13帖 あゝ水餃子
今は昔、広く異国のことを知らぬ男、異国の地を旅す
北京の街は、どこか埃っぽいのに空気は湿ってて暑い。
ましてや人生で初めて訪れた言葉も通じない異国の地。
暗闇と宿無しになるかも知れんと言う恐怖と戦いながら、総重量25kgの荷物を担ぎ、1時間以上歩けば誰かてしんどなるわ――。
僕は、疲れて果てて寝てた。
コン、コン!
ドアのノック音で目が醒める。
おじさん達が、酒を飲んできたんか上機嫌で入ってくる。もう少し寝たかったなぁ。
「君たちはもう晩御飯は食べたのか?」
「いえ、まだです」
「じゃあ連れて行ってあげるから、食べに行こう」
と、半ば無理やりに連れ出された。いやいや、晩御飯のお世話までして頂いて、そんな言い方は失礼や。けど、もうちょっとゆっくりしたかったのも本音。
食堂に着くとおじさんは、あれやこれやと注文してる。
あれ、おじさん達は晩飯食べたんとちゃうのか?
「さあさあ、ここへ座って」
「あっ、どうも」
もう一人のおじさんが、ビールを持ってきてくれた。
何がどうなるんやろと見てると、料理がどんどん運ばれてきた。
干し肉と野菜炒めと、それにこれまで食べたいと思いながら口にできひんかった憧れの水餃子が、それも大盛りで目の前にドンと置かれた。
「さあどんどん食べなさい。私たちはもう夕食は済ませたから部屋へ帰りますが、ごゆっくりどうぞ」
と言うておじさん達は部屋に帰って行く。
えっ、これを食べろちゅうことか。
「なんや見たこと無い肉料理ですわ」
「そやな。これは豪華や。そやけどまずは乾杯や」
やっと普通の中華料理にありつける。
給仕のおばちゃんがコップを持ってきてくれたついでに、この料理は全部でなんぼするんか聞いてみる。
「お金はさっきの二人が払ってくれたからいいよ」
と言うてたと思う。
まさか食事代まで出してもらうなんて、なんとお礼を言ったらええんか分からん。
まぁ取り敢えず乾杯や。この旅館に来て、まだ何も飲んでへんかったわ。
コップにビールを注いで、今まで無事に来れたこと、それとおじさん達への感謝の気持ちを込めて二人で乾杯した。
ビール自体は日本のビールと違ってあまり美味しとは思わんかったけど、疲れたきった体には最高の一杯や。
ぷはー!
「五臓六腑に染み渡るとはこういう事かぁ」
「うーん聞き飽きた台詞ですが、分かりますその気持。生き返りますよねー」
「よし、飯の方も頂こか」
「そうやけど、めっちゃ量多いんとちゃいます?」
「そやなー、二人分にしては結構な量あるなぁ」
「残したら申し訳ないし、頑張って食べましょか」
あれほど食べたかった水餃子が、今、目の前に大量にある。
僕はたまらず水餃子から食べ始めた。
もっちりとした食感、中からじゅわっと出てくる肉汁。めちゃくちゃうまかった。次から次へと食べた。
やのに、どうした水餃子。いや、水餃子やない。僕のお腹や!
7つほど食べたら、お腹がいっぱいになってしもた。
もっと食べたかったけど、お腹に入っていかへん。
疲れすぎてて、胃が受け付けへんかった。
食べたい気持ちはあんねんけど、なんと言う仕打ち。
食べたい時に、食べられへんなんて……あまりにも残酷すぎる!
あぁ水餃子、もっと食べたい――。
しゃぁない、気分転換に干し肉でも。これもめっちゃうまいやん。でも、もう喰われへんわ。ほんまに苦しなってきた。
多賀先輩はというと、黙々と食べてた。が、ついに限界が来たようで、箸が止まりかかってる。
「なんで食べられへんのやろ。くやしいなぁ」
「ですね、僕はもう食べられへんかも」
お皿の上にはまだ半分以上残ってる。
少し休憩や。
それで明日の打ち合わせをすることに。
そやけど、お腹がいっぱい過ぎてなんも考えられへん。
それに、ビールはコップ二杯しか飲んでへんのに、もう酔いがまわってきた。
二人とも黙ったままやった。ほんまに疲れ過ぎとるわ。
早く部屋に戻って横になりたくなってきた。でも、残すのはもったいない。
仕方なく、水餃子を食べられるだけ詰め込んだ。悔いのないように。
でももう限界やわ。吐きそう。
「どうします、もう無理ですわ」
「俺も無理やわ」
「そやけど奢ってもらったのに残したら申し訳ないですやん」
「せやなー、そしたら……なるべく食べたように見せかけよか。残ったもんは皿の端っこの方に……集めといたらええやろ」
「それやったら少ししか残ってへんように見えますね」
いかにもたくさん食べたということを演出する為に、皿の上を整理した。
食べ始めてまだ30分しか経ってないけど、諦めて「ごちそうさま」をしてしもた。
給仕のおばちゃんに「ありがとう」と言うて、食堂を後にする。
お腹が苦しかったんで、外で少し涼んでから戻ることにした。
そやけど外の方が暑かったんで、すぐに戻ることに。
まず、おじさん達に夕食のお礼を言いに行って、そして自分らの部屋に入ってすぐに横になる。
「あー苦しい」
「俺も苦しいわ。中国でこんなに食べたの初めてやな」
「いやーほんまはもっと食べたかったなー」
「そやけど、あれはいったいなんぼしたんやろか」
「また金の話ですか」
するとドアをノックする音がして、おじさん達がビールとつまみを持って入って来た。
「お腹いっぱいになったか」
「はい、お腹が苦しくなるほど食べました」
「おお、それは良かった」
みんなでビールを飲みながら、筆談で話をすることに。お腹は苦しい。
おじさん達は黑龙江省(黒竜江省)にある機械工場の偉い人で、北京に出張で来たらしい。
メガネをかけた背の高いおじさんは超さんと言い、もう一人の小さい方のおじさんは姜さんと言うた。
まあ初めはやっぱり日本の事を色々質問された。もちろん結婚はしてるのかとかも。
たまたま多賀先輩は機械関係の企業で働いてたんで、おじさん達はめっちゃ興奮した様子で会話が大いに盛り上がってた。
そのうち僕は眠たなって、ウトウトしてた。
多賀先輩の声で目が醒める。いつの間にか超さんと姜さんは帰ってた。
「おい北野、シャワーでも浴びたら。気持ちええで」
「そうですか。ほんならひとっ風呂浴びて、ほんまに寝よ」
裸になって、シャワー室に入った。ところがシャワーからは水しか出ぇへん。
「多賀先輩。お湯、出ぇへんのですけど、どないしたらええんですか?」
「俺もいろいろ試したけどな……、お湯は出んかったわ」
やられた! 嵌められたわ。あんな優しい声を掛けたんは、罠やったんや。油断しとったわ。
まぁそれ以上言うても面倒臭かったんで、我慢してそのまま水シャワーを浴びる。
シャワー室から出てきて、負け惜しみで言い放った。
「暑い日は水シャワーの方が気持ちええですね。酔も覚めましたわ」
多賀先輩は、クスクス笑っとった。
くそーー。
頭を拭いて着替えてると、またおじさん達が来た。何かなーと思ってたら、
「明日の朝、食べなさい」
と朝食のパンを買うて持ってきてくれた。
本当に優しいおじさん達や。多賀先輩も見習って欲しいわ。
感謝の気持ちを込めて日本語で「おやすみなさい」と言うて別れた。
ベッドに横たわり、今日の出来事をメモ帳に記録する。
今日、電車で出会ったおじさん達のこと。そして宿や飯のお世話をしてくれたおじさん達のこと。
ほんまに中国の人は人情味があると思う。
今日一日、なんとか終えられたんも、たくさんの人民のお陰や。
「多賀先輩」
「うん?」
「ええ人に出会えてよかったっすねー」
「せやなぁ。今日はほんまに助けてもろたな」
「うんうん」
「まぁ、上海の陳は最悪やったけどな」
やっぱ言うか。
陳は、ほんま最悪やったけど。でも考えように拠っては、キーマンやったと思う。
公安のおっちゃんや張君にも会えたし、今日出会ったおじさん達にも繋がった訳やから。
まぁええ様に考えとこーと思うようになってきた。
そんなことを考えてたら、いつの間にか寝てしもてた。
ペンもメモ帳もそのままで。
つづく
続きを読んで下さって、ありがとうございました。
取り留めの無い話でした。すいません。
明日も色々な出会いが「僕ら」を待っています。
もしよかったら、またこの続きを読んでやって下さい。
誤字・脱字等ありましたら、お知らせ頂けると幸いです。
また、感想など頂けましたら、大変うれしく思います。
今後とも、よろしくお願いします。