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理解出来ぬ女

「なんだ、まだ死んでなかったのか」

「……」


 アルフレッドは自室まで帰ってくると、ベッドの上で身を縮めるように丸くなり座っている少女を見て素直な感想を告げた。

 流石は貧民と言ったところだろうか。

 数日飯を食わなくてもこの場でジッと耐えることは出来るということなのだろう。

 少女はアルフレッドを見ることなくただジッと座ったまま。

 そんな少女に対しアルフレッドは先日買った毒を袋ごと差し出す。


「毒だ、飲みたいなら飲め」

「……い、嫌……」


 ここで漸く少女は顔を上げてアルフレッドを見た。

 今にも泣きそうな顔で、あまり力も入らないだろうに、必死に首を横に振って毒を拒否する。

 その反応がとても新鮮で、アルフレッドは少女を少し試す事にした。


「どうしてだ?」

「死にたく……ない……」

「生きてても、良いことなんて無いぞ?」

「……」


 結局、そうなのだ。

 死ぬ事と生きる事、アルフレッドにとってその二つはどうでも良いことだった。

 死ねば楽だ、もう何もしなくて済む。

 生きるのは辛い、いろいろしないといけない。

 そう考えると、死んだ方がいいのではないかとさえ思う。

 生きていて良かったことなど、アルフレッドにあっただろうか。

 思えば、アルフレッドにとって最も幸福だった瞬間は、母の死に際に抱き締められた時だったろうか。

 厳しかった母に、最後の最後に優しくされた思い出。

 そんなことくらいしか、アルフレッドにはなかった。

 それ以外の思い出など、辛いものしか残っていない。

 少女は俯いたまま答えない。

 答えられる筈がない。

 今までの生活は苦しくて、その上あんな目に遭って、生きていて良かったなど思えるはずがない。

 アルフレッドは返答の無い事を確認すると毒を仕舞い、再び部屋を出て行こうとする。

 すると黙り込んでいた少女が再び口を開く。


「何処に、行くの?」

「冒険者組合所だ」

「そう……」

「飯を食う気があるなら宿の主人に言え、金は払っておいてやる」

「……」


 特に何も言わなかった少女を置いてアルフレッドは冒険者組合所へと向かった。

 向かっている途中、アルフレッドは先程の少女への問いかけを今一度思い返していた。

 生きていたって良い事なんてない。

 なら何故自分はまだ生きているのか。

 答えはある。

 生きなくてはいけないからだ。

 どれだけ惨めであっても、アルフレッドは生き続けると決めた。

 あの時に、十五年も前に、俺はそう決めたんだ。

 剣を捨てると共に、あいつに誓ったんだ。

 冒険者組合所に着くと、何やら中から騒がしい声が聞こえて来た。

 まぁどうせ何処かのパーティが大物を狩りとって自慢話を披露しているのだろうと、アルフレッドは気にせずに中へと入った。

 するとその瞬間、中の騒ぎは静まり返り、その中にいた全ての視線がアルフレッドに集まる。


「漸く来たか、『溝鼠』……いや、アルフレッド・グレンヴィル!!!」


 奥の方から聞こえて来たその声にはとても聞き覚えがあった。

 ここ数日で何度か聞いた声だったがために、覚えているのも当然と言えた。

 組合所の中にいた冒険者たちは道を開ける様に左右に分かれ、その姿がアルフレッドの視線の先に現れる。

 そいつは腰に二本の剣を携えた女剣士。

 次期『剣帝』候補筆頭、エリカ・ディオーラだった。

 遅かれ早かれ、エリカが自分の前に現れるだろうとは『剣聖』と対峙した時から思っていた。

 しかしここまで早いとは思いもよらなかった。

 アルフレッドは知っている。

 『剣帝』の流派において、グレンヴィル家と関わることは禁じられていることを。

 そしてそれはエリカも承知している筈。

 その上でアルフレッドの前に立っているというのであれば、やはり目の前の女は愚か者だと認めるしかない。

 万が一、エリカが愚か者でないとするなら……いや、そんな事、ある筈がない。

 アルフレッドは入り口で思考を巡らせた後、今日は休みにするかと踵を返した。


「待て!」

「……何だ?」


 アルフレッドがエリカに対して背を向けた途端、今まで両者の間にあった距離を一瞬で詰めたエリカがアルフレッドの肩を掴んだ。

 『剣帝』の流派に存在する間合いを詰める技法であったとは思うが、イマイチ名前が思い出せないなと思いながら、アルフレッドは首だけで振り向いて応答する。


「『剣聖』に何をした?」

「……何も」

「奥義を使ったんだろう?」

「知らない」


 エリカの問いかけに対してアルフレッドは淡々と答える。

 どうせこの先の展開が読めているのだから、どう答えた所で変わらないとアルフレッドは既に諦めていた。

 アルフレッドの思考は既に、その騒ぎの後、この街を去るとして何処に行こうかと引っ越しの算段をするのみであった。

 『剣神』の奥義を知る者がこの街には多すぎる。

 更にはその使用者の存在が明るみとなってしまった。

 これ以上の滞在は危険だ。

 そんなアルフレッドの気も知らず、エリカは全く気にすることなく声を大にして触れ回る。


「私と勝負をしろ!そして『剣神』の奥義、それを手土産として私は『剣帝』を継ぐ!」

「……」

「当然、受けてもらえるな?」

「……」

「無言は肯定と受け取る。では表に出てもらおう」

「……はぁ」


 アルフレッドはただ、溜め息を吐くしかなかった。


 勝負の場として選ばれたのは街の噴水前の広場。

 アルフレッドにとっては何故か最近縁のある場所である。

 その場でアルフレッドとエリカは対峙していた。


「我が名はエリカ・ディオーラ。次期『剣帝』候補筆頭にして、二級冒険者だ!」

「……アルフレッド、『溝鼠』、十級冒険者」


 エリカが名乗りを上げたのをぼーっと突っ立って見ていたアルフレッドだったが、エリカの視線がお前も言えと言わんばかりの強いものであったため、仕方なくアルフレッドは名乗った。


「何故フルネームで名乗りを上げない!今更隠す事もないだろう!」

「……」


 隠すとか、隠さないとかは関係ない。

 アルフレッドは名乗ることが出来ないのだ。

 アルフレッドはグレンヴィルを名乗る資格が、いや、家名に資格など関係ない。

 必要なのは、血なのだから。


「まぁいいだろう。武器は何が必要だ?これだけ冒険者の観客がいるのだ。得意な武器の一つや二つ借りる事も出来るだろう」

「いや、これで良い」


 周りの野次馬たちを見渡したアルフレッドだが、そんな奴らの武器を使う気は元よりなかったし、何よりアルフレッドに武器など必要ない。

 アルフレッドは護身用のナイフを手に持ち、エリカに見せる。

 するとエリカはその姿を鼻で笑う。


「ふん、『剣神』の奥義を使うと言うのにそんなもので良いのか?何だったら私の剣を一本貸してやってもいいぞ。貴様如きに二本も必要ない」

「大丈夫だ」


 アルフレッドは適当に構え、いつでもかかって来いとエリカに合図を視線で送る。

 エリカもそれを受け、これ以上は何も語らず、双剣を鞘から抜き放ち構える。

 両者は互いに見つめ合い、相手の様子を伺う。

 数分の沈黙を破り、先に動き出したのはエリカの方だった。

 勝負は始まってしまえば一瞬の出来事だった。

 エリカの一太刀目を躱した所までは良かった。

 しかしエリカの流派は『剣帝』、手数に物を言わせている流派である。

 一太刀目から始まる怒涛の連撃に対し、アルフレッドは為す術なく切り刻まれて行った。

 その呆気なさにエリカは途中で剣を止め、唖然としてその場に血塗れとなって倒れるアルフレッドを見下ろした。

 先程まではこの勝負を面白がり、騒ぎ立てていた野次馬共も、あまりの一方的な試合に口を塞ぎ、一人、また一人とその場を離れて行った。

 野次馬たちはエリカからこう聞かされていた。

 『溝鼠』と呼ばれているのは仮の姿、本当の姿は『剣神』の奥義を受け継ぎし猛者である、と。

 次期『剣帝』候補筆頭であるエリカがそう言うのであればもしかしたらそうなのかもと思い始めていた野次馬達だったが、この試合を見て改めてアルフレッドはただの『溝鼠』であるのだなと再認識することとなった。


「どうしてだ……何故、奥義を……」

「……」


 アルフレッドを見下ろしながら、エリカは独り言のように呟いた。

 しかしアルフレッドは答えず、いや、既に意識を失っており答えることが出来なかった。

 エリカが呆然と立ち尽くしていると、その場に一人の少女が駆け寄って来た。


「おじさん……?どう、したの……おじさん?」


 アルフレッドに駆け寄り、その場に膝を着いてアルフレッドの肩を揺する少女。

 それはアルフレッドが拾った貧民の少女であった。

 そしてその少女の事は当然エリカも覚えていた。

 自分が助けた少女の事だ、数日程度で忘れるわけがなかった。


「君はこの前の……元気にしていたか?何故その男を知っている……?」

「この人は、私を、助けてくれた……あんたのせいで、犯された私を!!!!!」


 少女は叫んだ。

 自分自身がこれほどまでに大きな声を出せたこと自体に驚くぐらい、大きな声で。

 少女の心の中にはどす黒い、負の感情があの時からずっと渦巻いていた。

 その感情が苦しくて、辛くて、死んでしまいたくなった。

 でも、いざ死ぬとなると怖かった。

 生きていても辛いのに、死の恐怖がそれより優っていたために、死を選べなかった。

 そして次に、この感情の捌け口を探したが、見つからなかった。

 アルフレッドに対してだけは、この感情を押し付けることが出来なかった。

 それだけは少女の中に残る正の感情が止めた。

 しかし今、少女の前にエリカが現れた。

 自分がこんな目に遭ってしまった原因とも言うべき女が目の前にいた。

 故に、感情を抑えることが出来なくなり、エリカに向かって叫びとしてその全てをぶつけた。


「犯された……?何が、どういうこと……?」

「どっかいって!あんたの顔をこれ以上私に見せないで!!!」

「え、えっと……」

「いって!!!!!」

「っ!?」


 動揺を隠せないエリカに向かって少女は泣き叫ぶ。

 それを見てエリカも立ち去るしかないと思い、未だ納得のいっていないような表情でその場から立ち去って行った。

 エリカが立ち去った後、少女はアルフレッドをどうにかしようとするが、ここで少女は自身のことを理解する。

 ここ暫くまともな食事も無く、数日は飲まず食わずな上に、いきなり思いっ切り感情のまま叫んだことにより、残されていた体力が尽きてしまっていたことを。

 少女はアルフレッドの上に覆いかぶさるようにして倒れ、そのまま眠りについた。

今月もう一回投稿(目標)

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