休日
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アルフレッドの朝は早い。
いや、アルフレッドがというよりも、街の朝は早い。
日が昇り始める頃には商店の主人は起き、開店の準備を始める。
宿の主人などは朝食の支度を始める。
組合の職員などは夜勤の者が交代する。
アルフレッドはそんな中毎日早く起きる。
早く起き、支度し、冒険者組合へ行き、今日張り出されている依頼を確認しに行くのだ。
早朝の冒険者組合は昼間夕方の喧騒が嘘の様に静まり返っている。
魔物を討伐する冒険者は日中魔物を追いかけまわし、疲れ果てて夕方、夜に帰ってくることが多いため、その後でその日の報酬で酒など食らえば、朝起き上がれないのも無理はないという話である。
つまり、朝早くにこの冒険者組合に訪れる冒険者というのは昨日討伐依頼を受けていない冒険者が殆どという事である。
その中の一人ではないアルフレッドはいつもの様に日雇いの依頼を確認する。
地下水路の清掃やガンツ親方の土木作業など、ここ数日は良い依頼が続けてあったが、今日はそういったものは見受けられなかった。
アルフレッドはその事について少しだけ考えを巡らせる。
一応幾つか受けても良いと思える依頼はある。
しかしそれを受けなくても、今日一日くらいであればガンツ親方からの臨時収入でどうにかなるのも事実。
どうしたものかと手持ちに残っている金額を思い浮かべながら考えること数分。
アルフレッドは決断した。
アルフレッドが活動拠点としているこの街は、国の中ではそこそこ重要な貿易都市とも言われるほど賑わいを見せている街である。
国境の近くに存在し、他国の特産品などが比較的簡単に手に入る商業の盛んな街だ。
あまりそういった恩恵を受けて来なかったアルフレッドであったが、今日は久々にその恩恵に預かろうと決めた。
詰まる所、今日のアルフレッドは休みという事になる。
日雇い依頼の中には基本的にいつでもいいからやってくれといった趣旨のものが多く、昨日一昨日に受けたようなその日限りの依頼と言うのは珍しかったりする。
その分報酬が良いのだが、普通の冒険者から見ればそういった依頼でも報酬が少ないそうで、殆どアルフレッド専用の依頼と化している。
今日の依頼にはそういった依頼が存在していなかったことを確認したアルフレッドは、たまには休むことも大切だろうと考え、一日休日を設けることにしたのだ。
しかしアルフレッドは普段毎日休みなく日雇い依頼をしているため、休日といっても具体的に何をすればいいのか分からずにいた。
ただ休むだけであれば宿に戻り、一日中寝て過ごすのが合理的であるのだろうが、それでは一日と言う貴重な時間を無駄にしたことになる気がして却下した。
ならばどうするべきか、そんな事を考えながらアルフレッドは自然と街の外壁に沿って走っていた。
何もせずに考えているよりかは良い案が思い浮かぶだろうと思って始めた事であったが、これではただのトレーニングである。
流石にずっと走り続ける事も出来ず、何周かしたところで息を切らしながら停止した。
噴き出る汗を拭いながら空を見上げると、太陽の位置が真上に近付こうとしていた。
もうそんな時間かと考えている隙にアルフレッドのお腹が景気よく鳴り響く。
「ガンツ親方が余計な事するから……」
慣れというものは積み重ねる事で習得することが出来るが、その積み重ねに歪みが生じると案外呆気なく崩れ去ってしまうものである。
アルフレッドは基本的に昼飯を必要としない。体がその状況に慣れているからだ。
しかし昨日の突然の昼飯来訪により、体が今日もまた昼飯を要求してきてしまった。
あまり出費を増やしたくはないのだが、こうなってしまってはまた慣れるまで時間がかかるだろう。
そうするためにも昼飯の量を少しずつ減らしていかなければ。
アルフレッドは呼吸が整った後、街中へと歩き出した。
人が昼の断食をするために少な目で済まそうとしているというのに、これはどういった仕打ちだろうか。
心の中でそう悪態をつくアルフレッドの眼前には、数多くの屋台が軒を連ねていた。
その中の過半数が食料品を扱っており、いろんなところから良い匂いが漂ってくる。
そんな中で昼を少な目にするとはどういった拷問だと考えるアルフレッドの脳裏には、昨日の自らの祈りが過った。
成程、と何処か納得のいったような表情をしたアルフレッドは腰のポーチから小袋を取り出して、所持金を確認する。
こういった屋台で出されている商品は安い物から高い物まで様々だ。
安い物のみであればそこそこ腹を満たすことは出来るだろうと、アルフレッドは屋台に近寄る。
「すみません、その串焼きを一本ください」
「あいよ、銅貨10枚だ」
アルフレッドの一回分の食費の5分の1の値段を提示され、アルフレッドは少し考えが甘かったことを悔やむが、これもまた仕方ないと店主に銅貨10枚を手渡して串焼きを手に入れた。
特に何の肉を使っているとかの感想は言えないとても適当な味覚であるが、味はアルフレッドの舌を満足させるには十分なものだった。
あまり立ち食いをするもの行儀が悪いなと、アルフレッドは近くの噴水のある場所へと場所を変えることにした。
噴水の近くには休憩するために腰を下ろせる場所がいくつかある。
アルフレッドはそれを狙っていたのだが、やはり昼時で珍しくあんなに屋台が並んで賑わっている日だ、空いている場所など皆無だった。
唯一座れる場所と言えば噴水の縁、石で出来た囲いの部分であるが、影など一切ない直射日光の餌食となる場所。
皆暑さを避けて座っていない穴場である。
仕方ないとアルフレッドは諦めてその場所に座り、串焼きを少しずつ頬張り、よく噛んで食べた。
何故だかは知らないが、よく噛めば何となく空腹感が少量で満たされる気がするのだ。
ゆっくりと時間をかけて串焼きを食べてみたが、やはり一本程度ではどうやっても満たされることは無く、アルフレッドは再び立ち上がり屋台の方へと向かった。
「これはぼったくりだろう!?」
「いえいえ、別にそこまで……」
「ビッグボアの肉など捨て値で売り捌かれている!それを少し使っただけの串焼きが銅貨10枚とは良い度胸だな!」
「調理の手間と味の付加価値というものでして」
「そうだとしてももっと下げれる、せめて銅貨6枚以下にせねば割に合わない」
アルフレッドが再び屋台の方へと戻ってくると、そこでは先程アルフレッドが買った串焼きを売る屋台の前で店主と女が言い争っていた。
終始女が店主を攻め立て、店主はそれに対して何とか答えているといった状況。
話を聞いている限りでは、店主が串焼きの原価に比べ売値を高く設定し過ぎている所為だという主張がなされている。
まぁ女の言い分は分かるところではあるが、そこまで事を荒立てる必要は無いだろうに。
アルフレッドはそんな二人のやり取りを聞きながら注文を伝えた。
「串焼き二本ください」
「え?あ、あぁ、毎度あり」
「おい!貴様私の話を聞いていな――」
「――五月蝿い」
「もがっ!?」
予め用意しておいた銅貨20枚を店主に渡しながら購入した串焼きの片方を、アルフレッドは言い争っていた女の開いた口の中へと突っ込んだ。
突然の事に女は驚きを隠せず、一瞬困惑していたようだがすぐに復帰し、口の中の串焼きを咀嚼して飲み込んだ。
そしてそんな女が呟いた次の言葉には店主を驚かせるには十分のものだった。
「……美味しい」
女が驚くのも当然の事であろう。
本来ビッグボアの肉は硬く、脂も少ないために肉にしては淡白な味だ。
それが何故かとても美味しくなっているのだから、これを作った店主の努力が伺える。
アルフレッドは少しだけ怒っていた。
食ってすらいない商品をぼったくりだのなんだのと罵倒するなど、そんなものは何の意味も持たない赤子の言葉と同じだ。
物事を評価するためにはそれを自分自身が知らなければすることが出来ない。
しかし少なくとも今回、彼女が言う主張は本来であれば間違っていないのかもしれない。
ビッグボアの肉がとても安いのは事実であるし、他でも串焼きを売る店はあれど、何処も一本銅貨10枚などで売っている所は無い。
それはつまり値段設定は周りと比較してみてもおかしい事になる。
つまりは彼女は間違っていない。
しかし店主の言い分は調理の手間と味を鑑みた結果と言う。
ならばこれら両者の考えをまとめると、女が実際に食ってみるのが一番だという事になる。
アルフレッドは彼女の感想を聞いて満足気に頷く。
誰しも、自分が上手いと思ったものを批判されれば気分が良くないというもの。
少し予定外の出費が出てしまったがそれはそれでいいだろう。
この後の事は女がどう出るのか気になる所ではあるが、そこまでアルフレッドは野次馬根性を持ち合わせていなかったために、一本だけになってしまった串焼きを加えながら再び噴水の方へと戻った。
この後、アルフレッドは結局することが見つからず、組合所で適当な日雇い依頼を受けた事に対し、何だか虚しい気分となったらしい。
この女は多分この後にも出てくる……かも。