24帖 甘酸っぱい時間
今は昔、広く異国のことを知らぬ男、異国の地を旅す
天坛公园(天壇公園)へは汽车(バス)で行くことに。
汽车站(バス停)まで行く途中、飲食店以外にもいろいろな店を見つけた。
书店(本屋)、纪念品商店(お土産屋さん)、手表店(時計屋)、工艺美术店(工芸美術店)、中药店(漢方薬店)、百货公司(百貨店)、时装店(ブティック)、剧场(劇場)などなど。
杂货店(雑貨屋)の前を通りかかった。ミョンファは店の中をチラチラと覗いてて、中に入ってみたそうやったんで立ち止まる。
「このお店、入ってみる?」
「いいの」
「ええよ」
「そしたらちょっとだけね」
杂货店に寄り道。
店に入ると、ミョンファは目を輝かせ小物類を見て嬉々としてはしゃいでる。やっぱり女の子やねんなぁあと思た。
そうや。昼飯と入場料のお礼に何かプレゼントしよ。そう思て僕も物色し始める。
何がええんやろ? ミョンファはどういうのんが好みなんやろ?
どうしたもんかと困って、小物を手に取って見てるミョンファを後ろから眺めてみた。
ミョンファは肩下まで伸びてる長い髪を黒い紐でひと纏めにくくってる。それはそれで可愛いんやけど、もう少し工夫したらもっとようなると思えてきた。
なるほど。髪をきれいに止めるもんがあったらええんや、という結論に至る。
他の女子に混じってあっちこっち探してみると、「发圈」というヘアリングのような髪飾りを見つけた。その中から可愛いのを選んで、ミョンファに見つからん様にお金を払う。
店の外で待つこと10分。ミョンファが出てきた。
「ごめんね。遅くなりました」
「なんかええもんあった?」
「そうやねー」
「何買うたん」
「いいえ、買いませんでした」
それなら、丁度ええわと思て、
「ミョンファ。これもらってくれる。プレゼント」
と言うて紙袋を渡した。
「ええ、いいんですか……。おおきに」
紙袋を受け取って、中から发圈を取り出した。
「わーかわいい。この小さなリボンがめっちゃ可愛いです。おおきに。つけてみてもいい?」
「おお、つけてたらええよ」
「うーん、シィェンタイはどんな发型(髪型)がいい?」
「そうやなぁ……」
僕はミョンファの頭から帽子を取って、顔をじっと見た。ミョンファは照れて下を向いてしもたんで後ろに回ってみる。
ポニーテールもええけど、ミョンファにはツインテールが似合いそうやと思う。
「ミョンファ。髪の毛を二つに分けてくくってみたら」
「え、双尾巴(ツインテール)にしたらいいのね。それはしたことないです。でもやってみます」
周りを見渡して、隣の时装店(洋服屋)に入って行った。
僕もあとについて行く。ミョンファはそのまま奥に行ってしもたんで、僕は一人でミョンファにはどんな服が似合うんやろかと考えながら店内を眺めてた。
时装店は、流行りの服を売っているらしい。日本で言うたらブティックのような感じの店や。そやけど日本と比べたら少しデザインが古いように思える。まぁ僕は女子のセンスは全然わからんけどね。付け加えておくけど、男子の流行りも分かりません。
店内をウロウロしてたら、ヒラヒラが付いてる白い连衣裙(ワンピース)に目が止まる。これやったらミョンファに似合いそう!
因みに、と思て値段を見てみたら197元やった。高っ!
これやったら「トルファンまで硬臥列车(二等寝台列車)に乗って行けるやん」と思てしもた。
「シィェンタイ……」
と声がした。
ミョンファは俯き加減で奥のドレッシングルームから出てきた。
「こ、こんな、感じでどうですか……」
長い髪を耳の後ろくくり、両方の肩から少し前に垂らしてる。
さっきと雰囲気が変わった。めっちゃ似合てる。完璧や!
ドキドキする!
「ミ、ミョンファ。めっちゃ似合てるよ。さっきよりもっと可愛くなったで」
と言うたら、いつも通りプッと膨れてしまう。
「シィェンタイが、買ってくれたから……いいに決まってる」
「ミョンファやったら何でも似合うんやて。うん。よし、それで公园(公園)行こ」
黙って頷いてた。
店の外へ出ると風が吹いてきて、ミョンファの前髪がフワフワしてた。僕は更にドキドキしてしもた。
王府井汽车站(王府井バス停)から汽车に乗り、20分ほどで天坛北门|汽车站(天壇北門バス停)に着く。
天坛公园は、さっきまでの街中と違ごて視界が開け空が高く感じた。ただ黄砂で霞んでたけど。
そんでもめっちゃ広うて開放的やった。
森というか林というか、緑が生い茂る中の道を歩く。たまに団体客が歩いて来るけど広いんで気にならへん。
ツインテールのミョンファは繋いだ手を軽く振りながらニコニコして歩いてる。
500メートルぐらい歩くと、祈年殿に着く。
なかなかすごい建物やったけど、大勢の人民で埋め尽くされてたんで少し離れたとこから二人で眺める。ツーショットの写真を撮って貰い、また歩く。
更に500メートルぐらい行くと、皇穹宇という宮殿に着く。宮殿の側まで行くとミョンファは立ち止まった。
「シィェンタイ。ちょっとここに居ってね。動いたらダメです。あっ、あかんよ」
わざわざ関西弁でいい直さんでもええねんけどなぁ。
「わかった、ここに立ってるわ」
するとミョンファは、宮殿の向こう側へ走って行く。
そして暫くすると、
「シィェーンターイ」
と聞こえてきた。
ミョンファの姿は見えんけど、すぐそこの宮殿から聞こえてきたように感じる。なるほど、反対側からの声が届く様な構造になってるんや。
「ミョンファー」
と僕も呼んでみた。そしたらまた、
「シィェンタイ、我想你」
と言うてきた。最後の中国語が分からんかったんで、
「ミョンファ、何て言うたん?」
と返してみたが返事は無かった。
暫くしても何の反応も無かったんで向こう側に行ってみることに。
時計回りに100メートルほど進んだら反対側に来たんやけど、ミョンファの姿は無い。そのままぐるっと回って、元の位置に戻ってきた。
やっぱりミョンファは居らん。
今度は反時計回りに行ってみら、ミョンファの後ろ姿が見えた。
壁に隠れてこっそり僕を探してるみたいやったんで、そーっと近づいて後ろから背中をポンと叩いた。
「わっ!」
ミョンファは、「きゃー!」と言うて飛び上がた。
「びっくりした?」
「もう……」
ミョンファは膨れてる。
どうやら僕を驚かそうとしてたみたい。逆に僕が驚かせたんで、少し拗ねてしもた。
「すんませーん」
「すんませーんと違うわ。動かないでって言ったのに……もう」
ボソボソ言うてる。
「そやかてミョンファの声が聞こえへんようになったから、心配して探しに行ったんやで」
「そうなん、探しに来てくれたの?」
「また王府井みたいに離ればれになったら嫌やからな」
「そう。おおきにね」
ちょっと機嫌を直してくれた。
「ほんで、さっき何言うてたん」
「それは……秘密です。そしたら今度は、あそこ行こ!」
と言うや否や、ミョンファは走り出す。何て言うてたんやろいう疑問は取り敢えず置いとこ。
100メートルぐらい行った所に人工の丘がある。石灰岩で作られてて、大きな円形になってる。
ハーハー言いながら階段を上って、その丘の中心まで来た。
「シィェンタイ、何か喋ってみて」
と言うミョンファの声は、響まくってた。声が反射してこだまする構造になってるようや。
「ミョンファ! ミョンファ、ミョンファ……」
ほんまにこだましてた。
ミョンファはケラケラ笑ろてた。その笑い声も響いて僕も笑ろてしもた。
儀式をする為にこういうもんを考え出した中国人はすごいと思う。昔の中国の人っておもろいもん作んねんなー。
暫く声で遊んだ後、丘を降りて林の手前にあるベンチに座った。
「あー、おもろかった。けど、笑いすぎて疲れたなぁ」
「シィェンタイ、苹果(林檎)食べる?」
「おお、ええやん」
かばんの中から苹果と果物ナイフを出して皮を剥いてくれた。甘酸っぱくて美味しかった。
僕はなんとなく、ミョンファと一緒に居るこの空間が、この時間が、苹果の果汁のように甘酸っぱく感じた。
苹果を食べながら周りを見る。今まで気付かんかったけど、あっちこっちのベンチでカップルがイチャついてた。ここってデートスポットやったんやと今更ながら気が付いた。もちろん、小吃(軽食)を食べてるおじさんおばさん人民も居たけど。
僕とミョンファもデートしてんねんなーって変な実感が湧いてきた。
ベンチの背もたれに頭を乗せて空を見た。むちゃくちゃええ気分やって、身体が軽くなったような感覚になって空を飛べそうな気がした。
こんなに楽しくてええんやろか……。
と思ってたら、目を閉じてしもた。
「シィェンタイ……」
ミョンファの優しい声で目が開く。ほんまに寝そうやったわ。
ミョンファを見ると俯いてた。
怒らしたり恥ずかしがる様なことは言うてへんのに、どないしたんやろうと思てたら、ミョンファは何も言わず自分の膝をポンポンと叩いてる。
もしかして膝枕をしてくれるん?
僕も黙ってミョンファの太ももに頭をそっと載せた。
ミョンファの顔はめっちゃ緊張してて赤かった。
「目を閉じてよ!」
と言うてミョンファは顔を逸らしたんで、僕は素早く目を閉じた。
デニム越しでもミョンファの柔らかさと温もりが僕の頬に伝わってくる。
目を閉じてるけど、余計にドキドキして寝られん。
そやけど暫くすると心地よい風が吹いてきて、いつの間にか僕はウトウトしてた。
つづく
※我想你=わたしは、あなたを想っています。
続きを読んで下さって、ありがとうございました。
また一歩、二人の距離は縮まりました。このまま時が止まってしまえばいいのに。
もしよかったら、またこの続きを読んでやって下さい。
誤字・脱字等ありましたら、お知らせ頂けると幸いです。
また、感想など頂けましたら、大変うれしく思います。
今後とも、よろしくお願いします。