探し物
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人によって宝物とは様々だ。
他人にとっては全く価値の無い物であったとしても、その人にはとても思い入れがあり、大切な宝物である場合だってある。
本来宝物とはそういった物であるべきで、決して高価な物だから宝物なのだという安易な結論に達してはいけないのである。
「貴方が『溝鼠』?思っていたよりも小奇麗ね」
アルフレッドが掲示板の前で依頼を吟味していると、背後からそう声をかけられた。
振り返るとそこには簡素なデザインであるが、とても上質な布を使っていると思しきドレスを身に纏った女性と、その横には使用人の服を着た男が立ち、その後ろには冒険者組合の職員が控えていた。
突然何事だろうと警戒するアルフレッドであったが、恐らく風貌からして貴族かどこぞの商家の娘と思われる人物を無視するわけにもいかなかったために取り敢えず返事をする。
「まぁ、ここら辺で『溝鼠』何て呼ばれてるのは俺くらいですけど……」
「そう、なら話が早いわ。貴方に依頼したいことがあるの。報酬は言い値で良いわよ」
「……俺に出来る事なんて何もないですよ?」
突然現れ、突然依頼したいと言われ、しかもそれの報酬は言い値で良いという。
誰がどう聞いても怪しい話であるが、そもそもアルフレッドに出来る事などこの掲示板に張り出されているような簡単な事ばかりであり、目の前の女性の依頼を達成出来るとも思えなかった。
冒険者組合の職員が一緒にいるという事はアルフレッドの情報はしっかりと伝わっていると思われるが、それでもなおアルフレッドに依頼を提示する意味が分からなかった。
曖昧な答えを返したアルフレッドに対し、女性はクスリと小さく笑った。
「貴方にはある物を探して欲しいの」
「……」
「それは恐らくこの街の地下水路にあると思われるのよ。貴方、平気なんでしょう?」
地下水路での物探し。
確かにこれはアルフレッドの様に地下水路に慣れている人物が行うのが得策であろうが、それならばアルフレッド以外、それこそ街の非番の兵士などに声をかけた方が人数も集められて効率が良いはず。
にもかかわらず女性がアルフレッドを指名する理由、それが分からなかった。
安く済むと思ったから?それならば言い値などとは言いださない。
『溝鼠』を優秀な探し屋と勘違いしている?職員が控えているのにそれは無い。
ではなんだ、この女性の目的は……それよりもまず一体何を探すんだ。
恐らくそれを聞いてしまえば後に引けない依頼なのだろう。
故に女性もアルフレッドが依頼を受けるとなってから話すつもりでいるのだろう。
ますますアルフレッドは依頼を受けたくなくなってくる。
沈黙を続けるアルフレッドに痺れを切らしたのか、控えていた職員が口を開く。
「おい!素直に首を縦に振れ!この方を誰だと思っているんだ!」
「名前も名乗っていない人の事なんて分かるわけないでしょう?こちとら鼠なものでして」
「この野郎……っ!」
「ふふっ、愉快な方ね」
怒りを露わにする職員とは対極に、女性はとても落ち着いていた。
職員の言葉から察するに、アルフレッドの目の前にいる女性は余程高貴な御方なのだという事は分かった。
ただの下級貴族などでは職員はこんな対応をしない。
最低でも伯爵家の人間と考えるのが妥当だろう。下手をすれば侯爵家の可能性だってある。
何故一級冒険者が来たと思った矢先にそんな上級貴族までこの街に来るのだろう。
未だ一級冒険者であるカインはこの街に滞在しており、標的としている魔物の動向を調べているなんて話を聞く。
そんな危険な魔物が近くに生息しているかもしれない街にわざわざ来る理由が探し物。
ここまで来ればもうアルフレッドの心の中ではこの依頼を絶対に受けたくないという気持ちで溢れかえっていた。
探すこと自体は別に問題は無い。
しかしその探し物、もしくはそれが見つかった後に必ず厄介事が発生する気しかしない。
ならばどうするか、そんなものは既に決まっている。
後はそれを実行するのみ。
アルフレッドが女性に向かって頭を下げようとした瞬間、急に自分の身体が固まり、身動きが取れなくなってしまった。
「拒否権は、無いですわ」
「……喜んで、お受けいたします」
魔法であろうか。
謎の力に遮られ、アルフレッドは強制的に依頼を受ける事となった。
アルフレッドにとって依頼自体はとても簡単な物だ。
何故なら、その探し物というものの見当が既に付いているからだ。
地下水路の清掃の際、アルフレッドはいろいろな物を見つけることがある。
地下水路は地上から流れ着いてきたものの終着点。
頻繁に清掃依頼を受けているアルフレッドが、清掃の際にその流れ着いてきたものを見付けるのは必然と言えた。
そしてその中には宝飾品なども含まれており、アルフレッドはこれらを特定の場所に保管し、捜索依頼が出されてしばらくした頃に見つかったと組合に持ち込み、臨時収入を得ていたりする。
今回探すべき物は指輪。
青い宝石の付いた銀の指輪だそうだ。
銀製の指輪程度あの女性であればいくつも替えが利くと思われるが、その指輪は特別な物であるらしい。
取り敢えずアルフレッドは依頼を受けた後、地下水路へ向かうことなく街の端にあるスラム街へと向かった。
しばらく街中を歩くと、アルフレッドは目的の場所へと辿り着く。
廃墟の様な建物の中へとアルフレッドは入って行き、その奥に隠している木箱を取り出す。
少し埃を被っていたが中身は全く問題ない。
アルフレッドは中身の物を物色し、今回の依頼の品が無いか確認する。
意識が木箱の中へと完全に移った瞬間、アルフレッドの首元に背後から縄を巻き付けられ、そのまま絞め上げられた。
「へっへっへ……『泥棒鼠』の噂は本当だったってことか。アルフレッド、お前、中々セコイ事してんなぁ!」
「ぐっ!」
『泥棒鼠』、それはアルフレッドの『溝鼠』とは別の通り名、いや、噂と言った方が正しいだろう。
探し物を発見するのが非常に上手い事から、逆にアルフレッドがそもそも盗んだのではないのかと噂程度に囁かれることで付いた名前、それが『泥棒猫』。
冒険者組合で周りの視線を集めていた目立った人物が十級冒険者に指名依頼を出すという奇妙な光景を見ていた者は少なくない。
そしてそれが探し物となれば『溝鼠』が本性を現すかもしれない。
アルフレッドを尾行すればお宝が手に入り、それ以上に指輪を見つけた者として貴族に名前と顔を売るチャンスが生まれると考え付いた者、それが今アルフレッドの首を絞めている男であろう。
呼吸が上手く出来ず、意識が朦朧とする中、男の他にも潜んでいた奴がいたのかアルフレッドの木箱の中身を物色し始める。
男たちはそれらを見て歓喜し、思い思いに自らのズボンのポケットや腰に巻いた袋の中へと押し込んでいく。
「悪く思うなよアルフレッド。あの一級冒険者のせいでしばらく俺らは開店休業状態なんだ。小遣い稼ぎくらい協力してくれよ」
その男の声を最後にアルフレッドの意識は遠のき、気が付いた時には木箱の中身は空になっていた。
アルフレッドはゆっくりと立ち上がり、首元に残る縄の感触を感じながら手で触れて傷が無い事を確かめる。
「……流石にこれは、やり過ぎだな」
アルフレッドという人物の本質は臆病である。
臆病であるが故に誰にも逆らわず、事なきを得られればそれで良い。
しかし、いくら臆病であろうと、怒りを覚えないなんてことはない。
日々少しずつ怒りをため込んでおり、その怒りは時が経つにつれて次第に薄まるものであるが、今回ばかりは薄まる前に許容量を超えてしまったといった所であろうか。
アルフレッドは不気味な笑みを浮かべながら、その場を後にした。
次回、アルフレッド流の仕返し劇が幕を上げる……かも。