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知らない女

更新が遅れて申し訳ありません。

 『溝鼠』、そう呼ばれる彼、アルフレッドという十級冒険者を紹介されたのはある人物からだった。

 その人物は私に彼を紹介する時、最後にこう言っていた。


「鼠ってのは危険な生き物だ。噛まれれば最後、様々な病に侵される可能性がある。『溝鼠』なら、尚更だ」


 それを語る人物の顔はとても真剣なものだった。

 二級冒険者である彼がそこまで警戒する人物、私はいつの間にか本来の目的とは別に、『溝鼠』に会うのが楽しみとなっていた。


 だが、実際に会ってみた彼は何とも平凡な、普通のヒューマであった。

 何処にでもいるような彼は、私の依頼を渋々ながら受ける事になった。

 提示した情報と自らが持つ情報を合わせ、厄介ごとだと直感的に感じ取ったのだろう。

 考える力は程々に持ち合わせているらしい。

 しかしそれだけ。

 あの人物があそこまでいう存在には到底思えなかった。


「期待外れ、ですわね」

「お嬢様はそう思われましたか」


 依頼を出した後、宿泊先の部屋にて私はソファーに腰かけて溜め息をついた。

 そんな私を見た使用人のバロックは特に表情を変えることなく私に声をかけて来た。

 バロックは基本的に無表情で無口な男だ。

 長年我が家に仕えている使用人の一人である彼が業務上以外で口を開くとは珍しく、私は少し気になった。


「何か気になることでも?」

「平凡な男です。恐らく秀でた才能など一切持ち合わせていないでしょう。ですが、あの目は臆病者の目です」

「救いようがないわね」


 才能が無く、性格は臆病。

 それだけで私の興味は完全に失せてしまう要素であった。

 今の私の興味は彼個人というよりも、その彼をあそこまで警戒していた理由に移っていた。

 この世界は基本的に実力主義、冒険者などその典型とも言える。

 強ければ上に上がり、弱ければ何処かで止まる。

 そんな中、確か十年だったか。そんな長い間十級のままという事実が既に彼の実力をよく表している。

 『溝鼠』などと言われて当たり前。

 しかしあの方やこのバロックは何故か気になるらしい。

 実力者故に感じる何かがあるという事なのだろうか。


「ただの臆病者であればそれだけですが、あの目は絶望を知る目です」

「何が違うというの?」


 絶望を知る臆病者、そう言われても私にはよく分からなかった。

 良く言えば育ちの良いお嬢様。

 悪く言えば世間知らずの籠の鳥。

 そんな私では臆病である意味も、ましてや絶望など経験したこともないのだから分からなくて当然だった。


「絶望を知る臆病者は、もう二度と経験することがないように行動します。もしかすれば、あの者が十級冒険者であり続ける理由もそこにあるかと」

「そう……」

「決して興味本位で鼠の尻尾を掴みませんよう」

「バロック、貴方でもあのアルフレッドとか言う冒険者を警戒するの?」

「二級冒険者の忠告を聞いているまでです」


 そこでこの会話は途切れ、それ以降語る事は無かった。

 結局『溝鼠』という人物の全体像が私の中で少しぼやけてしまったくらいで、私が興味を引かれることはなかった。

 探し物が見つかればこの街に来ることもそうないだろう。

 ならば、特に気にする必要など始めからなかったのだ。


 翌日、進捗状況を聞きに冒険者組合へ向かうと、そこには大騒ぎしている冒険者が数人いた。

 煩わしさを感じながらも受付の方へ向かおうとすると、その騒ぎ立てていた冒険者が私を見付けて近寄って来た。

 それを警戒してバロックが瞬時に私の前に立って冒険者の接近を妨げる。

 しかしそんな事はお構いなしに冒険者はバロック越しに私に話しかけて来た。


「貴族さんよぉ!見付けて来てやったぜ!」


 野蛮な冒険者の手には私が『溝鼠』に依頼して探してもらっていた指輪の特徴と酷似している銀製の青い宝石の付いた指輪があった。

 それを見た私は一瞬偽物かと訝しんだが、まずは確認してみない事には始まらない。

 バロックを控えさせて私は冒険者から指輪を受け取り、しっかりと隅々まで確認する。

 そしてそれが終了し、一つ呼吸を置いてから私はバロックに指示を出す。


「バロック、報酬を」

「おぉおおおおお!!!確か報酬って言い値で良いんだよな!?だったら金貨――」

「――どうぞ、銀貨1枚ですわ」

「……は?」


 何やら自分たちが見付けた指輪が本物であり、報酬が貰えることに喜んでいるようだったが、私がバロックから銀貨を受け取り、それを差し出すと目の前の冒険者は呆けた声を出し、状況が理解出来ていないような間抜けな表情を晒していた。

 しかしその表情はすぐに怒りへと変わった。


「ど、どういうことだよおい!言い値で報酬をくれるんじゃねぇのかよ!?」

「『溝鼠』さんにはそう言いましたが、貴方に言ったつもりはありませんよ?あれは指名依頼という事で特別報酬を用意したまで。それ以外の方が偶然見つけてしまったのであればそれに関しては探し物依頼の報酬の相場と聞いておりました銀貨1枚を差し上げるつもりでしたの、お分かりかしら?」

「こ、こんのクソアマァ!騙しやがったな!クソがっ!」


 私の説明を聞いて更に怒りが高まったようだったが、意外に見た目に寄らず理性的な人物であったようで、暴言を吐くだけで手を出すことはなく、その場から去って行った。

 その後ろ姿を見送りながら私は内心驚いていた。

 今この状況、『溝鼠』に依頼を渡した翌日辺りに他の冒険者が探し物を見付けて来てくれる。

 あの人物は私に『溝鼠』を紹介した時、そう予想を立てていた。

 私の動かせるだけの全財産を投資してでも見つけると覚悟していた探し物がたったの銀貨1枚で済んでしまったこの状況に、驚かずにはいられなかった。

 一体どういうことなのか私には分からなかった。

 これが偶然起きた出来事なのか、それとも必然であったのか。

 私は受付にて『溝鼠』への指名依頼を取り消す手続きを済ませ、宿泊先に帰って来てからもその事が気がかりであった。

 故に私はバロックに聞かずにはいられなかった。


「これは、どういうことなの?」

「探し物がそう簡単に見つかるとは思えません。ましてや昨日の今日、地下水路に赴いたとて一日で探し出せるはずもありません。結論として、事前に指輪は見つかっていたと考えるのが妥当でしょう」

「……誰が?」

「ご想像の通りかと」

「分からないわ……私には分からない……大金を目の前にして、それをふいに出来る『溝鼠』の考えが私には到底理解出来ない……」


 もしこれが本当なら、彼は昨日の時点で私にその事を進言出来た。

 一言、「その指輪なら知っています」とでも言えば、私はそれの在り処までついて行ったし、その場で言い値の報酬を聞いてやる事だって出来た。

 それだというのに彼は何も言わず、冒険者組合から去って行った。

 その後に何があったのかは分からない。

 指輪が何故あの冒険者の手に渡ったのか。

 奪ったのかもしれないし、彼が譲ったのかもしれない。

 どちらにせよ、彼が報酬に目もくれず、私からの依頼を放棄したことが分からない。

 彼は一体、何を目的として生きているのか。

 冒険者であれば金のためではないのか、強さ、名誉などといったものではないのか。

 考えれば考える程、『溝鼠』の事が分からなくなる。


「バロック、少し予定を変更するわ」


 それから数日、私はこの街に留まる事にした。

 どうにも『溝鼠』という人物を知っておかなければならない気がした。

 恐らくその事も含めてあの方は私に『溝鼠』を紹介したのだろうと思われる。

 『溝鼠』は私と決して接点を得ることはない対極の位置に存在する人物。

 その存在を知ることによって、きっと私は先に進めるのだろうという予感があった。

 翌日、指輪を見つけた冒険者が窃盗犯として牢に入れられたことで、その予感が確信へと変わった。

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