15帖 羊肉串屋の朴くん
今は昔、広く異国のことを知らぬ男、異国の地を旅す
北京の昼間はかなり暑い。
僕らはきつい日差しの中、4時間も彷徨ってた。
疲れてきたんで、「国名しりとり」をしながら大使館街を歩くことに。
日曜日ということもあってか人通りは少ない。いや、歩いてるのは僕らだけや。
暫く行くと工人体育场北路に出た。
そこから西に向かって行くと地下鉄の駅に着く。
暫く行くと焼肉のええ匂いがしてきたかと思うと、多賀先輩は突然走り出す。
そして「朝鲜风味餐厅」という店の壁をタッチした。やられた!
ここが「しりとり」のゴールという事で、結果は僕が負け。
つまりここでの食事は僕が奢らなあかんということですわ。
まぁ、しゃーない。
「よし俺の勝ちやな」
「分かりましたわ。昼飯代、出しますわぁ」
中を見てると朝鮮料理の店。まぁ、看板に「朝鮮風味」って書いたったしな。朝鮮料理は結構好きな方やし、それはそれで嬉しかった。
「冷麺でも食べましょうか」
「そうやな、暑いしちょうどええんちゃうか」
テーブルの椅子に座り、壁のお品書きを見た。
『冷面 三元』
「3元は安いなあ。もうちょっと奢ってもらわなあかんなー」
「とりあえず冷麺食べましょや」
「わかった。注文しょっか」
「頼むんはええんやけど、ここは中国語ですかね朝鮮語ですかね。何語で頼んだらええんやろ?」
「そら朝鮮料理やし、朝鮮語ちゃうか」
「でもメニューは中国で書いたりますよ」
「もう、どっちでもええがな」
まぁそやな。でも朝鮮語は全く分からんので、中国語で冷麺を二つ頼んだ。
しばらくすると銀色の器に入った真っ赤な冷麺が出てくる。
暑かったんで冷たくて美味しい。
ところが食べてるとだんだん辛くなってきて、しまいには我慢できひんぐらい辛く感じた。
辛いけど、なんか美味しい。それと汗が止まらんわ。
「これが本場朝鮮の味か? やるなぁ朝鮮」
「何言うてるんですか。ここは中国ですよ」
「せやな。そやけど、あっちのおっちゃんら朝鮮語で喋ってるぞ」
「ほんまですね。この辺には朝鮮人区でもあるんやろか」
確か朝鮮民族の中国人は居るはず。高校の時に習った。
「北野、もうあかんわ。我慢できひん。水も貰ろてきて」
「わかりました」
奥の厨房の方へ行く。
「すんません」
奥から女の子が出てきた。
おお、おっ…………。
思わず絶句した。
暑さと辛さで身体から滲み出てた汗が、一瞬で引いた様な気がした。
それぐらい爽やかにさせてくれる風を、その女の子から感じる。
目の前に立っている女の子は、年の頃は18か19。体型は少し細身で、身長150センチぐらい。長めの黒髪はサラサラしてて、丸顔で目はぱっちり。まつ毛は結構長そうや。
なんといっても目鼻立ちが揃ってて、色白で……、めっちゃ可愛かった。
ジロジロ見てたんやろか? 黙って立ち尽くす僕に、首を傾げ少し上目使いに、
「何ですか?」
と中国語で聞いてきた。
透き通るような声。ただ顔は淡々としてて、またそれがクールで可愛く感じてしまう。営業スマイルならそんなことは思わんかったけど、素の感じが僕の頭を空っぽにさせた。
僕は「水をください」と言う中国語を忘れてしもた。
ど、どないしよ。なんて言うんやったかな……。
もう、ええわ。
「ウォ、ウォーター プリーズ」
英語で言うた。
それでも通じたのか、その女の子はさっと奥に入って行く。
その時のはためく髪の様子が、僕にはスローモーションの様に見えた。
ドキドキして待つ。
暫くすると水を持って来てくれた。相変わらず顔は淡々としてたが、一瞬目が合う。
ドキっとして、目を逸らしてしまう。
谢谢と言うて席に持っていった。
「……多賀先輩。めっちゃ可愛い子、居ました」
「どれどれ。あの子か、まあまあ可愛いなあ。でも俺の好みじゃないわ」
「そうですか。近くで見たらびっくりするぐらい可愛いいっすよ。思わず中国語、忘れてしまいましたわ」
いやーほんまにびっくりした。こんな可愛い子がいるんやなー。アニメから出てきたみたいや。
残った冷麺を食べ、水を飲んで店を出た。
何度か振り返ったけど、残念ながらあの子は出てこんかった。
「北野ー、もうちょっと食べたいなー」
まだ奢れってか……。
「ほな隣の店、行きますか」
「何売ってるんや」
「羊の肉の串って書いてますよ」
「シシカバブーのことか」
「いや、それはわかりませんけど、食べてみます?」
「よっしゃ食べよ。これも昼飯やから北野の奢りやぞ」
「やっぱし。ほんならこれで終わりですよ」
隣の店に入った。
メガネをかけて少しぽっちゃりしたアニオタみたいなイメージの兄ちゃんがシシカバブーを焼いてる。
2本頂だいと中国語で言うた。
羊の肉を食べるんは初めてやけど、その匂いはたまらんわ。めっちゃうまそう。
1本2元、4本分の8元を払う。
兄ちゃんがそこに座って食べてと、テーブルを指差した。
「北野、めっちゃうまいやん」
「ほんまですね。羊の肉を食べたんは初めてなんすけど、スパイスが効いててむっちゃうまいっすね。ビールが欲しなりますわ」
「俺、あと2本食うわ」
「それは自分で払ろて下さいね。僕も追加しよかな」
と多賀先輩と喋っていたら、兄ちゃんがこっちにやって来る。
「あなたたちは日本人ですか」
なんと! 上手な日本語で喋りかけてきた。焼肉屋の兄ちゃんが何で日本語を話せるんやろう? 一瞬、あの陳の事を思い出してしもた。
今度は朝鮮マフィアかぁ?
「日本人ですよ」
「そうですか、私は少し日本語が話せます」
「いやいや、少しどころか日本語上手ですよ」
「ありがとうございます」
「兄ちゃん、あと2本ちょうだい」
「僕も2本ください」
「わかりました。ありがとうございます」
なんかうれしそうに焼き始めてる。
しばらくして焼けた肉を持ってきてくれた。
注文したのが2本づつやのに、皿には3本ずつ載ってる。
あれ一本多い、みたいな顔してたら、兄ちゃんは、
「1本はおまけです。食べてください」
と言うてニコニコしてる。
なかなか気前のええ兄ちゃんや。
他の客が帰って暇になったんか、僕らのとこに座ってきた。
「日本から来たんですか」
「そうやで。昨日北京に着いてん」
「そやけど、なんでそんなに日本語が上手なん?」
「僕のおじいさんは日本語が上手です。おじいさんは吉林省に住んでいます。昔、日本人から日本語を習ったそうです。僕は、おじいさんに日本語を教えてもらいました」
中国には、北朝鮮との国境付近に朝鮮族が住んでる、と授業で習ったことを思い出した。
昔、朝鮮半島や満州を日本が占領してた時期があった。その関係でおじいさんは日本語が話せるんやと思た。
なるほど、世界史で習った事を実体験してるみたいや。
因みに、兄ちゃんはひらがなやったら読めるらしい。中国やねんし、漢字読めなあかんやろうと思た。
日本が占領してた事が、何十年かたって今、僕らと兄ちゃんを結びつけてる。
なんか歴史ってすごいやん! と思う。
「ほんまに美味しい。シシカバブー、美味いわぁ。なぁ北野」
多賀先輩は、歴史よりシシカバブーかいな。
僕は兄ちゃんの話に夢中やったんで、適当に頷く。でも美味しいっていうのは僕も同じや。ほんまに美味しかった。
その後も、兄ちゃんは日本語で色々話してくれた。
名前は、 朴春穆。吉林省出身の朝鮮族の中国人。20歳。
お父さんが北京でこの店を開いた。今は長男の朴くんがこの店を任されてる。
お父さんは、おじいさんの店を継ぐために実家の吉林省に帰ったそうや。
「ごちそうさま、おいしかったわ」
「ありがとうございます」
「ほな、帰りますわ」
「また来て下さい」
日本語、ほんまに上手やね。
僕は、ビザの申請のついでに明日も食べに来ようと思た。
「明日もまた食べに来ます」
「明日も来てくれるんですか。嬉しいです。待っています」
朴くんは、笑顔で見送ってくれた。
「美味かったですね」
「せやなー、明日も行こか」
「そうですね。またあの女の子に会えるかな?」
「お前、気に入ってるなぁ」
「いやー、あんな可愛い子は滅多にいわしぇんでー」
ジュル。思わず噛んでしもて、ヨダレが溢れた。
地下鉄に乗り、旅館まで戻ってきた。
うろうろしてたんで、旅館に着いたんは6時を回ってた。
溜まってる洗濯物を洗って、シャワーを浴びる。今日はお湯やったわ。
晩御飯は、旅館の近くに出てた屋台で汤面(湯麺)を食べる。
昼に食べた冷麺やシシカバブーの印象が強烈やったんで、タンメンは美味しいとは感じん。ただ辛いだけやった。
今日もいっぱい歩いたんで、早く寝ることにした。
部屋の窓を開けてたけど、風は吹いてない。
北京は夜になっても、やっぱり暑い。
空を見上げたけど、曇ってるんか星は全く見えんかった。
またあの子に会えへんかなぁと思いながら、ニヤニヤしながら寝る。
つづく
続きを読んで下さって、ありがとうございました。
次回は、あの美少女と再会します。
もしよかったら、またこの続きを読んでやって下さい。
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また、感想など頂けましたら、大変うれしく思います。
今後とも、よろしくお願いします。