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奴隷

少しずつアクセスやブクマが増えていてニヤニヤが止まりません。

 同情といった感情はアルフレッドにとって吐き気のするようなものである。

 そんなものは何も生み出さない。

 同情をかける側は常にかけられる側より上に存在し、かけられる側は常に自分は下なのだと自覚する。

 同情とは、善意によるものではなく、偽善による、かける側の自己満足である。


 話は戻り、アルフレッドはその日も額に汗を流しつつ日雇い依頼を熟していた。

 今日のアルフレッドの依頼は清掃作業であるが、いつもの様な地下水路の清掃ではなく、今回の清掃先は奴隷商人の下で飼われている奴隷たち用の小屋の清掃である。

 ここも中々の悪臭漂う清掃場所であり、殆どアルフレッド専用の依頼と化していると言って良いだろう。

 清掃というものは定期的に行わなければ意味の無いものであるため、この清掃依頼もまた、アルフレッドの安定収入の一つであると言える。

 基本的には小屋の中にある肥溜めを掃除し、床などの汚れを水で洗い流すといったものが作業内容だ。

 しかしこの依頼は悪臭に耐えるだけが問題ではなく、それよりももっと精神衛生的に良くない光景を目に、耳にしなければならないことにある。


「助けてくれ……」

「買って、ねぇ……お兄さん」

「何見てんだてめぇ……殺すぞ……殺す、殺す」


 この国の奴隷には大きく二通りの奴隷が存在する。

 一つはこの小屋にはいない借金奴隷。

 借金を返し切れず破産し、借りた分を返せるまで様々な場所で強制労働を強いられる者たち。

 もう一つはこの場にいる犯罪奴隷。

 借金奴隷と違い、こちらには人権といったものが存在しない。

 主に殺人などの重罪を犯した者がこの犯罪奴隷に堕ち、生涯物として扱われることが確定した者たち。

 まだアルフレッドの視界には五体満足な者しかおらず、まだ元気があるが、小屋の地下へと降りて行けばそこにはまともな者など存在しない。

 糞尿の臭いよりも、血反吐の臭いの方がキツい、そんな空間が広がっている。

 管理者である奴隷商人もあそこの掃除など真っ平御免という事で、渋々依頼を出すのだ。

 そんなに嫌なら清掃依頼も出さずに放置すれば良いのにと思わなくもないが、商談相手には壊れた物を好む相手もいるようで、ギリギリまで生かすためにも最低限の衛生管理はしないといけないらしい。

 ある程度の清掃が完了したアルフレッドは遂に地下へと降りて行く。

 その光景をどう表現するべきかアルフレッドには分からないが、恐らくこんな光景が当たり前なのが地獄という場所なのだろうと考えていた。

 先程の命乞いや罵詈雑言などは耳に入って来ず、聞こえてくるのは苦しむ呻き声のみであった。

 アルフレッドにとってもここはあまり長居したくない場所であるため、手早く作業を開始する。

 まともに歩く事もままならない者も多く、排泄物はそこら中に広がっていた。

 しかしそんな状況であっても臭いの大半は血。

 辺りにこびり付き、乾いた血の跡から、どれ程の出血があったのかは察することが出来る。

 奴隷の居住空間でこれなのだ。

 恐らく使用する際の専用の部屋はもっと酷い有様なのだろう。

 その部屋に関してはアルフレッドの作業内容には含まれない。

 もし含まれていたとしたら、アルフレッドであっても依頼を受ける事はないだろう。

 何度も水を撒き、ブラシで擦っても中々汚れが落ちない。

 洗剤などは勿体無いと支給されていないため、手を動かすしかない。

 漸く大体の汚れが落ち切ったのは、空の色が朱色に変わり始める頃であった。


「旦那、どうもお疲れさんです、へへっ」

「完了札は?」

「こちらです、お納めくだせぇ」

「確かに」


 管理者に挨拶され、完了札を受け取ったアルフレッドはその場を速やかに離れようとしたが、背を向ける前に管理者から声をかけられた。

 心の底から嫌な気しかしなかったが、何度も世話になっている依頼先であるために無視するわけにはいかず、動かそうとした足の力を抜く事になった。


「日頃のお礼と言っちゃ何ですが、一人お貸ししましょうか?良いビーストヒューマの子供がいますぜ?」

「遠慮しとくよ」

「そう言わずに旦那、借金奴隷ですんで買い取ってもらっても構わないんですぜ?」

「俺にそんな余裕がない事くらい知ってるだろ」

「まぁまぁ、取り敢えず少しお待ちくだせぇ」


 管理者はそう言って奥の部屋へと行ってしまった。

 この間に帰ってしまうのが一番いいのだが、あの管理者が何故こうも奴隷を押し付けてこようとしているのかが分からない。

 しかもその種族がビーストヒューマ、別名獣人と呼ばれる存在とは。

 ビーストヒューマはその名の通り獣の様な特徴を持つヒューマと表現するのが最も適しているだろう。

 獣の耳、尻尾が目立つが、それ以外にも感覚的に優れているという特徴を持つ。

 身体能力も高く、犯罪奴隷は強制、借金奴隷は志願により、行先は主に戦場であると聞いたことがあるのだが、一体どういうことだ。

 そして管理者は間違いなくこう言った。

 『借金奴隷』と。

 ここは犯罪奴隷専門の店だ。

 にもかかわらず何故ビーストヒューマの借金奴隷がここにいる。

 アルフレッドは思考を巡らせるが明確な答えが出て来ない事に不安を抱く。

 何か厄介事に巻き込まれそうだと。


「お待たせしやした」

「待ちたくなかったよ」

「旦那なら逃げないって信じてましたぜ」

「そりゃどうも」


 そうこうしている内に管理者が戻って来た。

 アルフレッドはあまり気乗りしないが、こうなってしまえばもうその場の勢いというものに任せるしかないのだろう。

 アルフレッドは視線を向けずにいた、管理者の後ろに立つビーストヒューマを見た。

 そこに立っていた存在は、明らかに厄介事の種であった。


「これはまた……」

「ひひっ、どうです?」

「見世物小屋の方が儲けられそうだな」

「同感でさぁ」


 管理者に連れられたビーストヒューマは女だった。

 戦場に送られていない辺りからそうではないかと思いはしたが、まさかこういうことだとは思わなかった。

 そのビューストヒューマは白かった、白過ぎだった。

 アルフレッド自身それを見るのはこれで二度目、しかしその患者数の少なさから、アルフレッドは実際の患者を再び目にする日が来ようとは思いもしていなかったため、驚きを隠せなかった。

 全身の隅から隅まで、全く穢れを持つことのない真っ白な体で生まれてくる奇病、白化病。

 国内でも発症例がとても少なく、産まれてすぐに死んでしまう事が多いために原因、治療法共に未だ謎の多い珍しい病気だ。

 そんな病気の患者が、目の前のビーストヒューマが、既に10歳を超えるくらいの体付きをしている事にアルフレッドは更に驚きを隠せなかった。

 何故この白化病の患者が借金奴隷としてこの場に至ったのかはこの際どうでも良く、アルフレッドは管理者が何故自分にこの女を見せたのかが分からなかった。

 アルフレッドが管理者に鋭い視線を向けると、管理者は両手を上げて降参のポーズを取った。


「こいつを解体なり何なりすれば、多少は分かると思いますよ?白化病について」

「っ!?」


 そのわざとらしい管理者の言い回しにより、アルフレッドは目の前のいけ好かない男の考えていることまでは分からないが、少なくともアルフレッドという人物をある程度理解していることだけは把握できた。

 管理者は別段いつもと変わらない口調で、対するアルフレッドは緊張と、怒りが混ぜ合わさったような声色で会話が続く。


「嫌だなぁ旦那、こちとら商人ですぜ?雇う奴の情報くらい集めるのが当然ってもんです」

「……てめぇ、知っててわざわざ」

「勘違いしないでくだせぇ。こいつは日頃のお礼に『お貸し』するだけ。別に旦那用で買い取ったわけじゃないですぜ」


 貸すだけ。

 これはつまり、最初の権利は譲ってやると暗に言っているのだろう。

 何の権利かは聞く者の捉え方によるだろうが、管理者はアルフレッドがどう捉えるかを完全に予測してそう言っていた。

 少なくとも、アルフレッドにはそう思えた。

 アルフレッドは歯を食いしばり、消え入りそうな程小さな声で、しかしとても大きな怒りを内包させて、呟いた。


「いくらだ……」

「え?何ですか旦那?よーく聞こえませんでした、最近耳が遠いんでさぁ。商人泣かせな耳ですいません」

「……チッ」


 聞こえていたはずだろうが、とアルフレッドは心の中で悪態をつく。

 こうなってしまえばもう自分自身で提示するしかない。

 最初の提示額で全てが決まる。

 少なければ打ち切り、多過ぎれば多大な損害を被る。

 アルフレッドはもう一度女を見る。

 その瞳は何処を見ているのかも分からない。もしかしたら何も見えていないのかもしれない。もしかしたら本当は死んでいるのかもしれない。

 真っ白な瞳というものが、どれ程奇妙であるのか、アルフレッドはこの時改めて実感した。

 アルフレッドがこいつを買うのはそんな奇病に侵されていて可哀想だとか、奴隷という立場から救い出したいとか、そういった同情、偽善から来るものではない。

 アルフレッドの心は一つ。

 ただこの女を白化病のサンプルとして、研究材料として有効活用しなければならないという義務感。

 その為であったら、アルフレッドは損害等度外視することを覚悟した。


「じゃあ――だ」

「毎度ありがとうございます」

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