156帖 ビザ延長物語・ラワールピンディ編
今は昔、広く異国のことを知らぬ男、異国の地を旅す
日付が変わって、7月11日、木曜日。
Khanpurの駅に停車した時に目が覚める。時計は0時半を回ったところで、足元に置いてた荷物は無事やった。もう乗客以外は乗ってへんし、大丈夫やと思て安心して再び寝てしもた。
次に目が覚めたんは6時にMultanに着いた時やった。勿論荷物は無事やったけど、ここでは乗客の他にやっぱり物貰いも乗り込んできた。一通り小銭を配ったけど、如何にもホームレスっぽいじいさんが僕の横の床に居座ってしもた。
僕は朝の気持ちええ風を感じながら外の風景を見てたら、右足の靴に違和感を感じた。そんで下を見てみたら、そのじいさんが僕の靴をいじってるではないか。
「おっさん、何してるねん」
と言うと、ビクッとしてその手を引いた。そんな事が3回位続いたんで少し声を荒げて日本語で文句を言うたら、そのじいさんは場所を移動していった。これでもう大丈夫やと思て安心してたら、僕はまた寝てしもた。
次の駅に到着した時に目が覚める。外を見ると駅名表示板に「Harappa」と書いてある。
「ああっ! 多賀先輩、ハラッパーですよ」
「うん、原っぱ」
「いや、確かに見えるんは『原っぱ』ですけど、違いますやん」
「なんやぁ」
「ハラッパーですやん」
「ええ? ハラッパーってなんや」
「あれ、世界史の授業で習いませんでした」
「うーん……」
「あれですやん」
「そやしなんや?」
あれ! 何やったけ?
確かに世界史の授業で習ろて、テストの解答用紙に書いたんまで憶えてるけど、いったい何やったかな……。
「えーっと……、あっそうや! インダス文明の遺跡やったんとちゃいますかね。有名なモヘンジョ・ダロと一緒ですやん」
「ああ……。知らんわ」
知らんのかいな。
そやけど何処に遺跡があるんやろうと座席から立って窓の外を探したのに、見えるんはやっぱり「原っぱ」だけやったわ。
そん時や。なんか右足の靴がスカスカするなぁと思て下を見ると、なんと僕の軽登山靴の靴紐が解かれて無くなってるではないか!
「しもた! やられたぁー」
「どないしたんや」
「さっきここに座っとったホームレスのじいさんに靴紐を取られましたわ」
「ほんまかぁー」
「ほら見て下さいよー」
「あははは、ほんまやー」
「さっきまで僕の靴を触ってたから怒ったんですよ。ほんで、僕が寝てる間に……。くそー」
「ははは、やられたな」
今更やけど、車内を見渡してもあのじいさんの姿は無かった。
やられたと悔しがっててもしゃぁないんで、僕はリュックから切れた時の為に予備で持ってきた靴紐を出して括りなおした。
ほんまに! しんどいなぁ。
予備の靴紐は赤色。左に元々付いてる靴紐は茶色で、これで左右色違いになってしもたけど、これはこれで聞かれた時にこの取られたエピソードを話したら受けるんちゃうやろかと思て、左はそのままにしといた。
ハラッパーを出てからは次第に気温が上がり、それと共に不快度もどんどん上がってくる。お昼にLahoreに着いた時は、僕も多賀先輩も睡眠不足と疲労と暑さで食欲が無かったし、もう少しでRawalpindiに着くさかいにそれまで食事は我慢することにした。
ところがそれからが大変やった。ローイーからラホールまでは複線やったのにラホール・ラワールピンディ間は単線なんで、交換駅で停車することが多かった。結局、ラワールピンディに着いたんは夕方の6時半を回ってた。
2週間ぶりのラワールピンディ。もう薄暗くなってたけど、なんとなく懐かしい気がする。
「ああー腹減ったなぁー」
「僕は早よ寝たいですわ」
「取り敢えずホテルへ行こか」
「そうですね。山中くんお薦めの『Cantonment View Inn』へ行きましょう。駅からも近いですし」
教えられた通りに行ってみると簡単に見つかり、空き部屋も有り格安の25ルピーで宿を確保出来た。
荷物を部屋に置いてから最後の力を振り絞ってホテル前のレストランに行き、とにかくカレーを胃に流し込んだ。
1日ぶりにお腹が膨れてくると、ラワールピンディに着いたと言う安心感もあって余裕が出てくる。明日行くFRO(外国人登録事務所)の場所も地図で確認できたんで、今日は明日に備えて早目に寝ることにした。
7月12日、金曜日。
早起きをしてホテルで簡単に朝食を済ませる。今日を逃すと土日は官公庁が休みになるし、慎重に事を進めるために8時半にはホテルを出る。
FROまでは2キロ位しかないし、地図と睨めっこをしながら歩いた。朝やのにラワールピンディは殊の外暑く、しかもジメジメしてた。
汗をダラダラ流しながら20分ほど歩いて地図上のFROの場所に来てみた。そやけどそこはただの空き地で、それらしき建物は無い。
「おかしいなぁ。一本通りを間違えたんやろか」
「そうちゃう。一つ戻ってみるか」
「はい」
暑い中、今来た通りを戻って一つ手前の区画に入ってみたけど、そこにもFROは無かった。ほんならって事で、しらみ潰しに各区画を探してみたけど、なんぼ探してもそれらしきもんはやっぱり無かった。かれこれ1時間以上探してる。
「やっぱりありませんね」
「ほんまにあるんか」
「もしかしたら移転したとか?」
「それも可能性あるで」
「ほんなら誰かに聞いてみますわ。ちょっとその前に休憩しましょ」
「そやな」
僕らは歩道脇の石段に座る。もう一回地図を見直して、何処で間違ごたか検証してみた。でも何回見てみても間違えは見つからへん。
するとそこへ、パキスタン人にしては珍しくスラックスに白いカッターシャツを着たビジネスマン風のおじさんが座ってる僕らに声を掛けてくれた。
「どうしましたか。何か私に手助けは出来ますか?」
「すいません、Foreigner Registration Officeに行きたいのですが、道が分からなくなりました」
「おお、それは大変ですね」
「これが地図です」
おじさんは地図じっと眺め、実際の建物と地図を比べてる。
「わかりました。地図のこの通りは実際はありません」
「ええっ?」
「だから、この角を右に曲がって真っ直ぐ行けはこの区画に行けるはずです」
「そうなんや」
「これ、ページの関係で省略されてるんとちゃうか」
「ああ、なるほど。それなら納得できるわ」
「大丈夫かい?」
「はい、行けそうです。どうもありがとうございました」
「よい旅を!」
僕らは一区画戻っておじさんの指示通りに歩いてみるた。すると見事にFROにたどり着くことができた。
クエッタのFROと違ごて大きくて立派な建物で、ここならビザの延長を扱ってそうな感じやった。
ところが……、一難去ってまた一難。
窓口でビザの延長をお願いしてみると係官の返事は、
「ここではできません。すいませんが、IslamabadのMinistry of Interiorに行って下さい」
やった……。
呆れ返るのを通り越して、僕らはお互いの顔を見てヘラヘラと笑ろてしもた。
遥々クエッタからやって来て、まさしくRPGの様相を呈してきた。
つづく
続きを読んで下さって、ありがとうございました。
どの情報が本当なのか信じられないまま、時間だけが過ぎて行きました。
もしよかったら、またこの続きを読んでやって下さい。
誤字・脱字等ありましたら、お知らせ頂けると幸いです。
また、感想や評価など頂けましたら、大変うれしく思います。
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