19帖 勇気凛々!
今は昔、広く異国のことを知らぬ男、異国の地を旅す
遅れてきた僕は、何故かミョンファちゃんに怒られてしもた。
僕は呆然としてると、多賀先輩が声を掛けてくれる。
「まぁ取り敢えず座りーや」
「多賀先輩、ミョンファちゃんはなんで怒ってたんですかね?」
多賀先輩は残ったスープを飲み干すと、ボソっと言うた。
「別に怒ってへんかったと思うけど」
プッハー!
「遅かったしちゃう。ミョンファちゃん、ここでずっと待ってたし」
「そうなんっすか。そやけど昼飯時って、お店忙しかったんとちゃうんっすか?」
「俺は12時半ぐらいに来たんやけど、今日は客少なかったで」
「多賀先輩、そんな早うから来てたんや」
「そうや。シシカバブーとビールでお前が来るのを待っとったんや。そしたら、隣の店も暇やったみたいで、ミョンファちゃんがこっち来てな。ほんでさっきまで俺と一緒に喋ってたんや」
「喋ってたって、何喋ってたんですか?」
「それは秘密や」
ええー。
「そ、そうなん言わんと、教えてくださいよ」
「ほな、いくら出すねん」
「金取るんっすかぁ」
「まあそれは冗談やけど、とりあえず北野がミョンファちゃんのことを気に入ってるでーて、伝えといたし。はい、1000円!」
「な、なにー! なんちゅうことをしてくれたんですか」
金は払いませんよ。
「そやけど、ほんまの事やろ?」
「まーそうですけど。そ、それで……、ミョンファちゃんは何て言うてました」
「まあ、そう焦んなや。取り敢えず何か頼んだら」
そこが一番知りたいとこやんか。
まぁええわ。取り敢えず何か頼んで、それからゆっくり聞こ。
「そしたら……、多賀先輩は何食べたんですか?」
「俺か。俺は牛肉のクッパとカルビスープや」
「ほんなら……。朴君、僕も牛肉のクッパ頂だい。それとシシカバブーも3本」
「わかりました」
「ほんで、ミョンファちゃんはどうやったんですか」
「ん……、お前の事、色々聞いてきてたから教えたったわ。そしたら一緒にどっか行きたいって言うとったで」
何言うたかは、気になるとこやけど……。
「マジすか。それ、ほんまっすか」
「ほんまや」
多賀先輩はニヤニヤと笑っとった。こういう場合は大概冗談やと思うねんけど。うーん、読めんへんこの表情。
できたらそうであって欲しいし、多賀先輩を信じることにしよ。今だけは。
「ほんなら誘ってみよかなぁ。そや、3人でどっか行きましょか」
「なんで3人やねん、二人で行ってきらたええやんけ」
「そやかて……そこにお兄ちゃんもいることやし。それに二人って、何喋ったらええんですか?」
「アホか、そんなことは自分で考えやっ」
「考えやって言われても……」
「早よ考えや。もうすぐミョンファちゃん来るで」
「えっ、なんで来るって判るんですか?」
「何でて、もうすぐクッパ持ってくるやん」
「あっそうか!」
そうやった、クッパ注文してたんやった。どうしよ、何喋ろうかな。こういう時はおばさんが持ってきてくれてええのになぁ……。
うーん、いきなり「可愛いね」っていうのも変やしなぁ。二人でどっか行きませんかって誘うのも、朴君の前で言うてええんやろか?
と考えてたら朴君がシシカバブーを持ってきてくれた。なんか朴君の顔が見れへんかった。
「はいどうぞ」
「ありがとう」
「シィェンタイさん」
「はい?」
「ミョンファと一緒にどこか行って来たらどうですか」
「えっ!」
暇になったんか、朴君もテーブルに座ってきた。そういうたら他に客はおらん。
「い、いんですか」
「いいですよ。シィェンタイさんは、まだ北京の観光をしていないです」
「なんで知ってるの?」
「さっきドゥォフゥァ(多賀)さんと、ミョンファが話しをしているのを聞いていました」
「多賀先輩、何を言うてたんですか?」
「いや。俺は結構いろんなとこ観てきたけど、北野は多分まだ何処にも行ってへんのと違うかって言うてただけやで」
「まぁ、朝の通勤ラッシュしか見てませんけど……」
「そやろ。そしたらな、ミョンファちゃんがな、北京はええ所たくさんあるし、なんで見に行かへんのやろって言うてたんや」
「うんうん」
「ほんでミョンファちゃんに、一緒に連れてったってくれへんかって言うたら、ええでって言うてたわ」
「そうですね、ミョンファは行きたそうにしてましたよ」
まじか。朴君も言うてるし、これはホンマやな。まさか二人で僕を陥れようとしてるんちゃうやろなぁ。
それは、無いか。実の妹をダシに使こて、そんな事せえへんわな。
「ぱ、朴君。どっか行ってきてもいいですか?」
「いいですよ」
「お店はどうなるんですか?」
「お店は毎日やってる。けど休みたい人がいたら、その人は休みます」
なるほど、そういうシステムか。
「よかったやんけ北野、これでお兄ちゃん公認やで」
「はー」
なんか最後は気が抜けてしもた。ほんなら今日、行けへんかった天安門とか故宮とか行こかな。ミョンファちゃん、一緒に行ってくれるかな?
すると、奥からミョンファちゃんがクッパを運んで来てくれた。
さっきと違ごて、笑顔やった。
「お待たせしました」
と言うてクッパを僕の前に置いてくれた。多賀先輩は、早よ言えみたいな顔をしてる。
「あ、ありがとう」
「いいえ」
「あのー、ミョンファちゃん」
「はいっ」
声聞いてるだけでもドキドキするのに、顔を見てしもた。
笑顔で僕を見てくれてるやん。あかん、脳が溶けそうや。
「えーっと」
「何ですか?」
「いつも運んでくれてありがとう」
「なんやそれ、ビシッと言わんかい」
これが吉元新喜劇なら、ここでみんなズッこけるとこなんやろな。
多賀先輩も居るし、なんちゅうても実のお兄ちゃんが目の前に居るんやで。お兄ちゃんの前で妹を誘うて、倫理的にどうなんや?
「うふふ」
ミョンファちゃんは笑ろてた。めっちゃ可愛い。
マジマジと顔を見てしもた。
「何ですか?」
チャンスや、ガンバレ自分。
そやけど何を言おう……?
まあええわ、思たこと言うてしまえ!
「ミョンファちゃんて、日本語上手ですね」
「えっ……、 あ、ありがとうございます」
あれ? さっきまでの笑顔は消えて、なんか顔が赤くなってるし。
褒められるの苦手なタイプ?
「それにに声も綺麗やし……」
と言いかけたら、おばさんが奥からミョンファちゃんを呼んでる声がした。
「はーい、今から行くー」
と返事して、
「さ、冷めちゃうから……、早く食べてよね!」
さっきの優しい声と違ごて厳しい言い方やった。そして隣の店に小走りに行ってしもた。
あれ? なんか怒らせるようなこと言うたかなぁと思てたら、朴君が困った顔をして話してきた。
「ミョンファは、すぐに照れるんです。素直に喜んだらいいのですが、緊張してしまうと怒ったような顔になります」
「ふーん、そうなんや。ほんなら緊張せんように言わなあかんのかぁ」
「もう少し素直になったら私も可愛いと思うんですけど。すぐ怒ります。だから私は悩んでいます」
「可愛いと思うねんけどな」
「そしたらシィェンタイさん、妹をなんとかして下さい」
「わ、分かりました」
あっ、流れで分かった言うてしもたけど、ええんかいな。
しかもお兄様から正式に承ってしもたぞ。ほんまにええんかな……。
そしたらしゃあない、なんかキッカケを作らな。
でも、あのミョンファちゃんの顔を見てしもたら、僕も緊張してまうやんなぁ。もう少し不細工やったら緊張せんのに、なんであんなに可愛いんやろ。
「北野。取り敢えず先に食えよ」
「そうでした。お腹ペコペコやったん忘れてましたわ」
「もう知らんわぁー。あとは自分で何とかせえよ」
「……はい」
お客さんが2人入ってきたんで、朴君は立って行った。
多賀先輩は、僕の顔を見てニヤニヤしてるだけや。今にも吹き出しそうなんを我慢して……。
取り敢えず、食べよか。
僕はクッパとシシカバブーを食べる。
そして今日行った前门の切符売場の様子を多賀先輩に報告した。
「そしたら、どうしたらええんや」
「そうですね。北京駅やったら外国人は予約して切符を買えるらしいですから……」
「そうかあ。そやけど外国人料金は高いんとちゃうの?」
「ちょっと待ってくださいねー」
メモ帳を出してめくった。
「えーっと、北京からトルファンまでの営業キロが三千六百三十一キロなんで、特快列车(特急列車)に乗ったとしたらー、硬座で127元。硬臥で大体200元です。そうすると外国人料金やったら2倍やし、硬座でだいたい250元、硬臥で400元ですね。あと予約の手数料が5元要ります。それで予約しといたら切符は当日の朝に買えます」
「お前なぁ……、電車のことやったらスラスラ言えるのに、なんでミョンファちゃんにははっきり言えへんのや?」
「そ、それは……、なんでやろ、へへへ」
「しっかりせえよ、ほんまにぃ」
「は、はい……」
「わかったわ。ほんなら取り敢えず予約だけしとこ。もし人民の窓口で切符が買えんかったら外国人料金で行こ。安くで買えたら、5元ぐらい捨てたと思たらええわ」
「そうですね」
「ほんでここからが本題や。俺が明日、北京駅に行って予約取ってくるから、お前はミョンファちゃん誘てどっか観光してこい」
「プッ、ええんですか」
思わず噴いてしもた。
「ええに決まってるやないか。チャンスやぞ。根性出してみぃ」
「わ、分かりました。ありがとうございます」
ほんまにチャンスやな。多賀先輩、あざーす。
朴君にシシカバブーを追加して、その後も切符購入の作戦会議をした。
そして多賀先輩が今日行ってきた所の話や、僕が天安門広場で体験したことなどを報告し合った。
話が大体終わったところで帰ることにした。
そしてお金を払う時に、僕は気合を入れて朴君に言うた。
「朴君、明日も来ます。ほんでミョンファちゃんを誘ってどっか行こうと思うんですけど、いいですか?」
「いいですよ。ありがとうございます。よろしくお願いします」
「はい、じゃあまた明日。ごちそうさまでした」
と言うて店を出た。やった!
外へ出て隣を見ると、ミョンファちゃんがホウキとチリトリを持って店の前を掃除してた。
僕は多賀先輩の顔を見た。ニヤニヤしてたけど、気を使ってか駅の方へ歩いて行ってくれた。
一人でやれって事か。
僕は心臓がバクバク鳴ってたけど、勇気を出す。
「ミョンファちゃん!」
と声を掛けたら、ビクッとして振り向いた。
振り向きざまに長い髪の毛がふわっとなって、むっちゃ可愛かった。
それが余計に僕を緊張させる。
でもこれは絶好のチャンスやと自分に言い聞かせ、更に勇気を絞り出した。
声を掛けたのがびっくりしたんか、ミョンファちゃんはまたぷっと膨れていた。
「何ですか。掃除をしてるから、忙しいんだからね!」
また怒ってる。
僕はそれにめげずに思い切って言うた。
「ミョンファちゃん、僕は天安门(天安門)とか故宮に行きたいねんけど、明日一緒に行ってくれる? あんまり中国のことわからへんし」
と適当な理由をつけてしもた。
ミョンファちゃんの顔が緩んだ様に見えた。そしたら、ホウキとチリトリを投げ捨てて店の奥へ走って行く。
おばさんと二言三言喋って、また走って戻ってきた。
その顔は満面の笑みやった。今まで見た最高の笑顔やった。
僕の心が溶けてしまいそうや。
「明日、一緒に行ってあげるわ。だって、あそこはとっても広いから迷子になったら困るでしょ」
「ありがとう。めっちゃ嬉しいです!」
あかん、脳みそが沸騰してきた。
「えっ……、わ、わたし……も、嬉しいです」
あっ。ミョンファちゃん下向いてしもた。
「じゃあ。明日の9時にここへ迎えに来ます。それでいいですか?」
ミョンファちゃんは急に笑顔になり上目遣いに、
「お願いします」
と言うてくれた。そして、また下を向いてしもた。
やった! OK貰えたやん。
「それじゃあ帰りますね。さいなら」
「はい! さようなら」
僕は、多賀先輩の方に向かって歩き始める。
ちょっと歩いて振り返ったら、ミョンファちゃんがこっちを見て手を振ってくれた。
僕も手を振る。
ふうー、と息を吐いて僕は全速力で多賀先輩の後を追った。
つづく
※「硬座」は普通の座席で、「硬臥」は二等寝台相当です。
続きを読んで下さって、ありがとうございました。
今日の「僕」は頑張りました。明日のデートは成功するでしょうか?
もしよかったら、またこの続きを読んでやって下さい。
誤字・脱字等ありましたら、お知らせ頂けると幸いです。
また、感想など頂けましたら、大変うれしく思います。
今後とも、よろしくお願いします。