土忌
――そもそも。
ボクがこの世界に来たのは昨日の夜の事。
その日は新月で、なんとなく星を見ようと、自宅の寝室の窓から顔を出した時だ。
空に、月があった。
あれ? おかしいな、今日は満月だったっけ?
そう思った次の瞬間、月が赤く染まった。
それが、月なんかじゃなく、真っ赤な瞳だと気付いた時には全てが遅くて。
瞳から伸びた無数の手に掴まれて、そのまま引き込まれた。
そこで気を失ったらしくて、気付いたら四方を障子に囲まれた畳敷きの異様な部屋にいた。
部屋には土忌が居て、一言、
「お前もツイてない奴だな」
と言った。
今にして思えば、癪だけど、まったくその通りだった。
それからは、頭がパンクしそうな事の連続。
ここが人ならぬ夜の種族・夜開眼が支配する夜界だとか、それも大夜の名を冠する王・血天が支配する城の中だとか、土忌も夜開眼とか、ボクが王子として召喚されたのだとか、もうぐちゃぐちゃ。
だけど、実際に起こっている以上、信じざるを得ない。
昨日、たまたま見た夜開眼同士の小競り合いでは、互いに猛スピードで殴り合い、石灯籠が発泡スチロールのように粉々になっていた。
夜開眼はボクらが呼ぶ吸血鬼が、一番近い概念だと思う。
日の光に弱いが、怪力無双でそれぞれが特殊な超能力を持つという。
おとぎ話のような存在――
「っていうか、やっぱり王子とか納得できないよ、まだ、生贄として捕まったとかならわかるけど……いや、ホントは生贄で騙されてるんじゃ……」
「馬鹿の考え休むに似たりだな。説明しただろう。あくまでお飾りだと。単に儀礼的な意味にすぎん」
言われたけど。
でも意味がわかんない。
「儀礼儀礼って……そんな事よりいつボクは帰れるの?」
「……いいから、急げ。大夜様の謁見に遅れれば首を刎ねられても文句は言えんからな」
この話になると、毎回はぐらかされる。
……帰さないつもりなのかも……。
いや、まずは謁見とやらに出て、少しでも情報集めなきゃ。
悲観するのはそれからでいい。
「知ってるよ。冷酷非情な夜の王さまなんでしょ?」
「わかっていない。二度と人前でそんな事を言うな。遅刻しなくてもお前の首が飛ぶ」
語気強く、土忌が言う。
う……確かに、うかつだったかも。
そうこうしているうちに、巨大な襖の前についた。
「よし、これから謁見室に入るぞ。事前に言った通りおとなしくしていろ。これから先は貴族しかいない。人間を見下しきった、な。だから何も喋るな」
土忌の緊張が、掴まれた手から伝わってきた。
生唾を飲み込む。
いいじゃん。やってやろうじゃん。
人をこんなとこに呼び出したヤツの顔、拝んでやる。
やがて襖が自動ドアのように左右に開き、巨大な部屋が現れた。