234帖 日曜の夕餉
今は昔、広く異国のことを知らぬ男、異国の地を旅す
路地裏騒動がなんとか落ち着き、その後僕はハディヤ氏夫妻に連れられてバザールの生地屋に行く。なんとKurdishの伝統的な衣装を作ってくれると言うのや。なんでそんなもんを作ってくれるんやろうと勘ぐりながらも、結構高級そうな生地の中から、
「好きな色を選ぶといい」
と言われ、僕は少し薄めのカーキ色の生地を言われるまま選んだ。
次に奥さんと、後ろを付いてきたミライが腰に巻く帯みたいな布地と頭に巻く布を選んでくれる。
それだけでかなり高額やのに、それを持ってバザールの反対側の建物の仕立屋に行く。そこで僕の身体をメジャーで測り、オーダーメイドで作って貰う事に。
そこの店主は、
「ジャポンの客は初めてだ。あはは。心して仕立てさせて貰うよ」
とやる気満々で気合を入れてる。
「ありがとうございます」
と言うと、
「任せてくれ。1週間後を楽しみにして欲しい」
と握手をしてくる。
「ええっ、一週間!」
と、驚いた声を上げてしまう。
という事はやなぁ、それまで僕はここを動かれへんていうことやん。Kurdistan(イラク北部)に来て、今日で1週間目。それに加え更に1週間も動かれへんのかと思うと溜息が出そうやったけど、ハディヤ氏や奥さん、ミライもその完成が待ち遠しいかの様にニコニコして喜んでたんで、僕も笑顔でハディヤ氏に丁寧にお礼を言うた。
仕立屋を出ると、通りの角にあるチャイ屋のテラスに座り暫く休憩や。チャイを飲みながらゆっくりしてると、残りの女の子達がやって来る。エシラは僕が買うて上げたあの分厚い本を大事そうに肌身離さず持ってる。えらく気に入ってくれたみたいで、ハディヤ氏や奥さんにも見せてる。僕が買うた事が伝わったみたいで、
「キタノ、この子に本を買ってくれて感謝するよ」
「いえいえ。僕は何も買う必要はありませんでしたから」
「この子は将来医者になりたいと言ってるだ」
突然そんな事を言うてくる。
「そうなんですか」
「ああ。あの子の本当の親は私の昔からの知人でね……、憎きイラク政府軍のマスタード爆弾で怪我をして、それが元で病気で亡くなったんだ。それであの子は医者になると決めたらしい」
「なるほどなぁ」
「だからあの子は将来、イランかトルコの大学で学ばせたいんだ。日本で大学に行ったキタノからも、あの子の勉強を見て欲しい」
と頼まれてしもた。そんな話をしてる横のテーブルでは、エシラがその分厚い本を開いて真剣に読んでる。
そうしてるうちに男の子達も次から次へと集まってきて、最後にムハマドとカレムが来るとみんなで移動する。まだ夕日も沈んでへんけど、これから皆でレストランへ行き晩飯にするらしい。みんなはウキウキしながら歩いて行く。当然僕の右手にはゼフラの手が握られてた。
レストランでは肉料理を中心に見た目にも豪華な料理がテーブルに盛られ、みんな嬉しそうに食べてる。ハディヤ氏もその様子を見て満足そうや。
そのうちハディヤ氏は店の他の客とも話し出し、何を言うてるか分からんかったけど、店中が盛り上がってくると店員が音楽を掛け始める。
エスニックで独特のリズムがある曲が流れてくると店の中に一体感が生まれ、音楽に合わせて客が踊り始める。それに混じってムスタファとオムルも一緒になって踊りだすと、うちの女の子達も広いスペースに出て行き、みんなで一列になって肩を組み、楽しそうに踊る。
クルディッシュの伝統的な踊りなんやろう、男の人の踊りは勇壮で、女の子の踊りは艶やかで可愛らしい。音楽が盛り上がってくるとメリエムが一人真ん中に出て行き、より激しいリズムで踊りだすと周りの客から拍手が鳴り響いてきた。これにはハディヤ氏も大満足で大きな声援を送ってる。
途中からアズラが加わり、姉妹でシンクロしながら踊る様は見事ととしか言い様がない。長い髪が乱れ、時折見える鋭い目と笑顔がめっちゃ素敵やった。
そうやって盛り上がってる時にテーブルに残ってたエシラを見ると、騒がしい音楽の中でもやっぱりあの分厚い本にのめり込んでる。
頑張れエシラっと心の中で僕は応援してた。
楽しかった宴も終わり、店を出て車の所へ向かって歩き出す。バザールがあった広場は後片付けが行われており、祭りの後の様ななんとも寂しい雰囲気が流れてた。
みんなで車に分乗してSarsankを目指す。相変わらず仲がええのかユスフとアフメットはじゃれ合ってる。
今日は満月。僕はトラックの荷台に立ち、登り始めた月に照らされる砂漠を見ながら今日1日を振り返る。
みんなと一緒に買い物をして楽しんで、ちょっと怖い事もあったけど充実した1日やったやないかな。ちょっぴり悲しい事、エシラの事も思い出しながら、僕もクルド語が分かったらレストランの宴ももっと楽しめたのにと少々残念な気持ちもあったけど、平和で楽しいここの暮らしに満足してきてる。
ハディヤ氏になんとなく何かを期待されてるのも今日の民族服の購入で感じる所がある。僕自身もこのままここで暮らしてみたいと言う気持ちも少し湧いてきてる。まぁゼフラをお嫁さんにするというのはちょっと考えられへんけど、ここでは僕にも何かしら出来ることはあるし、それにみんなとの生活が何より楽しくて居心地がええ。
見知らぬ土地に来て、歓迎され、毎日楽しい生活を送る。ここは僕にとっての竜宮城の様な気分や。なんで竜宮城が出てきたか分からんけど、僕にとって暮らしやすい快適な異世界、それが砂漠にある竜宮城、サルサンク。
竜宮城かぁ。と言う事は、いつか現実に戻される事がきっとやって来るんや……。
そう思うと、ちょっと寂しくなってくる。
少し冷たくなってきた風を身体全体で浴びながらサルサンクの屋敷に戻ってきた。
つづく
続きを読んで下さって、ありがとうございました。
段々と心が揺れてきてる「僕」です。この後「僕」はどういう決断をするのでしょうか。
もしよかったら、またこの続きを読んでやって下さい。
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