ガ族
なんでも。
キョウは、第十三王子の許嫁として送り込まれたらしい。
それも昼界に行った王子ではなく、このボクの許嫁として。
「……おかしな話ですね」
言ったのは土忌。
全く同感。
「鏡様は確かに王子待遇とはいえ、あくまで儀礼的なもの。権力も持たず、王位の継承もできない。にも関わらず、王配を多数輩出してきている葉鐘家の姫を輿入れするとは……理解に苦しみます」
……って違う。
「そもそもボクはおん……」
「それは……私が役立たずだからでしょう」
「え?」
とても沈み込んだ声。
「いいえ、気を悪くなさらないでください。貴方は何も悪くございません……私がごとく役立たずを押しつけてしまい申し訳なく……」
「いや、役立たずとか何言ってるの。自分を卑下しちゃダメだよ」
このままだとそのまま崩れ落ちそうなキョウの肩をつかむ。
それから涙の浮かんだ眼をじっと見る。
「ね、落ち着いて」
「は、はい……」
キョウの頬が真っ赤に染まっていく。
「おっと」
顔が近すぎたかな。
ボクが離れるより先に、キョウが恥ずかしそうに顔を背けた。
「なんてお優しいお方……」
何だ。
とってもいいコじゃないか。
このコとだったら、仲良く出来そうな気がする。
夜開眼って言っても、色々なのかな……。
「……でもいけません。貴方ほどのご立派なお方には、私はふさわしくありません……」
「どうしてそんなに卑下するのさ」
「……」
俯くキョウ。
と、部屋の襖が開いた。
「知りたきゃ教えてやるよ」
入ってきたのは、金髪碧眼の少年――血狐だ。
そのままずかずかと進んで、にやにや笑いながら近づいてくる。
「ソイツはな、思念から強力な武器を生み出す葉鐘一族にあって、何も生み出せない出来損ないなのさ」
「……ひうっ」
震えて俯くキョウ。涙が一筋垂れた。
「まぁ、お似合いじゃないの? お飾り王子の人間風情と、役立たずのお姫様。面白い組み合わせだ。いい見世物――」
ご高説垂れてる血狐の頬を、思い切り張り叩く。
小気味良い音が、部屋中に響き渡る。
「別にボクの事はなんとでも言えばいいさ。気にしちゃいない。でも、女の子を泣かすアンタは最低だ」
「な……に……」
血狐の顔が、だんだん怒りの色に染まっていく。
表情が、一気に険しくなる。
「お前……僕に何をした!」
「ひっぱたいた。それが何? もっとひっぱたいてほしいの?」
「人間風情が! この僕に手を!!」
啖呵を切っておいてなんだけどまずい――
血狐は髪を何本か引き抜くと、その髪に掌から噴き出した血が滴った。
血がまるで樹脂のように固まって、髪は針となった。
その針束が、ボクに向く。
「……死ねよ」
「ああっ、危ない!」
キョウの叫びは聞こえていた。
危機的状況に全てがスローモーションに感じる中で、でも絶対にその針がよけられないのがわかった。
ああ死んだ――
「世話の焼ける……っ!」
そこに割って入ったのは土忌だった。
彼の袖口から鋭い爪がのぞき、それが針を受け止めていた。
「……へぇ、ドブ犬らしい能力だね。汚らわしいガ族の血だ」
「鏡様と貴方は、少なくとも名目上は同格。危害を加えて、貴方に得はないでしょう」
土忌は、きっと酷いであろう事を言われているのに、感情を見せない冷静な声で言った。
「それで? 殴られた僕の立場は?」
「これでお許しを」
土忌は血狐の針束を持つ腕を掴むと、躊躇なく自分の左肩に針束を突き刺した。
「なっ……何してるの土忌!」
「下がってろ」
血が噴き出し、土忌の顔が苦痛に歪む。
「……ふん、くっだらない。でもまあ、興が削がれた。あーあ、もうどうでもいいや。めんどくさ」
怒られてふてくされる子どもみたいに、血狐はうそぶいて出て行った。
そんな事はどうでもいい。
「土忌、大丈夫!?」
「そう見えるなら病院に行け」
「もう! 病院に行くのはあんただろ!」
「いらん。俺の体は特別製だ。すぐに治る」
「治るって……」
傷口を見ようと着流しを肩が見えるようにずらすと、既に血は止まっていた。
筋肉の力によるものか、針を内側から押し出してしまう。
「……ほらな」
「何がほらなだ! なんで……なんでボクのためにあんな事」
「お前のためじゃない。お前が死ねば、従者の俺も無事では済まん」
くぅー、口の減らないヤツ!
……でも。
でも口は悪いけど……ボクの事、守ってくれたんだよね。
なんか……不思議な気持ち。