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広く異国のことを知らぬ男  作者: すみ こうぴ
【パキスタン】ギルキット
125/296

125帖 道場

 今は昔、広く異国(ことくに)のことを知らぬ男、異国の地を旅す

 休憩から更に1時間でGilgit(ギルギット)のバスターミナルに着く。パキスタンに来て初めての大きな街。ここも基本的にはオアシスやけど、フンザ川とギルギット川の合流地点で結構広い平地があって、飛行場もある。

 街はたくさんの人々で賑わってて、ロバ車や馬車、軽トラなども結構走ってる。


 この軽トラがちょっと変わってた。日本の長距離トラックみたいに、電飾などで綺麗に飾り付けがされてる。電気で光ってる訳ではないんでただの飾りやと思うけど、それでも賑やかな装飾や。それに何故か「SUZUKI」というエンブレムばっかり。


 そんな軽トラの間をすり抜け、僕らは「Medina(マディーナ) Caff(カフェ)」と言うレストランに入った。中国で会うた日本人がみんな、「ギルギットの宿はマディーナカフェがいい」と言うてたからや。


 レストランは昼を過ぎてた事もあって客は僕らだけやった。まずは腹ごしらえ。僕はチキンカレーを、多賀先輩はビーフカレーを注文した。

 カレーはやっぱり辛かったけど、今まで食べたカレーよりは耐えられた。食べ終わった後、レジでお金を払いながら宿泊について尋ねる。


「ホテルに泊まりたいんやけど」

「OK。分かりました。今から案内します。ついてきて下さい」


 レジの兄ちゃんの後を追って街を歩く。

 北部パキスタンの第一の街だけあっていろんなお店があった。流石、カラコルム登山やトレッキングの基地、アウトドア用品の店もある。

 街を歩いてるのはやっぱり男性が多い。たまに女性も見るけどドゥバッタ(大きな布)を頭から腰にかけて巻いているおばさんばかり。


「若い姉ちゃんはいいひんなぁ。おばはんばっかりやんけ」


 と、ため息混じりの多賀先輩。


 その中でも気が付いた事は、カリマバードなどのフンザに住んでる人に比べて、ギルギットの街の人たちは髪の毛も目も真っ黒。フンザとはまた民族が違うような気がしてた。

 

 10分程歩き、街外れにある住宅街の手前の静かな所にホテルはあった。平屋建て木造のホテルは、ボロいけど清潔そう。

 ロビーのソファーには日本人が2人、座って漫画を読んでた。


「こんにちは」

「あっ、こんちわっす」

「ここのホテルいいですか」

「まぁまぁかな。結構安い方だし、安全ですよ」

「そうですか。ありがとうございます」


 日本人がそう言うんやったここでええかなと思た。


「これが部屋だ」


 と紹介されたんは4人部屋。欧米人2人と相部屋やけど、今は外出中らしい。


「なんぼですか」

「12ルピーだ。ここでいいか?」

「多賀先輩っ」

「ああ、ええよ」

「じゃーここでお願いします」

「OK、それじゃー手続きをするから、荷物を置いたら鍵を持ってカフェへ来て下さい」


 なんとまたカフェへ戻らなあかんのかい。


「ほんならついでに街を見て周ろか」

「了解です」


 カメラを持って部屋を出ると、ソファーの二人が話し掛けてきた。


「どこか行くんですか」

「手続をしたらぶらついてきますわ」

「そしたら僕らも一緒に行っていいですか?」

「構へんですよね」

「ああ、ええで」


 僕らは4人でマディーナカフェへ向った。


 お互いに自己紹介をしながら歩いた。

 この2人は東京の大学2回生。やっぱり休学してアジアを旅してるらしい。中国の人民帽を被り黒縁のメガネを掛けた丸顔の大中くん、痩せてるけど肉付きの良さそうな篠原くん。二人は同じ大学の同級生で同じクラブに所属してる。


「へー、何のクラブなん?」

「えーっと、知ってますかねー。拳法部です」

「えっ! 知ってる。僕も習ろてたで」

「ほんとですか」

「まさかパキスタンで拳士に会えるとはなぁ」

「何段ですか?」

「僕は初段ですが、篠原はまだ1級なんですよー」

「まぁええやん。僕も初段ですけど、もう8年程道場に行ってませんわ」

「いいじゃないですか黒帯だし」

「そうだ、このギルギットに空手の道場があるんですよ。ここで知り合ったパキスタン人がそこで習ってるから、明日の朝にその道場に来いと誘われてるんですよ。一緒に行きませんか」

「へーそんなんあるんや。多賀先輩。行ってもいいですか?」

「ええんちゃう。俺はぶらぶらしとくし」

「ありがとうございます」


 僕らは意気投合し、宿泊手続きをした後は大中くんと篠原くんの案内で一緒に街を散策した。


「いい所があるのでついて来て下さい」


 と、少し広い空き地に連れて行かれる。そこで南の方を見ると、凄い山が……。


「あっ!」

Nanga(ナンガ) Parbat(パルバット)ですよ」

「おお、ほんまや。すげー」

「えーと高さは、どんだけやったかな……」

「八千百二十五メートル。世界第9位なんや。めっちゃ格好ええがなぁ」

「ほんまやな。あれ八千メートル級の単独峰やから、登るん大変そうやん」

「流石、ワンゲル部ですね」

「こんなとこから見れるんや。これは写真撮っとこ」


 初めて目の当たりにした八千メートル級の山、ナンガパルバット。やっぱり八千越えると風格が違う。それに多賀先輩も言うてた通り単独峰やから、余計に高く見える。別に食べもんでもないのに、僕は涎が出てしもてた。


 その後も街をぶらついて、晩飯も一緒に食べてホテルに戻った。

 このホテルは、格安やのに温水のシャワーがでる。昨日浴びたから別に入らんでもええねんけど、温水と言うことで何となく浴びてしもた。温かいシャワーもやっぱり気持ち良かったわ。



6月23日、日曜日。


 ギルギットの街の中心を外れ、ギルギット川に掛かる橋を渡って閑静な住宅街の中を歩いて行くと、その中心に空手の道場はあった。


「頼もう!」

「大中くん、それって道場破りやん」

「ああ、つい気合が入ってしまって」

「言いたくなるよねー」

「普通に入ろや」

「ですよねー」


 そーっと扉を開けると、中から気合の入った掛け声が聞こえてきた。


「アッサームアライクン」


 大中くんが挨拶すると、知り合いのパキスタン人と師範の様な人が寄ってきた。


「アッサームアライクン」

「もうすぐ、練習が終わるからこちらで見ておいて下さい」


 僕らは道場の後ろのベンチに案内され、座って稽古を見学することにした。前の壁には「極」と言う漢字が掲げられてる。練習生は6人。師範の掛け声で、突きと蹴りの練習をしてる。掛け声は日本語やった。


 その後、防具を付けて、試合形式の練習が行われた。1分の短い試合やったけどみんな真剣や。動きもそれなりに格好が付いてる。中には初心者も居るみたいで、すぐにやられてた。


「こいつらだったら勝てるね」

「そやろか」

「関節を決めたら対処できないね」

「そうかなぁ」

「空手だから、基本は突きと蹴りですよね」

「なるほどなぁ」

「でも、あの蹴りは威力ありそうだね」

「受けなければ、どうってことないよ。払えばいいさ」

「そやな、蹴りが出る瞬間が分かりやすいし」

「それもそうですね。意外と単純かも」

「それを払って、上段中段で蹴りやな」

「相手が仕掛けて来てくれたら、なんとかなりますね」

「そうやな。先制攻撃は逆に不利かも知れんな」

「ええ、対戦するんですか?」

「そう言う事になるんちゃうかぁ」

「だけど対外試合は禁止されてるじゃない」

「そうかぁ」

「そうやなぁ。試合は出来へんなぁ」

「どうします?」

「あっ! それやったら演武を見せたらどないやろ」

「ああ、それいいですね」

「演武かぁ。憶えてるかなぁ」


 稽古が終わると僕らは前に呼ばれ、みんなに紹介される。ほんで師範から直々にお願いをされた。


「空手の本場、日本から来られたんですから、私達と試合をしてもらえないでしょうか」

「あの、大変申し訳ないですが、僕らは対外試合は禁止されてるんですよ」

「そうなんですか。それは困ったなぁ」

「でも型なら見せることが出来ますよ」

「えっ、『カタ』とは何でしょう」

「えっと、『技』の掛け合いですね。模擬試合みたいなものです。二人組とか三人組でやります」

「おお、それはいいですね。是非その『カタ』を見せて下さい」

「分かりました」


 道場の中央に連れて行かれて、練習生達が僕らを囲んむ形で見学する。みんな真剣な目で見つめてたし、ちょっと緊張してしもた。


「さて、どうする。何する?」

「そうですね、第一系から順番にやりますか」

「ちょっと待ってや。えっと、左前中段構から左足千鳥に出て、左拳上段直突。右足やや寄足し、右拳中段逆突……」


 暫くやってなかった僕は段取りを確認してた。


「ちょっと忘れてるかも知れんわ」

「じゃー僕と篠原が先にやりますから見て思い出して下さい」

「了解」


 と言う事で、まず大中くんと篠原くんが演武する。最後の「蹴り」が決まると周りから拍手が沸き起こった。続いて僕と大中くんがり、第二系、第三系と披露していった。


 次に、この道場の練習生が型を披露してくれて合同練習会は終わった。

 その後は庭に出てチャイを飲みながら雑談会。またいつもと同じ質問をされ、僕はいつもと同じ様に答えた。


 庭の木にはタイヤがぶら下げられており、それでどれだけ大きくタイヤが振れるか競う事になってしもた。


「こんなんしたことある?」

「いや、ないですね」

「そうやんなぁ、拳法にはこんな練習ないやんなぁ」

「でも大学では壁蹴りやってますから、なんとかなるでしょう」

「ほな頑張ってや」

「わかりました」


 日本人代表で大中くんが蹴ることに。まず大中くんが蹴り、そして知り合いの練習生が蹴る。知り合いが蹴ったタイヤは大中くんのそれより大きく振れて、結果は圧倒的大差で大中くんの負けやった。


「やっぱ無理ですよ。拳法の蹴りでは」

「それも、そうやな」

「だって護身術だからねー」


 後で僕も蹴ってみたけど、タイヤは全然動かへんかった。

 そうして交流会も終わり、みんなで合掌、挨拶をして道場を後にした。


 まさかパキスタンで拳法をやるとは思てへんかったけど、なかなかいい交流になったわ。


 つづく


 続きを読んで下さって、ありがとうございました。


 こんな山奥でも空手が流行ってます。


 もしよかったら、またこの続きを読んでやって下さい。


 誤字・脱字等ありましたら、お知らせ頂けると幸いです。

 また、感想や評価など頂けましたら、大変うれしく思います。

 今後とも、よろしくお願いします。


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