1帖 異国の地に立つ
今は昔、広く異国のことを知らぬ男、異国の地を旅す
5月16日、木曜日、快晴。
真夏の様に太陽は眩しく、風は湿気を大量に含んでいる。
大阪の南港と上海を二泊三日で結ぶ貨客船『鍳真号』が埠頭に着岸する。
僕と多賀先輩、そして美穂の三人は、中華人民共和国の上海に上陸した。
上海港国际客运中心(上海港国際フェリーターミナル)を出た僕ら三人は、上海站(駅)へ向って歩く。
「なー、お腹空いたし、なんか食べへん? おいしいもんいっぱい食べたいです」
美穂は歩き始めてすぐにそんな事を言い出す。まぁ、もうお昼やけど。
「そやな。北野、先になんか食べるか?」
多賀先輩は元気やけど、僕は船酔いの後遺症であんまり食欲はないねんけどなぁ。美穂も食べたがってるし、ここは一つ、ええ店探して食べるか。
「そうですねー」
僕は持ってきたガイドブック「異国の歩き方」を見る。
「なんかええ店ありますかね。『中華王将』でもあったら手っ取り早いねんけどなぁ」
「あほか、それやったら日本と変わらんやんけ。それにな、あれは中華料理やのうて、日本料理やねんぞ」
「ですよねー。中国には『天津飯』とかは無いらしいですからね」
「え、そうなん。中国でも食べて味比べしたかったなぁー」
「そやで。『中華王将』でバイトしてる弟が言うてたわ」
「へー」
「ところで、美穂ちゃんは他に何食べたいん?」
「おいしいもんやったら、なんでもいいですよ」
「北野は?」
「僕は肉まんとか水餃子とか、軽いもんでええですわ。日本で食うより絶対安いと思うし」
学園祭の模擬店で中国人留学生が出してた水餃子がめっちゃ美味しかったことと、そして高かったことを思い出した。
「中国は物価、安そうやしな」
あれ? 多賀先輩は角を右に曲がって細い路地に入って行く。どこ行くねん?
「多賀先輩、駅へ行く大通りはこっちですよ」
「んー、ちゃうねん。旅はなぁ、路地裏通るんが醍醐味や。そやしこっち行くで」
「なんですのそれ。ああっ、美穂。こっちやで」
そういうの、僕も好きですけど……。
路地はちょっと薄暗くて怪しげな雰囲気が漂ってる。ほんまは薄暗く無いんやけど「怪しげ」な感じが周りの景色を暗くしてる。
「えー、なんでこんなとこ歩くの?」
表通りと違ごて路地裏はゴミゴミしてる。はっきり言うと「汚い」。
紙くずやビニール袋、段ボール。生ゴミまで落ちてるやん。ほんまにゴミだらけや。
それにあれは……、どう見てもおしっこの跡やね。しかも動物と違ごて人間の男の高さや。
「なんや分らんけど多賀先輩がここ行くねんて。それが旅らしいは、ははは」
「やっぱ変わってるね、多賀さんって」
その通り。変わってる人。つまり変人と言うても差し障りは無いかも。
多賀変人先輩。変人多賀先輩。やっぱり普通に多賀先輩にしとこ。
そんな路地を歩いてると、突然、後ろから声が掛かかる。
「二ホン人ノカタデスカ?」
ほら見てみー。こんなとこ歩いてるし話し掛けられたやんか。それも日本語で! むっちゃ怪しいやん。関わったらやばそうやし、無視しとこ。
僕と美穂は無視して歩き続ける。
あれ、多賀先輩は?
振り返ると、後ろのちょっと離れたとこに居る。
げげっ。さっきの中国人と話してるやん。何してんのや、ホンマにぃ。
「おーい、北野。この人が飯に連れてってくれるて言うてはるわ。一緒に行こか」
ええ! 大丈夫かぁ。人相も服装も相当怪しいで。大体、日本語で話しかけてくる奴はやばいんとちゃうの?
「まじっすかぁ」
「憲さん、一緒に行ってみよ。ジモティーしか知らん美味しいもんが食べられるかも知れんやん」
なるほどなぁ。海外留学の経験がある美穂がそう言うてるし行こかな。それに、ここでビビッて逃げたら美穂に笑われるかも知れんし。
まぁ、ついてってみるか。あんまり気は勧まんけど……。
僕と美穂は、二人の話を聞きながら後ろを歩いて行く。
多賀先輩が現地の人と積極的に交流したいんは分かる。そやけど怪し過ぎるやろ、この人……。
名前は陳さんと言うらしい。
年齢は20代後半かな。少し痩せとって、それこそ怪しげな模様のシャツと黒いズボンを履いてる。
陳さんは日本語を勉強してて、「将来日本へ行ってビジネスをしたい」という事を多賀先輩に熱く語ってた。
路地裏の更に細い路地を抜け、少し開けた通りに面した小さい食堂に連れてこられる。
店の外見は、お世辞にも綺麗とは言い難い。「小汚い」食堂や。
店に入ると中華料理屋さんによくある、料理を載せてクルクル回せるテーブルに座らされた。これ以外は回転せえへん普通の四角いテーブルが4つあるだけ。
座るとほとんど通路がないくらいの狭い店内や。奥に厨房と、二階へ上がる階段があった。
そやけど、昼飯時やのに他の客は一人も居らん。
おかしいやろ、これ!
僕はだんだん不安になってきた。
と言うところでお話は次回に続きますが、ここで登場人物を紹介しておきます。
まずは主人公にして「僕」こと、北野憲太。24歳。
身長181cm、体重84kg。決してイケメンではない。
一浪して京都の工業大学に入り、ワンゲル部に入部した。
そこで出会った多くの人に影響を受け、覚醒する。何に覚醒したかはさて置き、今までとは違った人生を歩みだす。
何でも興味を持ち、挑戦したがる新し物好き。
困難に立ち向かう事こそが大切で、またそんな自分の生き様が恰好いいと思てる。でも、かなりのビビりです。
四回生の卒業直前に、就活で得た民間企業3社と地方公務員の内定を蹴って、とある目的から異国の旅に出ることを決意。
卒業後、バイトで貯めた30万円を持って上海行きの船に乗る。
旅の最終目的地は中東のイラク共和国。
二人目はこの旅の同行者、多賀浩二先輩。28歳。
僕の四つ年上のワンゲル部の先輩OB。僕が大学に入った時は既に社会人。初めて多賀先輩に会ったんは、大学一回生の冬山山行の時。OBとして山行に同行して貰ろた。狭くて臭いテントの中で何日も一緒に生活してたんで、気心はお互いに知れた間柄です。
顔は髭が濃くて、天パで面長。丸いメガネを愛用し、外すとそこそこイケメン。ワイルド系俳優とでも言うときますわ。
ほんでも笑らうと唇の右端から涎がしみ出し、ぶっちゃくなる。
性格は、細かいことを気にしない広い心を持ってる。言い替えれば「鈍感でいい加減」になるんかな。
そやけどこの人の生命力の強さは半端ないです。体力バカで、精神力も規格外。
ほんとは頼りにしてるんやけど、行動パターンが読めへんので多少不安な面もあります。悪い人ではありません。そのはずです……。
多賀先輩は或る日突然、旅に出る為に会社を辞めた。(あほやでこの人。まぁ僕も就職断ってここに来とるんやけどね)
偶然にも大阪・南港の乗船券売場で僕と出会って、一緒に旅をする事になる。「旅は道連れ」って言うし、多賀先輩が居ったら怖いもん無し、かな?
旅の最終目的地は、僕よりちょっと遠いギリシャ共和国。
そして三人目は、高宮美穂。22歳。
僕の友人にして……、一応、彼女です。
京都の私立系女子大学英文学科に通ってました。丁度1年前の四回生の時、とあることで僕と知り合い仲良くなる。
黒髪ロングで、普段は後ろで束ねてる。色白で、かわいらしいお嬢様系美少女。清廉潔白。しかし、見た目と違ごてよく気が利くし、好奇心旺盛で何事にも挑戦する前向きな行動派。
天然で世間知らずなとこもあるけど、それがまた「可愛く感じる」ことも付け加えておこう。
そんな美穂は、なんや知らんけど僕の生き様に興味をもったらしく、且つ僕を憧憬しているらしい。僕のことを「憲さん」と呼んでます。
この4月から高校の英語教師に採用された。4日間だけ休暇を取り、こっそりと船に乗り込み、僕について来る。
明日にはまた鍳真号で、日本に向けて帰る予定です。
僕は「男一人旅」と粋がって京都の下宿を出てきたのに、多賀先輩と同行することになるわ、その上美穂にまでついて来るわで、めっちゃ格好悪うなってしもた。
なんやねんこの旅は……、て思てます!
つづく
読み始めて下さって、ありがとうございました。
もしよかったら、この続きを読んでやって下さい。
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また、感想など頂けましたら、大変うれしく思います。
今後とも、よろしくお願いします。