ガラスの剣
「ん?」
ふと、キョウを見ると腰を抜かしたのか床にへたり込んでいた。
声をかけようとした時、不思議なものが視界に映った。
きらきらした、透き通ったものがキョウの前の床に落ちている。
まるでガラスの靴のような質感のそれは、よく見ると剣だった。
「ねぇ、それはなに?」
「はい?」
きょとんとするキョウ。
「いや、だからその足元の剣だよ」
「剣……?」
彼女はきょろきょろとあたりを見渡した。
「……はて、どこにも見当たりませんが……」
見えて……ない?
「何を言ってるんだお前は。恐怖でパニックにでもなったか? 落ち着け」
土忌にも見えてない?
「いやだって確かに……」
掴んで持ち上げた瞬間――
「あっ」
剣は消えてしまった。
結局、ボクの見間違いなんて話になった。
でも絶対に見間違いなんかじゃない。そんなはずない。
諦めきれず、ちらちら応接間の中を覗きつつ廊下に出ると、今度はハゲ頭が目に入った。
なんだっけ? 名前は思い出せないけど、元老議員の人だったはず。
宮司さんみたいな服に毛皮のコートを足したような珍妙な格好の供回りを大勢引き連れていた。
「……フン、誰かと思えば代替王子殿下ですか」
開口一番、嫌味たらしく言う。
ここにはインケンな奴しかいないの?
ボクだけじゃなく、キョウや負傷した土忌も含め、じろじろ見てくる。
「……この神聖な城の中で何をしていたのかな?」
「血狐様に私が無礼を働いてしまい、仕置きを受けた所です」
淀みなく、土忌が言った。
「ほう……それはそれは。だが心したまえ。私は王子ほど優しくはない。もし君やそこの代替王子が不届きを働くようであればその場で切り捨てるだろう」
「ご忠告、痛み入ります」
「フン……」
ハゲオヤジは、涼しげな、それでいて慇懃無礼にならないぎりぎりの態度の土忌に、つまらなそうに鼻を鳴らした。
「下賤な者どもが……」
去り際、侮蔑的な言葉と視線をボクたちに向け、ハゲオヤジは廊下の奥へ消えて行った。
「もー! なんなんだよアイツ!」
ケガしてる土忌がいなかったら殴りかかってたかも、と言うと、土忌は苦笑して、
「なら俺はいつもケガをしていた方が良さそうだ」
と言った。
なんだよもー。人が心配してたらさ……。
「だが気をつけろ。そちらの姫のようにお優しい貴族などそうはおらん。大抵、平民を見下しているし、人間など言わずもがなだ。どんな理由をつけて理不尽な扱いをしてくるかもわからんからな。特にあの薊という男は、元老の一人で、強烈な貴族主義者だ」
「うん……わかった」
「多分わかっていないだろう。どうせ俺の言いつけなんてすぐ破る」
「わかってるよ!」
そんなボクらのやり取りを見て、キョウが笑っていた――