26帖 妙案
今は昔、広く異国のことを知らぬ男、異国の地を旅す
5月23日、木曜日。
中国に上陸して8日。北京に来て6日目の朝を迎える。
朝や言うても、もう9時を過ぎてる。
気温はそんなに高くないに湿度が高くて蒸しむしする。
やっぱり空は曇ってる。そやけど昨日よりは明るく感じた。
多賀先輩と地下鉄を乗り継いで、北京站(北京駅)に着く。早速、外国人専用切符売場に行って予約カウンターの列に並ぶ。既に欧米人が10人ほど並んでた。
それでも30分ぐらい待ったやろか、漸く順番が回ってきた。
北京発乌鲁木齐(ウルムチ)行、第69次特快列车(第69号特急列車)の吐鲁番(トルファン)までの硬臥(二等寝台)の切符を、手数料の5元を払って予約した。ちなみに切符の代金は410元らしい。めっちゃ高いわ。
そやけど、これで月曜日には取り敢えず出発できるようになった。多賀先輩は、順調に事が運び満足そうな顔をしてたけど、僕はあんまりうれしくはない。
ミョンファとの別れの時が来るから――。
切符売場を出ると案の定、闇両替屋のおっちゃん人民がやってきた。丁度ええわと思てレートを聞く。すんなりと1元=25円で交渉が成立したんで、100ドルを両替した。
ついでに人民専用の北京站前售票处(北京駅前切符売場)の偵察に行ってみる。
切符売場の前は相変わらず人民でいっぱい。それを掻き分けながら窓口の方へと進む。
どうやら此処は、明日と明後日の切符を売ってるみたい。そして、どこ行きの切符が売ってるかと探ってみると、行き先に関係なく全ての切符が買える事が分かった。
しかも人民価格。外国人料金の凡そ半額で買えるんで挑戦してみる価値はありそうや。
27日が出発予定なんで、25日にもう一度来ることにした。
僕らはお腹が空いてきたんで、朴君の店に行くことにした。
地下鉄に乗って朴君の店に行く。
店に他の客は居らん。また貸し切りや。
「こんにちは」
「いらっしゃいませ!」
「今日は客おらんなぁ」
「そうですね。お昼なのにどうしたんでしょうか」
「取り敢えず、シシカバブー3本とビール頂だい」
「あっ、僕も3本とビール下さい」
「はい、わかりました」
僕らは席に座る。
朴君は奥から隣の店に行き、ビールを持ってきてくれた。そしてシシカバブーを焼き始める。
「朴君って、もうすぐ結婚するらしいですよ。彼女持ちでっせ」
と朴君の顔を見ながら話した。
「まじか、やるなあ朴君!」
「あれ、なぜ知ってるんですか?」
「昨日ミョンファちゃんが言うてたで」
「そうなのですかぁ……。まぁ、中国では结婚(結婚)するにはお金がかかるので、まだまだ先です」
「そうなんや、朴君结婚するんや。相手はどんな子なん。可愛いんか?」
「えーっと、私のお父さんの知り合いの女儿(娘)です。可愛いですよ」
「やるやないか朴君。ほな乾杯や」
と言うて多賀先輩は独りでビールを飲んでる。
「いえいえ、お父さんの紹介ですから」
「ちゅうことは、日本で言うたらお見合いか」
「そう言う事になりますね。でも朴君は偉いよね。结婚して嫁さんが来たら、ミョンファちゃんを学校に行かせてあげようとしてるんやろ」
「はい、ミョンファには辛い思いをさせましたから」
「どうしたんや」
「いやね。吉林省のおじいさんが病気で倒れたからその手術にお金がかかるし、ミョンファちゃんは高校に行くのを諦めて店を手伝うてるらしいですわ」
「そうかぁ、ミョンファちゃんも大変なや。そしたら朴君、頑張ってお金稼がなあかんな」
朴君は焼けたシシカバブーを持って来て、そのまま椅子に座る。
「そうなんですよ。僕の结婚はいつでもいいんです。でもミョンファの高中(高校)のお金と、おじいさんの医院(病院)のお金は稼がないといけないから」
「そうやなあ、ほんなら今日もようけ食べるわ」
「ありがとうございます」
僕は朴君に自分のビールを勧める。
「ほんで、おじいさんはまた調子が悪くなったってミョンファちゃんが言うてたけど、どうなん。大丈夫なん?」
「はい、最近また病(病気)が悪くなって、もしかしたら手术(手術)をするかも知れないです」
「そうなんや、良くなるとええね」
「はい」
客が入ってきたので、朴君はビールを飲み干して対応に行く。
そう言えばミョンファの顔が見えへんし、どうしたんかなと思てた。いつもやったらビールを持って来てくれんのに。こっちの店は暇そうやし、多分隣の店も暇やと思うねんけど、なんで来てくれへんのやろ?
そう思いながら、多賀先輩と昼からどうするか相談する。
多賀先輩は「万里长城(万里の長城)」を見に行きたいと言うてる。北京站からマイクロバスのツアーがあって、10元ぐらいで行けるらしい。僕は構造物としての「万里长城」は興味あったけど、観光として行きたいとは余り思わんかった。それより、ミョンファに会いたい。
そろそろ本格的に昼飯を食べよかって話してたら、荷物をぎょうさん持ったミョンファが店の入口から入ってきた。
「シィェンタイ、いらっしゃいませ。ドゥォフゥァさんも」
ははは、多賀先輩はついでや。
「ミョンファ、こんちはー。今、ミョンファは居らへんのかなーって思てたとこやってん」
「ほんまー、すんませーん。さっきお店が暇やったから、これを買いに行ってました」
袋の中にはいろんな食材が入ってた。
「ミョンファちゃんお使いやってんな。ご苦労さんやな。その間、北野はなぁ、ミョンファちゃんが居らんから寂しそうにしてたで」
「もう、いらんこと言わんとってください……」
あーあ、ほら見てみぃ。ミョンファは膨れて下向いてしもたがな。
「シィェンタイ……、寂しくさせてしまったから……」
「ミョンファ、多賀先輩が言うことは気にせんでええからな」
「そうなん……。ところで……、今日は……シィェンタイはどこか行くんですか?」
「いや別に予定はないけど」
いやいや。今しがた多賀先輩に万里长城へ行こって誘われとったやないか。まぁ多賀先輩の事はどうでもええか。これから嫌と言うほど顔見てかなあかんのやし。
ミョンファは顔を上げて、ニコッとした。
「お昼が終わったらどこか行きませんか?」
多賀先輩は、僕らの話を聞きながらニヤニヤしてる。無視無視っと。
「ええよ、行こ行こ」
「おおきに。そしたら……、お店が暇になったら呼びに来ます」
と言うて、笑顔で隣の店に荷物を運んで行った。
「北野お前ー、俺が『万里长城』へ行こって誘ってたやないか」
「ええ、そうでしたっけ?」
と、惚けといた。
「まあええわ、ミョンファちゃんとどっか行ってこいや。あと4,5日しか居れへんねんから」
「ですよね。どうしょかなぁ」
「どうしよかなって?」
「いや別になんでもないです。そしたら昼飯、注文しましょか」
「そうやな、食べよか。えーと、朴君!」
朴君を呼んで昼飯を注文した。
注文と言うても、朴君に美味しそうなもんを持ってきてという注文の仕方や。
具体的には朴君が多賀先輩の食べたそうなもんを考えて注文すると言う訳の分からんシステムや。もちろん多賀先輩の発案や。
朴君はちょっと悩んでしまうんで申し訳ないと思たけど、何が出てくるんかは楽しみやった。
今日は何を食べさせてくれるんやろう?
朴君は隣の店に注文してくれた。
その後、他の客が帰ったんで朴君は僕らのテーブルに来て座る。
「あのー、明日の昼からですが……」
「ほい!」
「おじさんおばさんたちが用事で出かけるので、店を閉めようと思います」
「ほい?」
「ですから、ドゥォフゥァさんとシィェンタイさんと私とミョンファで何処か行きませんか?」
「ほほー、それええやん。ついでに朴君の彼女も誘たら?」
「彼女は公司(会社)です」
「そうか、残念やなー。会いたかったわ」
「見るだけですよね、多賀先輩」
「当たり前やがな。で、どっか行きたいとこあるか、北野」
突然降って湧いたような話でどこ行こか迷う。
別に朴君と多賀先輩は一緒じゃなくてええねんと思たけど、朴君にも世話になってるし、四人で行って楽しもと思た。
ただ何処へ行ったらええかが思いつかん。
「うーん、どこ行こうかなー」
「そや、パンダどうや! 俺、パンダ見たこと無いねん。確か北京に動物園あったやろ」
僕は中学校の修学旅行で上野動物園に行った時に見たような記憶が微かにある。確か……、お尻をこっちに向けてずっと寝てたような印象しかない。
「大熊猫(パンダ)は、北京动物园(北京動物園)に行けばいっぱい居るはずです」
「それええやん。動物園に行ったら爬虫類もおるやろ。トカゲとか蛇とか」
「それなら两栖爬行动物馆(両生類爬虫類館)が北京动物园の中にありますよ」
「ええがなー、俺、爬虫類大好きやねん。それやったらみんなで行って楽しめるやろ」
「そうですね」
ミョンファも楽しんでくれるとええなー。
「では明日の昼から、みんなで北京动物园に行きましょう」
「決まりやな。よし、乾杯や」
と多賀先輩はまた独りでビールを飲み干してた。
そしたら、タイミング良くミョンファが料理を持ってきてくれた。
「丁度ええとこに来たわ、ミョンファちゃん。明日の昼からみんなで北京动物园に行こかって言うてたんよー」
「ええ、そうなんですか。楽しみですぅ」
と言うとミョンファは僕の方を見てきた。
「僕も楽しみやわ。动物、いっぱい見よな」
「うん。私、大熊猫が大好きなんです。明日も楽しみになってきました」
と言いながらポックンパッ(焼き飯)をテーブルに置いてくれた。
「そしたら、また後で来るから。それを食べて待っててね」
と、ミョンファは隣の店へスキップで戻っていった。
相当楽しみみたいやなぁ。多賀先輩、グッドアイデアやで。
そや。動物園に行ったら、朴君と多賀先輩を两栖爬行动物馆に置き去りにしよ。ほんで、ミョンファと二人で行動したらええやんな。と作戦を練る。
そして、隣の店が早く暇にならんかなぁと思いながら僕はポックンパッを食べた。
つづく
続きを読んで下さって、ありがとうございました。
すいません、2回目のデートまで辿り着けませんでした。次回は必ず!
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