に飾ってあった時も可愛く見えたワンピース。いや違う。ミョンファが着てるから可愛く見えるんや。

 いやいや、ワンピースが可愛く見えるんと違ごて、そのワンピースを着たミョンファがめちゃくちゃ可愛く見えるんや。そうやな?

 なんか分からんようになってしもた。


 とにかく白いワンピースが、より一層ミョンファの可愛さを引き立てた。


 そういうことや。

 それに、おまけでくれた赤いベルトがワンポイントになって清楚でエレガントって感じや。しかも少し短めの裾は、膝に掛かるか掛からんくらいの長さ。完璧や。

 なお且つ、ベルトを腰で締めることによってミョンファの大きめの胸が強調されてる。

 すべてが僕をドキドキさせる。

 これは奇蹟や!


「それでどうなの?」


 ミョンファが改めて聞いてきて、ハッとした。


「いや、ごめん。め、めっちゃ似合ってる! 買うて良かったわ。めっちゃ可愛いで」

「だって、シィェンタイが選んでくれた……から」


 あら。ミョンファは恥ずかしそうに俯いてしもた。


「よっしゃ。そしたら行こか」


 と、右手を出した。

 ミョンファは俯いたまま、僕の手をしっかり握った。

 僕は東に向って歩き出した。



 手をつなぎ、意気揚々と歩き出したんわええけど、いったい公園って何処やろ?


「ミョンファ、公園ってどこ?」

「えっと、この道をまっすぐ東に行って!」

「わかった。こっちでええよね」

「うん」

「それで、そこは何て言う公園なん?」

朝阳公园(チャオヤンゴンユェン)(朝陽公園)よ」

「そっか」


 確かガイドブックの地図には載ってたけど、特に何も無かったな。ほんまに普通の人民が行く公園やな。


 しばらく歩いて行くと东三环北路ドンサンファンベイルー(東三環北通り)との交差点に出て、信号が青になるんを待つ。


 交差点の向こう側には、学校帰りかな、女子高生3人組がこっちを見てる。

 するとその内の一人が、手を振ってきた。


「ミョンファ、あの子らは友達か。手を振ってるで」


 と指差すと、ミョンファもあの女子高生たちに手を振った。

 3人組はこっちを見てキャッキャと騒いでる。


 信号が青になったんで、その子たちが待ってる所に向かって歩く。

 ミョンファはその子たちの所へ走って行った。久しぶりに会うたのか、飛び跳ねる様にして喜んでる。

 僕はその様子をじっと見てた。


 話が一段落したんか、ミョンファはその子たちと別れて僕の方へ寄ってきた。別れ際にミョンファはその子たちから、


要对(イャォドゥイ)自己有自信(ズージーヨウズーシン)


 とか、


加油(ジャヨウ)!」


 と言われてた。

 何を言われてたかは分からんけど、ミョンファは嬉しそうやった。

 ただ僕の方を向いた時は、顔は真っ赤やった。


「ミョンファの友達?」

「そう、初中(チュヂョン)(中学校)の時の友達です」

「楽しそうやったなぁ」

「うん、久しぶりに会いました」

「最後に『頑張れっ』て言うてたけど、その前は何を言われてたん?」

「えーと、それは……、秘密です」

「なんやまた秘密かいな。多いなあ」

「えへへ。でも悪いことと違うから、気にしないでください」

「そっかぁ。じゃあミョンファを信じとく」

「おおきに」



 それから更に歩いて行くと左手に池が見えてくる。その池の奥には小高い丘がある。結構緑があって、静かでいい雰囲気。

 やっと公園に着いたようや。


 通りに面した入口から入って、北の方へ歩いて行く。

 木々が多いんで、暑さが多少和らいだ。


 公園に入って500メートルぐらい進んだやろか、丘の頂きの東屋(あづまや)に着く。

 ぐるっと見渡しても特に何かあるわけでもなく、大小合わせて10個ほどの池が見えるだけや。

 北にある一番大きい池には手漕ぎボートが2艘浮かんでるんが見えた。


「あっ、小船(シャォチュァン)(ボート)! シィェンタイは乗れる?」

「手漕ぎボートやな。漕げるでー。乗りに行こか」

「うん、乗りたい。シィェンタイ、乗せて」

「ええよ」


 僕らは池に向かって走りながら丘を下った。



 僕が通っていた高校は毎年、創立記念日に琵琶湖から(つな)がるお堀でクラス対抗のカッター競技をやってた。3年連続でクラス代表に選ばれて乗ってたし、もちろん観光地にある手漕ぎボートなんかは簡単に乗りこなせる自信があった。



 ボート乗り場のおじさん人民に1時間分の5元を払い、まず僕がボートに乗り込んむ。そしてミョンファの手を取り、ボートに導く。

 怖がってキャッキャ言いながら乗り込んだ。

 座って落ち着いたところで、僕はオールで漕ぎ始める。

 初めはゆっくりで、徐々にスピードを上げていくとミョンファが歓声をあげた。


「すごいね、上手やね。風がめっちゃ気持ちいいよ」

「もっとスピード出せるで!」


 力強く漕いだ。ミョンファは風を浴びながら、気持ちよさそうにしてる。

 髪の毛が風に(なび)いて色っぽく見えた。


 ミョンファは気持ちええかも知れんけど、僕は結構辛かったわ。そやけどミョンファの笑顔を見ていると疲れも吹っ飛ぶ。

 池の真ん中ぐらいまで来たら、漕ぐのを止めて慣性に任せた。


「ふーう、しんどかった」

「お疲れ様。漕ぐのめっちゃ上手やね」

「そやろ、おおきに」


 そう言うと、僕は冗談でボートの縁を持って揺らしてみる。

 キャっと言うて慌てたミョンファの顔は面白かった。


「もうー、やめてよ」

「ごめんごめん」

「でも面白かった」

「もう1回やろか」

「それは駄目。もし池に落ちたらどうするのよ」

「ミョンファは泳げへんの?」

「私は泳げません!」

「そっか、じゃあボートの上では僕の言うことを聞いてもらおうか」

「えー、そんなんずるい」

「あはは、うそうそ」

「もう、嘘はあかんよ。あっ、シィェンタイ。あそこまで行って」


 ミョンファが指差す方へ漕ぎ出す。

 その後もミョンファのリクエストに応えた。

 決して綺麗な水やなかったけど水中に微かに見える魚を追っかけてとか、水鳥のとこへ行ってとか、小島の周りを一周してとか、池のあらゆる場所へ行った。


 かなり無理難題もあったけど、ミョンファが白い歯を輝かせて素敵な笑顔を見せてくれるんやったらと思て頑張ってしもた。お陰で背中はかなり限界にきてる。


 それに、キャッキャとはしゃぐ度に短めのスカートの裾からミョンファの白くて柔らかそうな太ももの奥がチラっと見える。

 それがたまらなく刺激的で、僕の疲れを癒してくれてた。



 つづく


 ※ 要对自己有自信 = 自分に自信を持って!



 続きを読んで下さって、ありがとうございました。


 ちっぽけな場所ですが、二人に取っては関係ないようです。


 もしよかったら、またこの続きを読んでやって下さい。


 誤字・脱字等ありましたら、お知らせ頂けると幸いです。

 また、感想など頂けましたら、大変うれしく思います。

 今後とも、よろしくお願いします。



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