150帖 異世界バザール
今は昔、広く異国のことを知らぬ男、異国の地を旅す
7月7日の日曜日の昼前。完全復活した僕は、みんなと一緒に日曜バザールに出かける。日差しはきつかったけど、乾燥してるのと標高が高いのんかそんなに暑くは感じへん。
クエッタに来て初めてホテルから出る僕は、中山くんが言う、
「クエッタのバザールの雰囲気は、他とは違いますよ」
と言う言葉にかなり期待してた。
「他とどうちゃうの?」
「まぁ見てくださいよ。まず人が違いますから」
「人が違う? 怪しいとか」
「あはは、まぁそんなとこです」
「それやったら怖いなぁ」
「でも面白いですよ。雰囲気を楽しんでください」
「わ、わかった」
ホテルの前のメインストリート、Jinnah Roadを北に進み、Iqbal Roadとの交差点を右に曲がると、なんとそこは別世界やった。
「おお、なんやこの光景は!!」
人の数も多いけど、いろんな服に被り物、いろんな顔立ちの人達でバザールは溢れかえった。それになんと言っても肉を焼いた煙や様々な香辛料の匂いも立ち込めてるんが怪しい雰囲気を醸し出し、ここだけ異世界の様で僕はめっちゃワクワクしてきた。
「ははは。ここが通称Kandahariバザールと言うところです」
「めっちゃ怪しいやん」
「でしょう」
「あれ、ターバン巻いてる人居るけど、インド人やないな」
「ああ、Balochi族やったかな。このBalochistan州に住んでる民族です。地元民ですね」
「へー、ジモティーかぁ。アラビアっぽいなぁ」
「ですよね。それで、あそこの店で働いてるのがPashtun人でしょう」
「パシュトゥーン人? アフガニスタン人に似てるなぁ」
「そうですね。一緒です。多分」
「何々? パシュトゥーン人とアフガニスタン人が一緒やて」
「ええ」
「よう判らんなぁ」
「僕も良くは判らないけど、ここは本当のアフガニスタン人も居ますから見分けはつきません」
「アフガニスタン人ってことは、難民かぁ」
「ええ。あっ、ほら……。さっきのバローチ族の人とは目の色が違うでしょう」
「どれ……。あっ、ほんまや。緑色みたいなちょっと青い目やな」
あんまりジロジロ見てたさかいにパシュトゥーン人のおっちゃんと目が会うてしもた。
「あなたヤポン?」
おおっ! 今まで日本の事は「ヤパン」って言われてたのに、ここでは「ヤポン」かぁ。
「そう、日本人やで。おっちゃんは?」
「私、パシュトゥーンね。あなた、この靴を買いませんか。めちゃくちゃ安いよ」
ゴムで出来てるサンダルを見せてきた。サイズも色も豊富にある。
「この靴があるしええわ」
僕は軽登山靴を指差して見せた。
「ああ、それダメだよ。重くて、暑いね。これ、軽くて涼しいよ」
「なんぼなん?」
「これ、5ルピーね」
「安いなぁ」
「でもこれ、すぐ壊れるね。こっちがいいよ。これ10ルピーね」
「それ、僕も履いてますよ」
中山くんのサンダルと同じで結構丈夫そうやったけど、やっぱりサンダルはちょっと……。
「欲しくなったら買いに来ます」
「分かった。また来るね」
パシュトゥーン人のおっちゃんから逃れて先を進むと、女の子の3人組とすれ違ごたし、まじまじと見てしもた。先頭を前を向いて堂々と歩いてる子は、白い肌に紫の瞳でめっちゃ綺麗やった。まだ若いけど鋭い眼つきが大人の女性の雰囲気を醸し出してて、一言で言うなら「妖艶」かな。久しぶりに女性を近くで見たんでドキッとしてしもた。
「へへー、北野さん」
「うん?」
「今、女の子を見てましたね」
「あっ、バレた」
「口が空いてましたよ」
「あはは。そやけど、めっちゃ綺麗やったやん」
「そうですね。あの娘は多分バローチ系かなぁ」
「へー、バローチの男はええなぁ。あんな可愛いこと付き合えるんやろ」
「まぁねー。いいですよねー」
「みんな男はイケメン、女はベッピン。僕ら東洋人は相手してもらえへんやろな」
「ですよねー」
先に進んでた多賀先輩と南郷くんは、普通のインド系のパキスタン人の店で肉の塊を食べてる。
「何食ってるんですか」
「なんか見てたらめっちゃうまそうやったし」
骨付きの羊肉に齧りついてた。
「なんぼですのん?」
「3ルピー」
「うーん、うまそうやな」
「それなら、あっちのバローチ族のカバブーを食べませんか」
「おお、ええやんかぁ」
僕と中山くんは向かいの店の肉を食べることにした。肉の塊を鉄の棒に巻き付けてグリルみたいに焼き、焼けたとこからナイフで削ぎ落とした「焼豚」の羊肉版みたいなもん、かな? 2ルピーで皿に3,4枚載せてくれた。
「これは何という名前なん」
「名前?」
「そう名前」
「……、ケバブだ」
ああ、基本的にカバブーと同じなんや。でも食べてみてびっくり。じっくり炭火で焼いたこのケバブは、香辛料こそ効いてるけど肉汁が甘くジューシーでめっちゃ美味かった。
これで食欲に勢いが付いた僕らはいろんな店のもんを食べ歩き、声を掛けてくる店では冷やかしたりと、異世界の様なクエッタのバザールを楽しんだ。
バザールの最後の締めは、クエッタの特産らしい切り売りのメロンを食べてから、3時過ぎにホテルへ戻った。
「そしたらまた6時にレストランで」
と、夕食の約束をして各々の部屋に戻ろうとした時に、中庭の反対側の部屋の前のベンチに座ったみすぼらしい格好の日本人らしき人がこっちを見てた。
僕は目が会うてしもたし軽く会釈をしたら、ニコッと笑顔を作って僕に手を振ってきた。
つづく
続きを読んで下さって、ありがとうございました。
西へ西へと都市を移動すると、バザールの雰囲気もよりペルシャ風になっていきます。
もしよかったら、またこの続きを読んでやって下さい。
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今後とも、よろしくお願いします。