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広く異国のことを知らぬ男  作者: すみ こうぴ
【パキスタン】ススト
107/296

107帖 パキスタンにおけるインド映画の位置付け

 今は昔、広く異国(ことくに)のことを知らぬ男、異国の地を旅す


 草雁父上に、「昼になったらまたレストランに来るわ」とは言うたものの、それまで何をしたらええんやろ。小さな街、と言うより村かな。グルっと回ったけど、1時間もかからんかった。


 今度は河の方へ行ってみる。石で作られた堤防みたいなんを乗り越えて河原に出ると、河の水は思ったほど濁ってへんかったけど清流には程遠い感じや。ただ水は氷水みたいでめっちゃ冷たいし、魚は居りそうに無い。


 対岸の高台にも小さな村があり、その裏手には登るには手頃な高さの山が見える。それでも標高は、ここが二千七百メートルやから優に三千メートルは越えてるやろ。斜面では羊が放牧されてるし、何とか頑張れば頂上に行けそう。そこからこのスストの村を見てみたいと思うようになってきた。


 河を渡るには……、遙か上流に吊橋が見える。あれを渡れば、向こうの村に行ける。これはちょっとおもろいかも知れん。そやけどえらい遠回りやし、ちょっと気合を入れなあかんと思た。


 そや、多賀先輩が回復したら一緒に行ってみよ。


 そう思て、一応下見だけしようと吊橋に向った。ところがこの吊橋、結構遠くて歩いて30分もかかってしもた。いつもの歩調やったらもっと早かったやろけど、やっぱり僕も疲れが溜まってるや、足取りはめっちゃ遅かった。橋の袂まで行き、渡れるのんを確認できたし一旦ホテルに戻ることにした。



「ただいま」


 多賀先輩からの返事は無かった。まだぐっすりと寝てる。歩き疲れたし僕もシュラフに潜って寝ることに。

 シュラフの中でゴソゴソしてたら足に硬いもんが当たる。何やろと思て足元に手を伸ばしてみると、それは小さな瓶やった。

 すっかり忘れてた白いラベルの付いたウイスキーの小瓶。去年買うたやつやけど、大丈夫かなと思て少し口に含む。ほんの少しやのに、苦味とアルコールの刺激が一気に口の中に広がってかなりきつい衝撃を受けた。ホンマに久しぶりのウイスキーやったし、めっちゃ旨かったけどこれ以上飲むとぶっ倒れると思た。そやし、しっかり栓を閉めてリュックの底に片付けた。


 胸に広がるアルコール。なんやろ、ちょっと胸が苦しい。目も回ってるみたい。これはやばいと思て僕も寝ることにした。



 目が覚めた時は、もう12時を回ってた。多賀先輩を起こしてみる。少しはましな顔になってたんで昼飯に誘てみると、のっそる起き上がってきた。まだまだ身体は重そうやった。



 草雁父上のレストランを覗いてみると、地元のおっちゃん達でほぼ満席状態。一番奥のテーブルにビデオデッキとブラウン管TVが置かれ、賑やかなBGMの映画をやってた。映画を上映して客を集めてるんやね。


 客は各々食事やチャイを頼んで映画を見入ってる。僕らを見つけた父上は、空いてる席へ案内してくれた。フンザスープとナンを頼んで映画を見る。

 もちろん言葉は分らんし、映像からストーリーを推測する。華やかな豪邸が舞台で、おじさんと若者がなんか言い合ってた。そこへ若くてきれいなヒロイン登場。露出度の高い煌びやかな服を着てる。もちろんへそ出しルック。


 これって……。


 イスラム教国であるパキスタンの映画やないなと思てたら、急に激しい音楽が響き渡り、ストーリーに全く関係の無い人達も出てきてみんなで踊り出した。


「これってインド映画ですやん」

「そうなんけ」

「インド映画のパロディを見たことあります。こんなんでしたわ」

「何の話かさっぱりやけど、あの姉ちゃんは美人やなぁ」


 多賀先輩の目に生気が戻ってきてた。特効薬は女性やったんや。

 隣の席のおっちゃんに「これはインド映画か」と聞いてみたら、口に指を当てて「これは内緒やぞ」みたいな振る舞いをしてきた。インドって言うたらパキスタンと戦争してるし、要するに敵国の映画をこっそり見てるさかいに大ぴらにはでけへんのやな。それに僕が見てもイスラム的にアウトな作品や。


 突然、みんな笑いだした。今、笑うとこなんやと思て僕らも笑うふりをしてると、隣のおっちゃんが「これ、めっちゃおもろいなぁ」と振ってくる。そやけど何がおもろいのかさっぱりわからん。言葉が通じひんけど、同じ様に一緒に盛り上がって楽しんだ。父上は、またいつもの満足げな顔をしてた。


「どないしてこのビデオを手に入れたんですか?」

「うーん、それは秘密だ。へへへ」


 イミグレーションで僕らも検査されたし、このビデオはやっぱりちょっとやばいもんなんや。


 ヒロインが登場するたんびにおっちゃん達から歓声が湧いてた。要するに、みんなでエロビデオを見てるようなもんやねんね。

 イスラム教はなかなか大変やなと思いながら、僕はフンザスープを食べた。


 こんな山奥にTVの電波は飛んで来んし、ビデオが唯一の娯楽なんやろな。相変わらずおっちゃん達は、際どい格好の女の人が出てくると中学生みたいに声を上げて喜んでる。



「おっちゃん、インドのヒンディー語は分かるんか?」

「ウルドゥー語と殆ど一緒や」


 らしい。ヒンディー語やろがウルドゥー語やろが僕らには全く分からんけど、映像から想像した凡そのストーリはこうや。


 愛し合ってる若い男女がいて、なんでか分からんけど女の子は金持ちのおっちゃんに無理やり結婚させられそうになる。そこへ彼氏が乗り込んで来ておっちゃんを倒し、彼女を取り戻して二人は結ばれると言うハッピーエンドなお話。


 簡単なストーリーやけど、5,6分に1回ぐらいはミュージカル風の歌と踊りが入るさかい、上映時間は1時間を越えてた。

 映画が終わると客はみんな拍手をして大いに盛り上がり、その後お代を払ろて帰って行った。


 ビデオテープは全部で3本あるり、後の2本は明日と明後日に上映するとか。明日は悲劇で、最後はまた恋愛もんというプログラム。草雁父上の「love story(ラブストーリー)」と言うた時の顔はただのスケベなオヤジやった。


 そやけど父上は、普段は大人しい感じの人やけど、上手いこと商売するなと感心してしもた。


 客が掃けてからも僕らは店に残り、チャイを追加注文する。

 紅茶の風味と甘くて濃厚な味はやっぱり最高やった。



 つづく


 続きを読んで下さって、ありがとうございました。


 娯楽の無い山奥では、インド映画は密かな楽しみなんでしょう。上映会は明日も開催される予定ですが……。


 もしよかったら、またこの続きを読んでやって下さい。


 誤字・脱字等ありましたら、お知らせ頂けると幸いです。

 また、感想や評価など頂けましたら、大変うれしく思います。

 今後とも、よろしくお願いします。


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