188帖 流石は石油産出国
今は昔、広く異国のことを知らぬ男、異国の地を旅す
Kuhi-Taftan駅もコンクリートが下に敷いてあるだけの粗末なものやった。3人でまずパキスタンのイミグレーションに向かう。なんの舗装もしてない砂の上を歩いて行くと、途中にちょっとしたバザールがある。
喉がカラッカラなんで飲み物を探したけど、チャイか炭酸飲料ばっかりでミネラルウォーターは見つからんかった。そこを通り抜け、1キロほど歩くとイミグレーションや。出国は入国程厳しくなく、すんなりと通り抜けられた。
それから国境に向かうとフェンスの前に人集りがあり、どうやら順番待ちをしてる様や。僕らもその最後尾に並び荷物を降ろしてゲートが開くのを待つ。
イラン側の建物の壁には「ルーホラー・ホメイニ師」の肖像が描かれてて、僕らに睨みを利かしてるみたいやった。
「ホメイニ師って、まだ生きてるんかいなぁ」
「さぁー」
「昔、ようテレビに写ってたけど何した人なんやろう」
「そんなん知らんわー」
まぁどうでもええわ。それでもフェンスの向こうがイランやと思うと少しワクワクしてきたけど、なんせ喉が乾いてるさかいそれ以上喋る気力は無くなった。
その間日夏っちゃんはRawalpindiで買うたチャドルを出して着込み、ちょっと緊張した面持ちで立ってた。イランでの旅に相当不安を持ってる様や。そやさかいちょっと気を効かせて声を掛けてみる。
「どう。涼しいかぁ?」
「そうやね。日差しが当たらんから風が吹くと涼しいよ。ほら」
と、チャドルをひらひらして遊んでた。
あんまり緊張してる様子は無いわ。
そのまま1時間位待たされて漸くゲートが開き、人集りがイラン側へ流れる。いよいよ4ヶ国目の入国や。気合を入れてイランへの第一歩を踏んだ。
やったぜ、イランまで来たー!
人集りはまずイミグレーションの前で待たされ、順番に中へ入って行く。
入ってみてびっくり。流石は石油産出国。地下資源が乏しいどちらかと言うと貧しいパキスタンとは違い、なんとこの建物には有り難い事に冷房が効いてる。この辺でもうパキスタンとの違いがはっきりしてきた。
書類の書き方は日夏っちゃんのを真似して書き、日本人はイランに入る為のビザが不要(当時)なんで、難無く通過できた。
その後はメディカル・チェックの建物まで移動させられ、健康面の簡単な応答が終わると白い錠剤を3つ渡された。何かの予防薬らしい。
それを持って前に進むと、壁の前にある銀色の直方体の機械に着いた。それはなんと日本でも見たことのあるウォータークーラーではないか。僕は薬を持ったまま、まず水をたらふく飲んだ。
「ぷっへー」
冷たい水が食道から胃の中へ流れて行くんがよう分かる。
腸に沁み入るとはこの事や……。
実に6時間ぶりの水分。
無色透明の冷たい水はいつから飲んでへんかったやろう。
僕は薬を飲むんも忘れて水ばっかり飲んで、終いにはお腹がちゃぷんちゃぷんになってしもて、いざ薬を飲む時になって吐きそうになってしもた。
生き返った僕は3人で次の建物に移動する。次は税関。
列に並んで待って前の様子を探ってると、なんと審査官は女性やった。厳しい顔付きでテキパキと仕事を熟してる。もちろん頭にはカーキ色のヒジャーブを被ってるし、制服なんやろうか、同じ色のスラックスとブカブカの服を来てる。もちろん肌は顔以外一切出してない。
床には、半分に引きちぎられたトランプが散らばってた。普通の女性モデルの写真も粉々に切られて捨てられてる。
イランは、ギャンブルに関するものや酒、女性の写真にもちろんポルノ類も麻薬などの薬物も持ち込み禁止や。幸いそういうものは持ってないけど、順番が近づくにつれだんだん緊張してきた。
先に日夏っちゃんに行って貰おうと思てたのに女性は専用の窓口に連れてかれてしもたんで、仕方なく中藪さんと二人で突入する。質問は細々とされたけど、荷物はX線を通すだけですんなり抜けられた。一番心配してた吐鲁番(トルファン)で買うた短剣も何も言われずに無事やった。
外で待ち合わせ、3人揃ったとこで次の目的地Zahedanへ向かう。国境からは他の地域に行くバスは殆ど出てないから、「取り敢えずザヘダンで行くべし」とPeshawarで山中くんからコピーさせて貰ろたもんには書いてある。
そのザヘダン行きのバス乗り場に行こうとしたら、中藪さんが話し掛けてきた。
「すんません。僕はザヘダンへは行かないんで、ここでお別れですわ」
「えっ、そうなんですか?」
「はい、いろいろ調べたい事があるんで……」
「そうなんですね。分かりました」
「ではお元気で」
「はい。中藪さんもお元気で。またラーメン黒部で会いましょ」
「そうですね、楽しみにしてます」
という事で中藪さんとはここでお別れ。ああ、ラーメン食べたい!
バスの停まってるとこに向かって歩いてると早速両替屋が近寄って来た。
「1ドル、800リアル。OK?」
あのコピーには、「最低でも1ドル=900リアル」って書いてあったんで、水を飲んで息を吹き返した僕は釣り上げ交渉に全力を投入する事にした。
「日夏っちゃんはなんぼ両替する?」
「私は取り敢えず50ドルかなぁ」
「ほんなら2人で100ドルやな。それで交渉してみるわ」
800じゃぁ低いと言うと簡単に850,900,950と上がっていく。
「ほんなら50ドル替えるしどうや?」
と言うと1000リアルまで上がった。
「これが最後な。100ドルで1100リアルはどないや?」
両替屋のおっちゃんは渋った顔をしたけど、目の前で100ドル札をチラつかせると、
「OK」
と言うてくれたんで、僕らは100ドルで11万リアルをゲットできた。
結構な量の札束をポケットに入れて、バスに向かう。ザヘダン行きのハズは、これまたパキスタンと違ごて実にシンプル。白い車体に水色のラインが入ってて、しかもあの有名なドイツ車のエンブレムが付いてあった。
「ひえー。パキスタンとはえらい違いやな」
「すごいねーベンツのバスやなんて」
「僕は普通車のベンツにも乗ったこと無いのに、こんなとこでベンツに乗れるやなんて思わんかったわ」
「もしかしてバス代、めっちゃ高いんとちゃう?」
「よし聞いてみるわ」
バスの係員にザヘダンまでの運賃を聞いてみるとなんと600リアルやった。
「めっちゃ安いやん」
「えーっと、50円ちょっとかぁ」
「そんなんでベンツのバスに乗れるんやね」
「なんかええ国やなぁ、イランって」
「やっぱり石油が採れるからかな」
「そうちゃう」
と言いながらバスに乗り込む。乗ってからも驚きやった。いちいちパキスタンと比べるのも悪い気がするけど、ほんまにええ座席やった。ふかふかでシート間隔も結構広いし、なんと言うても冷房が効いてる。これで50円はホンマにお得と思た。
暫くして満員になると直ぐにバスは出る。途中の検問でソルジャーによるパスポートのチャックはあったけど、1時間半程てザヘダンのバスターミナルに着いた。
つづく
続きを読んで下さって、ありがとうございました。
衛生面でも格段の違いがありそうです。さぁて、イランではどんな出会いがあるでしょうか?
もしよかったら、またこの続きを読んでやって下さい。
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