16帖 超絶美少女は妹?
今は昔、広く異国のことを知らぬ男、異国の地を旅す
5月20日、月曜日。
今朝の北京は涼しい。いや、寒いと言うた方がええかも知れん。
夜中から急に気温が下がりだして、 昨日までの暑さは嘘のようや。
窓の外は空気が澄み切ってて、遠くまではっきりと眺めることができる。
今まで気づかんかったけど、北京の北には山がある。そんなに高い山やなかったけど、山際は鮮やかや。
うう、ああ、うんっ……あれ?
少し喉が痛い。風邪の引き始めみたいな感じや。
しかし今日は寝てられへん。
パキスタン大使館へビザの申請に行かなあかんから。
それとパキスタンに行く為の列車の切符も調達する必要がある。
上海の様にまたぼったくられたらあかんし、慎重に事を運びたい。
その為に、西直门(西直門)の售票处(切符売場)の偵察にも行こうと考えてる。
パキスタンに行くルートは幾つかある。僕らが考えてるのは、古の旅人も往来した丝绸之路(シルクロード)の天山南路を通ってパキスタン行くルート。
交通機関もあるみたい。そやけど僕は「駱駝で砂漠の縦断」をやりたいと思てる。今回の旅の最大のイベントや。
その為に、日本を出る前、動物園で駱駝の生態を調査してた。ちょっとだけ。
ちょっとだけとは……、実は駱駝には会えていない。駱駝は居らんかった。
幼い頃、京都の動物園に連れて行ってもろた時は確かに居ったんやけど、調査しに行った時はどこ探しても見つからんかった。
おかしいなぁと思て係員に聞いてみたら、去年死んだって言われた。
僕は「どないしょう、やっぱ駱駝で砂漠縦断は無理かなぁ」と考えてたら、よっぽど残念そうに映ったんか当時の飼育員さんを呼んでくれた。一通り特徴や生態については教えてもろた。
まぁ無理やったらしゃーないけど、できるんやったら挑戦してみたい。
このルートの事をもう少し話しときます。中国の西域、アジアの中央に位置する塔克拉玛干沙漠(タクラマカン砂漠)の北側に沿って吐魯番(トルファン)まで行き、砂漠を縦断し、喀什(カシュガル=喀什噶爾)という街へ行く。更にそこから喀喇昆仑山脉(カラコルム山脈)を越えてパキスタンに入る。
唐の時代、玄奘(三蔵法師)が长安(長安=今の西安)から印度に経典を取りに行くために通ったルートとほぼ同じですわ。
三蔵法師が高昌(トルファン市内)に寄ったように、僕らもまず列車でトルファンに向かう。
そやけど、そこまでの列車の切符を手に入れる事は、なかなか大変らしい。
朝ごはんも食べずに、僕は旅館を出た。時刻は9時を回ってた。
空気は涼しかったけど、相変わらず太陽の日差しはきつかった。
遅れて多賀先輩も出てきたんで、二人で地下鉄の駅に向かう。
东直门站(東直門駅)まで地下鉄で行き、そこから歩いてパキスタン大使館へ。
正門には門衛やろか、パキスタンの民族衣装シャルワール・カミーズを着たおじさんが立ってる。そのおじさんにパキスタンのビザが欲しいからどうしたらええか尋ねた。英語が通じる。当たり前か。
そしたら、おじさんは困った顔をして、
「キミたち、来るのが遅いよ。明日10時までに大使館に来て、そこの部屋で待っていなさい」
と言われた。
なんと! 今日の申請時間は終わってしもてたようや。
あと15分早よ来とったら……。
こればっかりはどうしようもないんで、また明日来ることにした。
「まずいなあ」
「でもこれはしゃーないですわ。遅かったんやから」
「一日延びたということはやで、宿泊代や食費も1日分、余計に掛かるっちゅうことやろ」
「せやけど、どうしようもないですよ」
「うーん、そやな。ほなまた明日や」
「もう道は完璧に憶えたし、早起きして行きましょか」
「そやそや、明日は早起きしよ」
声に出して言わんけど、旅館の出発が遅れたんはトイレにこもってた多賀先輩のせいですよ!
「ほんならこれからどうします。切符売場の偵察でも行きますか?」
「そやけど朝飯、食ってへんしなぁ。腹減っってるし朴君の店行こうか」
「もうやってるかな?」
「取り敢えず行ってみよ」
僕らは朴君の店「朝鲜风味餐厅」を目指して歩いた。
15分位で店の前に着いたけど、店は閉まってた。
「何時からやってんねん、この店。今日は休みか?」
「いえ、昨日朴君にまた明日来るでって言うたら、待ってるって言うてましたよ」
「そやったなぁ。ほなまだ開いてへんのか。ここで待っててもしょうがないし、先に西直门の切符売場に行こか」
「ですね」
僕らは地下鉄に乗って西直门站に向う。
駅を出ると、目の前に大勢の人民が居る。その奥に西直门售票处があり、みんな切符を買いに来てるみたいや。まだ午前中やのに溢れんばかりの人で、しかもどこが列なんかもよう分からん。やっぱ切符を買うのは大変やと思た。
並んでる人民らは、手に紙を持ってる。
何の紙やろうと覗いてみると、どうも列車の予約票みたい。
みんな我先にという感じで、その紙を窓口に出してる。
窓口といってもガラスも何にも無いただのカウンターで、その奥の壁には黒板にチョークで列車の空席情報みたいのが書いてある。
見ても何の事か分からんかった。
一応、雰囲気は確認できたんで、また朴君の店に戻ることに。
今度は地下鉄よりも安い路線バスで行くことにした。
路線バスは、エンジンではなく、モーターで走る。
屋根の上のパンタグラフで、架線から電気を供給して走るトロリーバス。
しかも2両編成で、真ん中の連結部分で折れ曲がる。なんと後部車両のタイヤは、一個(一軸)しか無い。トレーラーみたいや。
こんなバス、初めて乗ったわ。
バスは結構混んでて、立ったまま。
車窓から北京の街並みを楽しんだ。
歩いてる人もいたけど、自転車に乗ってる人の方が圧倒的に多い。
通勤時間は終わってるんで、そんなにたくさん居るわけではなかったけど、それでも自転車で移動してる人は多い。
道路脇にある公園では、太極拳をやってる人や鳥かごを飾って話をしてる人たちがたくさんいた。
东四十条の交差点でバスを降り、朴君の店に行く。
店はもう開いてる。
僕は、隣の店の方が気になってたんやけど、まず朴君の店へ行くことにした。
「まった来ったでー」
「こんちはーす!」
「こんにちはー、どうぞ中に入って下さい」
朴君は嬉しそうや。来て良かったわ。
「俺、3本頂だい」
「僕も、取り敢えず3本下さい」
早速シシカバブーを頼んだ。他にお客は居らんかったんで、朴君は焼き終わるとはこっちのテーブルに来て話掛けてきた。
「あなたの名前は何と言いますか?」
「俺は多賀浩二、28歳。中国語で……何やったかな?」
「ドゥォフゥァ・ハオアールでしょ」
「そうそう、ドゥォフゥァ……ハオアールや」
「僕は北野憲太、24歳です。ベイイェ・シィェンタイと言います」
「なかなか中国語、上手ですね。私は朴春穆と言います。20歳です」
「知ってる、昨日聞いたで」
「そうでした、ははは」
食べながら、日本語でいろんなことを話した。
僕らが日本の何処に住んでるかとか、そこはどんな所やとか、いろいろ聞いてきた。京都は知ってるらしい。
僕らは他に日本で知ってる所あるかって聞いたら、広島と長崎やて言うてた。中国でもアメリカが日本に原爆を落としたことを学校で習うらしい。反米の国やからなぁ?
その後も、朴君の質問は止まず、僕らの家族のことや、日本で何をしていたとか、今日本で何が流行ってるとか、いろんなことを聞いてきた。
僕らも朴君のことや、中国では何が流行ってるかとか聞いてみた。
今、中国の若者の間では、密かにロックが流行りかけているらしい。
僕は高校の時バンドをやってたとか、多賀先輩はギターを持って来てるとか言うと羨ましそうやった。
そんな話をしてたら3本とも食べてしもたんで、もう2本追加してと言うと喜んで焼いてくれた。
ほんでまた一本おまけだと言うて、3本ずつ持ってきてくれた。
「朴君、ありがとう。いつもおまけしてくれるけど、お店は大丈夫なんか」
「大丈夫です、どんどん食べて下さい」
「それやったらビールでも飲みながら話しよか」
「そうっすね。朴君、ビールを一本ください」
「わかりました」
朴君は店の奥に向かって朝鮮語で何か言った。
ん? なんで。朴君の店はそんなに広くないし、ってか奥の壁、見えてるし。なんもないのに、誰に言うてるんやろと思てた。
そしたら、なんと!
昨日、隣の店で見た美少女が奥からビールを持って現れたではないか!
何も無いとこから出てきたのもそうやけど、彼女が出てきた事にめっちゃ驚いた。
な、なんでおるん。隣のお店と違たん?
彼女もこっちに気がついたらしく、エッという表情をしてた。
またその驚いた顔が、とても可愛らしかった。
彼女は、朝鮮語で「どうぞ」と言うてビールを置くと、なんか逃げるように奥に消えてった。どうやら奥で、隣のお店と繋がってるみたいや。
僕が不思議そうな顔をして彼女が消えた方を眺めてたら、朴君が更に驚くことを言うた。
「今のは僕の妹です。奥で隣の店と繋がっています」
まじかぁ。あの子、朴君のい・も・う・と?
「妹は隣のお店で、おじさん、おばさんと一緒に働いています」
妹キターーー!
なんかドキドキしてきたぞ。
「そうです。僕は妹が二人いて、年上の妹はお父さんお母さんと一緒に吉林省に住んでいます」
「そしたら北京には朴君とさっきの妹と二人で住んでるの?」
「いえ、おじさんおばさんと従兄弟も一緒に住んでいます」
そっかぁ、そうやなぁ。二人でなんて……。
「なるほどね。良かったなぁ北野。朴君、シシカバブーをもう2本追加してくれるか。今日はいっぱい飲もかぁ」
多賀先輩、何ニヤついてるんですか、もう!
「僕も頼もかな……」
そうや、隣の店と繋がってるんやったら、冷麺頼んだら持って来てくれるんとちゃうやろか?
僕は期待して、朴君に聞いてみた。
「朴君、ここで冷麺頼んでも向こうからもって来てくれるんかなあ」
「はい大丈夫ですよ。隣の店も僕の店です」
でかしたぞ朴君! このお店のオーダーシステム、最高やん。
「俺も冷麺食べよ。朴君俺も冷麺頼むわ。あんま辛くないやつ」
「わかりました」
と、朴君は店の奥に向かって大きな声で冷麺を頼んでくれた。
向こうの方からおばさんの返事が聞こえてきた。
「朴君、さっきのなー、妹さんは何ていう名前なん」
我慢しきれず、聞いてしもた。
「ミョンファと言います」
ミョンファか、可愛い響きやなぁ。
「今年中学校を卒業して、店を手伝っています」
ええっ! ってことは?
「ミョンファちゃんは、今何歳なん」
「えーっと、15歳です。たぶん」
なんと、15歳やと! ほんまか?
「18歳か19歳ぐらいに見えたわ。ははは。少し大人っぽいですね」
「そんなことはないですよ。まだまだ子供ですよ」
「でも可愛い……で、すよね」
あっ、思わず言うてしもた。しかも、実のお兄さんに……。
朴君、怒ってるかな。
恐恐と覗いてみたら――そうでも無かった。
良かった。ほっとした。
「そんなこと無いですよー。可愛く無いよー」
いやいや、めっちゃ可愛いって。と心の中で僕は言うといた。
どうやら奥から冷麺が運ばれて来たみたい。
ミョンファちゃん、キターーーー!
「はい、どうぞ」
えっ、ええ?
見上げたら、な、なんと。持ってきてくれたんは……、おばさんやった。
しまったー! その可能性を考慮してへんかった。最悪にして最大の失態。
憲太、一生の不覚っ! (ズバッ、ドヘーッ)
僕は、自分の知恵の足りなさを痛感してた。
つづく
続きを読んで下さって、ありがとうございました。
あと一歩のところでしたが、「僕」は詰めが甘かったようでした。
もしよかったら、またこの続きを読んでやって下さい。
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また、感想など頂けましたら、大変うれしく思います。
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