21帖 走るミョンファ、追う憲太
今は昔、広く異国のことを知らぬ男、異国の地を旅す
地铁(地下鉄)に乗ってる間、僕は関西弁講座をやってた。ミョンファはなかなか覚えがええ。と言うより頭の回転が速い。覚えた関西弁はすぐに使えるようになってる。ミョンハンも関西弁が言える様になったんが嬉しいのか、喜んで使いまくってる。
関西弁を話すミョンファは、めっちゃチャーミングや。
前门站(前門駅)に着いて地上に上がると、たくさんの人民に圧倒された。昨日来た時も多かったけど、今日はその2倍も3倍も居るようや。人を掻き分けんと進めん。
正阳门(正陽門)を過ぎると、天安门广场(天安門広場)に出る。遠くに天安门が微か見える。まずは天安门へ行くことに。
昨日は一人やったけど、今日はミョンファと一緒やから心も弾んでる。
人混みの中を二人で関西弁講座をやりながら歩く。半分ほど、およそ500メートルぐらい歩いたら人混みを抜けられた。あとは100メートル毎に立ってる警備の公安だけや。
ホッとしてたら、ミョンファは僕の顔をじっと見てくる。
そしてニコッと笑ろて、
「预备ー开始!」
と言うて、帽子と水筒を押さえて走り出した。「用意ドン」ちゅうことか。
10メートルほど遅れて、僕はミョンファを追いかけた。
中学・高校と陸上競技で鍛えた僕の足やったらすぐに追いつく。そやけど、わざとゆっくり走ってみた。
前を走ってるミョンファは後ろを振り返りながら、
「早くおいで」
と、ちょっと意地悪な顔をして言うてる。
僕は本気を出して追いついたろうと思た。
少し本気を出すだけで、すぐに追いつく。
遅いですよミョンファさん!
横に並んでミョンファの顔を見ると、抜かれまいと真剣な顔で一生懸命走ってた。
僕にとっては余裕のスピードやったけど、ミョンファにとっては全力なんかな。歯を食いしばり顔を赤くして走ってる。まっすぐ前を見て、ほんまに真剣やった。
こんな顔もするんやなーと、僕は頭の中にミョンファの表情を刻み込んだ。
そろそろホンマの本気を出して走ったろ、格好ええとこを見せたろと思て加速した。
その瞬間、
ピーーッ! ピーーッ! ピーーッ!
と警笛が鳴る。
何事かと驚いて、僕とミョンファは立ち止まる。近くにいた公安が僕を目掛けて駆け寄ってきた。厳しい口調で何か言うてる。どうも怒られてるみたいや。
ミョンファはその公安と僕の間に入ると、喧嘩腰に話してた。そやけど最後は謝る。やっぱり怒られたんや、と思て僕も謝る素振りをした。
「ミョンファ、公安は何を言うてはったん」
「えーと、走ってたから注意されました。ここは速く走ったらダメです」
「やっぱり。誰も走ってへんもんなー。そやけどそんなに速よ走ってないで」
「ほんまですねー」
思わず二人で笑ろてしもた。僕はミョンファが「ほんま」という関西弁を使こたから笑ろた。ミョンファは、何で笑ろてんのかは分からん。
でもなんか楽しい気分や。
二人とも、ハーハー言いながら笑ろてた。
笑い終わったら、ゆっくり歩き出す。天安门の中をくぐり抜け、售票处(入場券売場)の前まで来た。
僕が入場券を買おうとしたら、
「票(入場券)は、私が買います」
と言うてきた。
「ええで、僕が買うよ」
「私が買った方がいいです。その方が安いですよ」
と、料金表を指差した。入場料は、人民は10元やったけど外国人は30元もする。しかも身分証を提示せんとあかんみたいや。
ミョンファは售票处の列に並んで、入場券を買うてきてくれた。
お金を渡そうとしたけど、それは受け取ってくれへん。
「ミョンファ、ありがとう。後で何かお返しするから」
「お返しって何ですか?」
「お返しっていうのは、うーん……」
ミョンファに説明する言葉が思いつかへん。
「ミョンファが票を買うてくれたから、代わりに僕がミョンファにプレゼントを買うてあげます」
と言うたら、ミョンファはまたプッと膨れて下を向く。
「別にプレゼントが欲しいから……じゃないからね。私が買った方が安かったから……。でも、お、おおきに」
と小声で言うてた。
「いいねん、気にせんとって。僕もおおきにやで」
この後も度々入場券が必要な所へ入ったけど、全てミョンファが払ってくれた。
僕は何をプレゼントしようか考える。
天安门の中に入って、階段を上がる。一番上まで行き、扉をくぐると門上に出られた。テレビのニュースで見たことがある、国家主席が演説などをするところや。
「景色很美(すごーい)」
ミョンファは歓声を上げてる。
風が吹いてて気持ちよかった。
「ミョンファは前も来たことあるんやろ」
「来たけど、前はここまで上がれなかった」
「そうなんや。なかなか眺めがええねー」
「めっちゃ気持ちがいい。そうそう、お茶を飲みますか」
「ありがとう、喉乾いとったわ」
「ありがとうじゃなくて、おおきにでしょ」
「うーん、この場合はありがとうでもええねんけどなぁ」
「そうなん。難しいね、関西弁」
そう言うて肩に掛けてた水筒からお茶を入れようとしたら、突風が吹いてミョンファの帽子が飛んだ。
僕はすかさずジャンプして帽子をキャッチした。
周りに居た人民たちは「おー」と言うて拍手してくれた。僕は「谢谢、谢谢」と言いながら、調子に乗って手を振ってた。
ミョンファも嬉しそうにしてる。
そして帽子を被せてあげた。
ミョンファはとびっきりの笑顔で、
「おおきに!」
と喜んでくれた。
ミョンファにお茶をもらって飲む。喉が潤い、風で汗が引いて心地よかった。
しばらく何も言わず、二人で北京の風景を眺めてた。
ミョンファは目を細めて遠くを見てる。その横顔も素敵やった。
僕は北京の風景写真を撮る振りをして、こっそりミョンファの横顔を撮った。めちゃええ写真になりそう。
その時ミョンファがこっちを向き、目が合う。ちょっと恥ずかしそうな顔をしてたけど、頑張って僕の顔を見てる様や。僕もミョンファの目を見つめる。
折角ええ雰囲気やったのに……。団体旅行の人民たちが大勢やってきた。ホンマ中国は人が多いなぁと感じさせられる。それぐらいたくさんの人民たちがなだれ込んできて、僕らは押し出されてしもた。
中国は団体旅行が多い。なんか村全員で来てる様な感じ。ほとんどの人民が日焼けしてる。地方の農村から来てるとミョンファが言うてた。
僕らは天安门を後にする。午门(午門)を抜け、故宮に入場する。
そして更に内金水桥(内金水橋)を渡り、太和门(太和門)を抜け、太和殿に向かって歩く。
僕らは、歩いてる間もいろんな事を話した。
そんな折、ミョンファは自分の家族の事を話してくれた。
吉林省にはおじいちゃんとおばあちゃんが居って、ミョンファとお兄ちゃん、お姉ちゃんの3人は、おじいちゃんとおばあちゃんに育てられた。お父さんとお母さんは、北京で今のお店を開く。小学校の時におばあちゃんが亡くなったんで、3人は北京のお父さんお母さんの所にやってきた。
ミョンファが初級中学(中学校)3年生の時、おじいちゃんが病気で倒れた。お父さんとお母さんとお姉ちゃんは、おじいちゃんのお店を引き継ぐために吉林省に帰ってしまう。
それで、お父さんが開いた北京の店をお兄ちゃんが引き継いだ。本当は大学に行きたかったそうや。
お父さんの弟にあたるおじさんと、おばさんが店を手伝ってくれてる。
堂兄弟(従兄弟)は、北京の体育学校に入ってて、篮球(バスケットボール)の選手を目指しているらしい。
おじいさんの病気の手術をする為には、お金がたくさんかかる。だからミョンファは、高级中学(高校)へ行くことを諦めて、店を手伝うことにした。
おじいさんは今も入院してて、かなり病状が悪いらしい。
少し悲しそうな顔をしてる。
僕が心配そうにしてたら、それに気づいたんか、急に明るい顔をして話しだした。
「ほんでな、お兄ちゃんには情人(恋人)が居ます」
「な、なんと。朴君には彼女が居るんか。アイツなかなかやるなー」
「彼女って、何ですか?」
「ああ、情人のことや」
「そうですか……。それで、结婚(結婚)するそうです。22歳になったら结婚します」
「ほほー、あと2年やね」
「それで结婚をしたら、嫂子(お嫁)さんにお店を手伝わせて、私をもう一度学校に行かせてくれるそうです」
「そっかぁ、お兄ちゃん、なかなかええやつやん。ちょっと見直したわ。ミョンファのこと、大事に思てるやん」
「それは、そうなんですけど」
しっかりしてくれよ、お兄ちゃん! とでも言いたげな顔やな。
「それでミャンファは学校に行った後、何の仕事したいん?」
「私は幼儿教师(幼稚園の先生)になりたいです」
「ああ、ええかも知れんなー。幼稚園の先生かぁ。似合てるわぁ」
「なれますか?」
「なれる、なれる。ミョンファが幼儿教师になったら、僕は子どもになってそこへ行くわ。優しくしてね。老师(先生)!」
「厳しくしてあげます」
と言うて笑ろてくれた。
ミョンファもいろいろあんねんな。でも今日はそれを忘れられる様に楽しませてあげよと思た。
つづく
続きを読んで下さって、ありがとうございました。
なかなかいい雰囲気になってきました。
もしよかったら、またこの続きを読んでやって下さい。
誤字・脱字等ありましたら、お知らせ頂けると幸いです。
また、感想など頂けましたら、大変うれしく思います。
今後とも、よろしくお願いします。