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23帖 人混みがもたらしたもの

 今は昔、広く異国(ことくに)のことを知らぬ男、異国の地を旅す


 ミョンファを見失ってどれくらい経つやろう。

 たぶん不安に思てるやろし、早く見つけよと思て僕は店の前にある石段に登ってみる。

 見えるのは同じ様な人民服と人の頭ばかりで、ミョンファの白い帽子すら見えん。


 所々で、店の前で並んでる人と南北に行き来する人がぶつかって文句の言い合いや喧嘩が起こってる。

 ミョンファもトラブルに巻き込まれてないか心配や。

 僕は、出来る限り背伸びをして探してみた。


 その時行き交う人の切れ間から、通りの向こう側に白い帽子とミョンファの顔がほんの一瞬やけど見えた。街灯にもたれかかって、今にも泣きそうな顔をして僕を探してる様や。


「ミョンファ!」


 と呼んで手を振ってみたが、人混みに(はば)まれて消えてしまう。


 僕は「ミョンファ」と呼びながら人混みの中へ突っ込んだ。

 通りの真ん中辺まで来たら、


「シィェンタイ!」


 という声が聞こえた。ミョンファも気付いたみたいや。

 ほんでもミョンファの姿は見えん。声がした方へ人混みを掻き分けて進む。流れを横切るように進むんは大変や。


 団体客の行列の隙間から帽子を押さえてミョンファが出てきた。嬉しそうな顔をしてたけど目に涙が浮かんでる。

 泣いてたんか?


 ところがまた流れに乗って歩いてる人にぶつかり、引き離されそうになる。


「おいで、ミョンファ」


 僕は咄嗟(とっさ)にミョンファの手を(つか)み、通りの反対側にある小さな広場へ引っ張っていく。

 ここは人の流れがないし少し落ち着けた。


「よかった、ミョンファが居って」

「もう会えないかと……、心配してた……」

「僕もミョンファのことが心配で……」


 ミョンファは下を向いてしまった。

 手をつないでることに気が付いたミョンファは、慌てて手を離してしもた。

 さっきは咄嗟のことやし何の意識もせんと手をつないだけど、こうやって落ち着くとちょっと恥ずかしかったんかも知れん。


「ミ、ミョンファの知ってるお店ってどこなん」


 ミョンファは下を向いたまま喋らずに指差した。


「わかった。僕が引っ張って行くから、一緒に手をつなご!」


 ミョンファは顔を上げたど、すぐに横を向いて、


「わかった。人が多いから、だから手を繋ぐ、だけだから……」


 と口を尖らせて言うたけど、言い終わるとそっと右手を出した。

 僕はミョンファの手をしっかりと握ってその店がある方へ人混みの中を歩き出した。

 ミョンファの手は小さくて柔らかかった。



 しばらく進むと、


「そこを左に曲がって」


 とミョンファが言うてきた。そこは少し細い路地やったけど、やっぱり人は多かった。ミョンファが勧める店の前にも大勢のお客が行列をなしている。


「ミョンファ、ここいっぱいやね」

「そうやね、残念。ここ美味しいですけど」

「どうする、別のとこ行く?」

「ここがいっぱいやったら、多分他のお店もいっぱいやと思うし……」


 ミョンファは考えてた。さっきまでの不安や涙はもう消えてた。

 ちょっと上目遣いに「うーん?」と考えてる表情はとても可愛い。


「そしたら、向こうにある屋台で何か食べようか」

「おお、そうしよか」

「よっしゃ、ほな行こ!」


 明るく関西弁で答えてくれた。いつもの元気なミョンファに戻ってる。

 僕が右手を出したら、ミョンファは自然に手をつないでくれた。


 しばらく人混みの中を進んで、左の広場に入る。そこは屋台村みたいになってて、いろんなもんを売ってる。


「シィェンタイはここで待ってて。私が買ってくるから」

「分かった。ここでジッと待っとくから、頼むわ」


 ミョンファは屋台を見回して何にしよか考えてた。そして決まったらしく、お店の列に並んだ。

 僕は石段に座ってミョンファを見てる。

 そしたら、ミョンファが僕を見て笑顔で手を振ってきた。

 あの素敵な笑顔が、こんな大勢の中でただ僕だけを見て手を振ってくれてる。

 その状況がなんや照れくさくなってしもて、プイっと横を向いた。

 そしたらミョンファは、顔を膨らまして怒ったような表情する。でもすぐに笑ろてもう一度手を振ってきた。僕は嬉しくなって手を振ってしまう。納得をしたような表情して、店の人に注文をしてた。


 ミョンファが手に小吃シャオチーを持って戻ってきた。小籠包(シャォロンバオ)肉夹馍(ロウジャムォ)をひとつずつ渡してくれる。小籠包は火傷しそうなくらい熱かったけど、中の肉汁がめっちゃ美味しかった。肉夹馍はハンバーガーみたいで、ちょっと癖のある匂いがしたけど、これも美味しかった。


「シィェンタイ、美味しい?」

「おお、おいしいで」

「もっと食べる?」

「そうやな、もうちょっと食べたいなぁ」

「わかった、任せといて」


 と言うて、違う店に並びに行く。

 しばらくすると今度は小さなお椀を二つ持って戻ってきた。


担担麺(ダンダンミェン)です。これはちょっと辛いです」

「大丈夫、僕は辛いの好きやから」

「ほんまに?」

「ああ、大丈夫やで」


 と言うて食べた。これは……。今まで食べたことない辛さやって思わずむせてしもた。


「ほら、やっぱり辛いでしょう」


 僕は咳き込んで喋れんかった。ミョンファは背中を優しくさすってくれる。


「おおきに、もう大丈夫。でもむっちゃ辛いわ」


 ミョンファは、けらけら笑っとった。

 なんとか食べ終わったけど、辛くて喉が痛い。


「もうお茶がないから、何か買ってくる」


 とお椀を持って行き、また別の店の方に消えていった。


 暫くすると、両手に缶コーラをもって戻ってくるミョンファの姿が見えた。なんか僕に見つからんように忍び足で歩いて来たんで、バレバレやったけど知らん振りして前を見てた。

 ミョンファは後ろの方に回って石段の上から僕の頬にコーラの缶を当ててきた。


「冷たっ!」


 と、びっくりした振りをしたら、ミョンファはキャッキャ言うて喜んでた。


「びっくりしたなぁもう!」

「すんまへんなー」


 関西弁をわざと使っておどけてる。


 そやけどまたコーラとは。上海で飲んだヤツと同じや。でもせっかくミョンファが買うてきてくれたし飲む。

 コーラはキンキンに冷えてたんで上海の時と違ごてスッと飲めたわ。そやけど、やっぱり薬っぽい味がした。


「シィェンタイ、これも食べる」


 ミョンファはカバンから、串焼きを出してきた。


「どう? これ、めっちゃ美味しいよ」


 串に刺さってるんは、なんと3匹のサソリのやった。


「何これ!」

「これは蝎子串(シェズーチュァン)だよ」

「蠍の素揚げかぁ」

「美味しいから食べてみて」

「ほんまに美味しいんかぁ?」

「美味しいから、大丈夫、大丈夫」


 ミョンファはケラケラ笑ろとる。売ってるんやから大丈夫やと思うけど、毒とか無いんかなぁと恐々(おそるおそる)串を持って食べてみた。


「どう美味しい?」


 香ばしくて、なんやエビフライみたいな味や。


「まあまあ美味しいかなぁ」

「私もちょうだい」


 と言うので食べさせてあげた。ミョンファはホンマに美味しそうに食べてた。唇の端っこから蠍の足がはみ出てたんは、まるで妖怪が獣を食べてるみたいで滑稽やったけど、それを左手の人差し指で口の中に押し込む仕草はちょっと可愛らしかった。


「うん、美味しいね。あとひとつはシィェンタイが食べて」


 確かに美味しいんやけど見た目がちょっとなぁー。

 ミョンファがニヤニヤして僕を見てたんで頑張って食べる。

 あっ、でもこれいけるかも。なんかビール欲しなってきた。

 そやけど、ミョンファは未成年やし苦いコーラで我慢する。


 お腹もいっぱいになって、少しぼーっとしとなってきた。


「シィェンタイ、これからどおないしますか?」


 変な関西弁やな。まぁ僕もちょっとおかしいけど……。


「ふーん、そうやなぁ。お腹もいっぱいになったし、どっか人の少ない所で休憩したいなぁ」


 別に深い意味はありまへんで。ちょっとゆっくりしたいだけ。


「そうやね。どこ行こう」

「広くて、人が少なくて、のんびりできる所ある?」

「そしたら公园(ゴンユェン)(公園)にでも行く?」

「どんな公园なん」

「北京にはいっぱい公园がありますよ」

「そしたら……」


 僕は頭の中に、広い野原に塔が建ってる景色が浮かんできた。


「ミョンファ知ってるかな? 広い公園に、まーるい塔があって、昔皇帝がお正月とかにお祈りをする所」


 ガイドブック持ってきたらよかったなあ。名前が出てこんわ。


「うーん、それは天坛公园ティェンタンゴンユェン(天壇公園)のこと?」

「そう、そう言う名前や。確か日本の焼肉屋みたいな感じやった」

「ええよ。そこは広くて気持ちがいいし。でも、もしかしたら人が多いかも……」

「まあええやん。行ってみよ」

「うん!」


 僕らは立ち上がって歩き出した。

 王府井大街(ワンフーチンダージェ)(王府井大通り)は少し人通りが減ってきてたけど、僕はミョンファに右手を差し出した。


 ミョンファは何も言わず、笑顔で手を繋いでくれた。



 つづく


 続きを読んで下さって、ありがとうございました。


 無事再会できましたが、この後、二人の仲は進展するのでしょうか?


 もしよかったら、またこの続きを読んでやって下さい。


 誤字・脱字等ありましたら、お知らせ頂けると幸いです。

 また、感想など頂けましたら、大変うれしく思います。

 今後とも、よろしくお願いします。



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