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邂逅

累計PV3000、ユニーク1000を突破していました。

ありがとうございます。

 その日、アルフレッドは馬車の荷台の中、激しい揺れに吐き気を催していた。

 日中揺られ続けて半月、漸くアルフレッドが待ちに待った報告が御者から告げられた。


「あんちゃん、街が見えてきたぜ」

「あ……やっと……」


 商人の馬車に運良く乗せてもらえたことで予定より早く着くことが出来たのは良かったが、毎日のように胃の中を空にする羽目になるとは思いもよらなかった。

 荷台から顔を出して前方を確認すると、確かに街の外壁が見え始めていた。

 日の高さもそろそろ落ち始める頃でもあるし、今日中には外壁を通り、街の宿でゆっくり出来るだろう。

 そんなことに期待しつつ、アルフレッドは顔を出したついでに胃液を吐き出した。


「世話になった、ありがとう」

「タダで護衛を雇えたと思えば得したってもんよ!まぁあんちゃんは何も役に立たなかったけどな!はっはっは!」


 街に着いて商人のおっちゃんと挨拶を交わした後、アルフレッドは宿を探した。

 時期的には閑散期に当たる今の季節では比較的宿は取りやすかった。

 以前の宿とそう変わらない価格で、変わらない質を誇る、アルフレッドにとっては丁度いいボロ宿、もとい趣きのある宿を確保することが出来た。

 この宿がまたアルフレッドにとっての新たな拠点となる。

 今回は一体何年定住出来るだろうな。


「これからよろしくお願いします」

「あ、はい……えっと、十級……でお間違えないでしょうか?」

「はい」

「そうですか、じゃあ適当に頑張ってください」


 日のある内に冒険者組合所に赴き、移住手続きを済ませたアルフレッドだったが、やはり何処でも十級の扱いはこんなものかと、早々に丁寧な対応が無くなり少しだけ肩を落とした。

 まぁ記録としてはアルフレッドの冒険者歴は10年を越えており、その上まだ十級、いや、昇級もなくそのまま十級を維持している時点で見込みなど全くないことは直ぐに理解出来る。

 流石の受付嬢も薄くアルフレッドを見て嘲笑っている。

 そしてそんな情報は直ぐにこの街に広まり、明日になる頃にはアルフレッドはまた『溝鼠』に似た称号を得ることとなるだろう。

 だが、アルフレッドにとってはそれがとても都合が良かった。

 そうでないと、街を出た意味が無いのだから。


『お世話になりました』


 各方面へそんな挨拶をして回ったのは半月前。

 あのエリカとの試合の後、一月生死を彷徨ったアルフレッドは目を覚まして直ぐに行動に移った。

 一月もすれば街中の噂は全く別のものへと変わっており、最もホットな話題は『剣聖』が行方不明となった事と、次期『剣帝』の選定が終了した事だった。

 アルフレッドの事など誰も気にしていなかったが、噂というものは近くのものだけではどうなっているか分からない。

 もしアルフレッドの存在が外に薄く広まっていた場合、馬鹿の一つ覚えのように奥義を手に入れようとする輩が増えることになるだろう。

 そうなってしまえばアルフレッドは確実に死ぬ。

 流石にアルフレッドはまだ死ぬわけにはいかないため、10年も過ごした街を離れた。


「……後どれくらい、生きれば良いんだ?」


 何度この問いを自分に向けたか分からない。

 宿のベッドの上に寝転びながらアルフレッドは自問自答を続ける。

 本来途絶えるはずだった『剣神』の奥義、それを何故関係の無い自分が継いでいるのか、アルフレッドは自分の行動が既に何の意味があるのか分からなくなっていた。


 新しい街に着いてから早一ヶ月が経った。

 アルフレッドの生活はほぼ前にいた街と同じ環境に戻っていた。

 日雇いの依頼はこの街でも尽きることなく存在し、下水掃除だってお手の物。

 アルフレッドの通り名はやはりこの街であっても『溝鼠』で浸透していっていた。

 アルフレッドが今日もまた冒険者組合で日雇いの仕事を探しに歩いて向かっていると、一人の女性から声をかけられた。


「あら、『溝鼠』じゃない」


 アルフレッドの斜め前にその人物はいた。

 当然アルフレッドはその容貌を覚えていた、いや、忘れるには難しいその美しさを忘れられずにいたため気付いてはいたが、すれ違ってそのまま事なきを得ようとしていたにもかかわらず相手側から声をかけられ、一瞬たじろいだ後にその場で跪いた。


「……これはこれは、以前はとてもお世話になりました。何か私に御用でしょうかテュミア・レイダストお嬢様」


 話しかけて来た女性はレイダスト侯爵家の御息女、テュミア・レイダスト。

 以前アルフレッドに指輪探しを依頼した貴族の女だった。

 相手がアルフレッドを調べていたように、アルフレッドも簡単にだが相手の事を調べていた。

 名前や評判程度のものであったが、確かこの街はレイダスト侯爵家の領地という訳ではなかったと思う。

 何故こんな所に。


「気味が悪いわね。別に今はプライベートよ、楽にしなさい。目立って仕方ないわ」

「いえ、そういう訳には……」


 逆に目立ってしまえば相手の都合が悪くなるだろうと考えての行動だったりする。

 プライベートだと言うのは服装や護衛の数からして最初から気付いていた。

 だからこそアルフレッドは聞きかじった知識を使ってそれっぽい礼儀を示してみせているのだから。


「騒ぎを嫌って私が去るのを期待しているのでしょう?貴方はそういう性格だもの」

「……」


 何故かバレていたようだ。

 この女とはあれきり会っていないし、それ程アルフレッドを気にしていたようにも見えなかったのだが、あれから何か調べていたというのだろうか。

 なんと暇な事で。

 何も答えないアルフレッドに対し、テュミアは溜め息を吐いてから再び歩き出した。

 アルフレッドは漸く解放されると思い膝を浮かせると、テュミアは振り返って言った。


「ついてきなさい、これは命令よ」

「了解しました」


 アルフレッドは権力に歯向かうような愚か者ではない故、返事は即答であった。


「きっと貴方には広すぎて落ち着かないでしょうけど、この屋敷で一番小さい部屋がここなのよ、我慢しなさい」


 テュミアの屋敷に強制的に連れて来られた、いやついて行ったアルフレッドは通された部屋の大きさは勿論、その他の調度品に目が眩みそうになった。

 あの壺一つでアルフレッドが死ぬまで生きていける程の値段がするのではないかとさえ思える。

 こんな所にいては自分の今の生活水準が惨め過ぎて泣きたくなってくるアルフレッド。

 そんなアルフレッドは部屋のドアを潜る前に言った。


「我慢出来ないんで帰っていいですか?」

「面白い冗談ね」


 それはそれはとても素敵な笑顔だった。


「気に入っていただけたなら光栄です」


 アルフレッドは底辺冒険者である。

 権力によって簡単に折れてしまう、そんな冒険者である。

 暫く待っていろと言われたアルフレッドはソファーに座ることが恐れ多く、キョロキョロと周りを見渡しながらドアの近くに立ち続けていた。

 部屋にいた使用人らしき女性から「取り敢えず座れよ」と言った風な厳しい視線を浴びながらも。

 そうして待っていると漸くテュミアが先程とは違った貴族らしい服装で部屋に現れた。

 その後ろには二人の男がおり、一人は以前会った事のある使用人の男。

 そしてもう一人は――


「久し振りだな、『神童』」


――『剣鬼』デューク・フォーラムであった。

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