教会
感想をいただけた喜びから頑張って書きました。
「ほら、今日の分だ。受け取れ」
そう言われ、ガンツ親方から今日の外壁依頼に対する完了札を受け取るつもりで差し出した手には札の他にも手に触れる硬い感触があった。
どういうことだとアルフレッドがガンツ親方の顔を伺うと、ガンツ親方は何も言わずに笑うだけだった。
それはつまり、黙って受け取っておけという事なのだろう。
何故かと理由を問いただしたい気持ちを抑えながら、アルフレッドは別れの挨拶と共に作業場から冒険者組合所へと去って行った。
冒険者組合にて完了札を提示し、報酬を受け取った後、アルフレッドは何事もなく組合所から出ていくことが出来た。
そう連日昨日の様な輩がいることは無い。
誰もがあの時何も言わなかったが、あのような行為は本来であれば禁止行為であり、一定期間の活動停止を言い渡されるくらいの処分が下されるのが当たり前なのだ。
しかし暗黙の了解として、アルフレッドに対する行為は限度を超えない限り黙認されている現実がある。
これは組合としては由々しき事態であるのだが、十年もの間大して使い物にならない冒険者を庇うよりも、組合側としては少しでも魔物討伐に貢献している冒険者の日々のストレスがそれで解消されるのであればと、肩を持つのはある意味妥当な判断とも言えるだろう。
搾取される側としては決して許容出来るものではないが。
しかしそんな状況に置かれているアルフレッドであっても、今日は少し気分が良かった。
何故なら臨時収入があったからだ。
ガンツ親方から手渡された硬い感触の正体、それは日雇い依頼の報酬とは別の、個人的な親方からの報酬であった。
その額に驚くことなかれ。
なんと銀貨3枚。
今日の日雇い依頼の報酬と合わせれば合計銀貨5枚分の収入である。
いつもの倍以上の報酬を手にしたアルフレッドの足取りは軽く、その銀貨を手に、彼には行くべきところがあった。
聖なる十字の掲げられた建物の入り口にアルフレッドは立っていた。
そこは誰しもが平等に神へ祈りを捧げることの出来る場所。
街の信仰の中心となっている教会であった。
アルフレッドは自らの生活に幾つかの決まり事を持っていた。
その一つが、銀貨三枚を越える報酬を手にした時、銀貨一枚を神へ捧げる事。
銀貨二枚は彼にとって必要最低限の生活を営む為に必要である。
しかし銀貨三枚となればその生活に余裕が出来る。
余裕は心に弱さを生む元凶であると彼は考える。
故に彼は神に祈りを捧げ、奉仕することで自らの気持ちを引き締める為にこのような事をしていた。
アルフレッドが教会に入ると、そこには年老いた神父が教会の中を清掃しているところだった。
アルフレッドは神父に頭を下げ、そのまま真っ直ぐ神を象った像の前に片膝を立てて腰を落とし、顔の前で両手を組んだ。
静寂の中、アルフレッドはいつも通りに神へ祈りを捧げる。
『どうか俺に災いあれ』
これを祈りと称して良いものか。
彼の心の声を聞き届けた者はきっとそう思うに違いない。
しかし彼にとっての救済は、彼自身への災いによって成される。
アルフレッドという男にとって、自らの幸福など望んではいけないものであった。
暫しの間その姿勢のまま祈りを続けるアルフレッドの背後で、小さな話し声が聞こえる。
声の主は先程の老神父と、新たにこの場に現れた若いシスターであった。
「懲りずにまた神頼みですか、呆れてものも言えませんね」
「そうか、お前には、そう見えるか」
「……何か?」
「いや、何もない」
アルフレッドのこのような決まり事の全ては、時期は違えど殆どが冒険者となって直ぐの頃に始まったものである。
それらをするに至った理由を知る者は少なく、圧倒的に知らぬ者が多いだろう。
まず第一に、彼自身が他人に言うことが全く無いのだから、知っている者がいるだけでも奇跡と言える。
そしてこの教会の老神父は、その理由を知るの一端であった。
故に、彼が、アルフレッドが何を思い、何を祈っているのか。
この十年間、その祈り続ける背中を見続けていれば分かるというもの。
しかしそれを理解しているのは自分一人だけであり、ここ最近この教会に配属されたシスターになど、到底読み取れるものではないというのが何とも悩ましい事だろう。
最も神に救済されるべき敬虔なる信徒が、自ら救済を拒否するなど。
老神父は、この十年で己が道が本当に正しかったのか、自問自答を続けていた。
自らが信じる神は、彼の者を救ってくれない程無慈悲であるのかと。
神は、本当に存在するのかと。
「あ、終わったそうですね」
シスターがそう呟いた時、アルフレッドは祈りを終え、両手で挟み込んでいた銀貨一枚を像の前にそっと置いた。
そこでほんの少し、もう一枚置いていこうかと逡巡するが、これは本来であればアルフレッドが使う為にガンツ親方からいただいた臨時収入である事を思い出し、踏み止まった。
だが、アルフレッドがこれを馬鹿正直に使う事など無く、教会を後にした彼は、その日も銅貨50枚の晩飯を食べるだけで済ましたという。
アルフレッドが去って行った後の教会内で、老神父はアルフレッドが置いて行った銀貨を掴み取った。
その姿を見ていたシスターは老紳士の後ろからその銀貨を見つめる。
「お布施が銀貨一枚って、神を侮辱しているんですかね?」
「……」
お布施は気持ちの問題であり、金額ではない。
そんな当たり前のことも理解していないのかと、老神父は僅かに怒りを覚えた。
確かに他の信者からのお布施はもっと多いことは確かであり、これらが老神父たち教会にとっての運営費となっているのも事実で、少なければ教会が成り立たない。
しかし、この銀貨を嘲る事だけは、老神父には我慢ならなかった。
アルフレッドという人物の余裕のない生活を、その日暮らしでギリギリ生活している様を知っている老神父にとって、この銀貨一枚の重みは、金貨よりもずっと重かった。
それを理解しようともせず、世間の風評のみで人物を評価する。
神に仕える者としてそんな事はあってはならない。
あったとすればまだ精進が足りぬ証拠。
老神父は銀貨を強く握りしめながら、シスターと向かい合った。
今度こそ累計アクセス100を……。
シスターのその後は知りません。