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広く異国のことを知らぬ男  作者: すみ こうぴ
【イラク】スレイマニヤ→アルビル
268/296

268帖 死と希望

 今は昔、広く異国(ことくに)のことを知らぬ男、異国の地を旅す

 水も飲めたし、杏でお腹も膨れた。さてこれからどないしよかと二人で相談する。


 少しでも早くArbil(アルビル)に近づきたい。ほんでもこの先水場があるかどうかは分からへん。時間的にはもう3時は回ってる。今晩はここに逗まって、あと1日も歩いたらアルビルに着くやろし、明日の早朝から動くか……。


 いろいろ考えた末、ミライは、


「うーむ……、おにちゃんに任せるよ」


 と言うんで僕は、慣れへん山歩きでミライも疲れてると思て、なるべく負担を掛けん様に今晩はここでゆっくりすることに決めた。


 ほんでももし敵が来たら隠れられる様にと、小屋から離れた一番奥の岩陰を寝床とする。それでも見つかったらお終いやけど……。

 そやけど不思議と誰も来うへんという感じはしてた。


 まだ太陽は煌々と照ってるし気温は高い。岩陰に座って水を飲みながら話しをするだけで汗が出てくる。

 始めは果物の話しをしてたけど、徐々にミライのお父さん、つまりハディヤ氏の農場経営の話しになる。


 Sarsank(サルサンク)に広い農場があるけど、それ以外にもいろんな場所に6ヶ所も農場があったそうや。定期的にハディヤ氏とその農場を巡るのが楽しかったとか。

 その農場の殆どがアルビルの近郊の村にあった。そやけど、その内の2つは戦争で無くなってしもたとか。


「そうそう。その一つを昔はハミッドさんが経営してたのよ」


 ミライの話しに拠ると、どうやらハミッドさんはハディヤ氏の片腕で、ハディヤ氏が社長でハミッドさんが副社長みたいな関係らしい。


 それからはハミッドさんの話しになる。昨日まで一緒に暮らしてたハミッドさんを偲んでミライはハミッドさんの事を思い出して淡々と語ってくれる。


 ミライが幼い頃、平和な時は今のハディア氏みたいに農場経営に明け暮れてたそうや。奥さんと娘さんと二人の息子が居って、娘さんはミライと同い年で何度か一緒に遊んだ事があるらしい。麦の収穫や羊の毛を刈りに手伝いに行ったりもしてたとか。


 ところがある日、政府軍との戦闘が勃発したんでハミッドさんは戦場に赴いた。しばらくして村に帰還すると、村は爆撃されてて家も家族も失ったそうや。

 ほんでミライ達の家族もサルサンクに避難すると言うから、奇跡的に生き残ったお母さんと二人、一緒にサルサンクに避難してきたそうや。


 そんな事があったからハミッドさんは、仇討ちやないけどちょくちょく志願しては戦場に行ってたみたい。


 家族を守れんかったんが悔しかったんやろうなぁ。


 ミライは俯くとゆっくりと呟いた。


「なのに……、どうしてハミッドさんも死なないといけないの?」

「……」

「悲しすぎるよ」

「そ……やな」

「……」


 そのまま黙ってしもたミライ。顔を覗くとミライは涙を流してた。


 そんなミライを僕は言葉では慰められへんかったし、そっと肩を抱いて泣き止むまで身体を擦ってた。


 暫くして泣き止んだかと思うと、「フーっ」と息を漏らしながら僕の服で涙を拭き、林の方を眺めながらボソボソと喋りだす。


「私、ジャポンに行くわ。絶対に……」

「ふん?」

「私、おにちゃんとジャポンに行く。どんな所か見てみたい。おにちゃんと一緒に行く」

「そ、そうか。びっくりするかも知れんけど、まぁええとこやで」

「楽しみにしてるのよ。ほら、あのゴールドで出来たお城……」

「ああ、金閣寺か。あれはお寺、かなぁ?」

「そうなの」

「実は、僕もまだ行った事ないねんけどね」

「あれ、そうなんだ。じゃぁ、一緒に行きましょう」

「そやな。それに他にもええとこもあるで。ミライに見せてやりたいもんがいっぱいあるわ」

「そうなのね。うーん、楽しみだわ。なんだかワクワクしてきた。早くアルビルでパスポートを取らないとねー」


 ミライに明るさが戻ってくる。ハミッドさんの死を乗り越えようとしてるんかな。そして未来に向かって何か希望の様なものを見つけ様としてる。


「私、絶対に行くわ……。そう、海も見たいわね」

「ああええよ。どこでへでも連れてったる」

「嬉しい。他にどんな所があるの?」

「そうやな。ミライに見せたいんは……」


 砂漠に無くて日本にあるもの。いろいろと浮かんでくる。まぁ、めっちゃあるし浮かんできたもんから順番に説明する。そやけどミライはなかなか理解出来へんみたい。そりゃ無理もないわなぁ。実際に行ってみんとねー。


「あっ、そや。温泉も行こ。露天風呂や」

「ああ、一昨日に言ってたやつね。お外にお風呂があるのよね」


 ああ、もう一昨日の話しかぁ……。あれから2日も経ってるのか。ミライと一緒にお風呂に入ってたんが懐かしく思てしもたわ。


「そう。冬になったら雪を見ながら入浴できるよ」

「へー、寒くないの」

「大丈夫。お湯は暖かいから気持ちええで」

「あっ、そうだわ。いい事を思いついた!」

「えっ、何々?」

「まだ暑いから水浴びをしようよ。泉で水を浴びるのよ」

「水浴び?」

「うん。小さい頃、夏の夜間放牧に行った時、よく泉で水浴びをしてたわ。ああ、懐かしい!」


 それって小さい頃やろ!


 ミライは靴を脱いで裸足になると急に立ち上がり、ほんでから僕の手を引っ張る。僕も立ち上がると、ミライはリュックの中から中コッヘルを取り出し、それを持って泉へ向かって歩き出す。


「おにちゃん、早くぅ」

「うん……」


 ミライの後を追うと、泉の下の水溜りへ。ミライは水溜りの傍の木の下で、服の背中のボタンを外し始める。


「ちょっとミライ。何すんの?」

「服を脱ぐのよ」

「えっ!」

「だって水浴びするのに服を着てたら濡れちゃうでしょ」


 そ、そんなん……。ここで裸になるの?


「ちょっと待って。誰か来たらどないすねん」

「誰も来ないわよー」

「そ、そんなもん、分からんがな。ちょっと見てくるわ」


 僕は泉の下の岩まで走って行き、小屋の方をそっと覗き込む。


 誰も居らへん。そやけど、もしかしたら……。


 そのまま小屋の背後に回り尾根を登って少し高みから周囲を見てみる。そこから見える範囲には車両は勿論、人は居なさそうや。

 少し安心した僕は、そのまま坂を駆け降りて岩の向こう側へ回り込む。


 泉の傍の木の枝には、ミライが着てた服や下着が掛けてある。


 ええっ!


 僕は思わず絶句してしもた。



 つづく


 続きを読んで下さって、ありがとうございました。


 こんな状況下でもミライの行動はぶっ飛んでます。恰も何かから逃れるように。それは「僕」も同じかも知れません。


 もしよかったら、またこの続きを読んでやって下さい。


 誤字・脱字等ありましたら、お知らせ頂けると幸いです。

 また、感想や評価など頂けましたら、大変うれしく思います。

 今後とも、よろしくお願いします。


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