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折れた剣

短くて申し訳ないです。

 男は一人、ただその場に立ち尽くしていた。

 思考の全てを放棄し、空っぽな状態でただ倒れていないだけ。

 男の名はカイン。

 『剣聖』と呼ばれる男。

 否、既に頂より堕ちた、ただの男である。


「『剣聖』?どうしたのこんな所で?」


 そんな男に背後から声をかける者がいた。

 腰に二本の剣を提げた女剣士、次期『剣帝』候補筆頭、エリカである。

 カインはゆっくりと視線をそちらへ向け、目が合った瞬間に、逸らした。

 眩しかったのだ。

 先日自らが打ち負かした相手が、自分より強く、そして輝いているように見えたのだ。

 既にカインの腰に剣は無く、鋼鉄の棒切れが足元に転がっていた。

 それだけでもう、剣士としての差は歴然と言えた。

 そしてその事に気付かないエリカではなく、すぐにカインに問いかけた。


「『剣聖』、剣を落としているわよ?」

「は……ははっ……」


 カインはただ乾いた笑い声を発した。

 無心でいた心に、ほんの僅かに感情が蘇った。

 自らの滑稽さを笑うために。


「『剣聖』?一体どうしたの……?」


 明らかに様子がおかしい。

 その事を理解したエリカはカインの様子を伺う。

 別段何処かを怪我しているわけではない。

 ただ先日の試合の際に感じたあの力強い雰囲気が、一切感じられなかった。

 何よりこの様な往来で、このまま無様な姿を『剣聖』が晒していいわけがない。

 そう感じたエリカは、一旦自身の泊まっている宿に連れ帰る事にした。


「どう?少し落ち着いた?」

「……あぁ」


 宿に着いてからしばらくした後、漸くカインがまともに受け答えする様になった。

 エリカは水を渡し、カインと向き合う様にして座った。


「で?一体何があったの?貴方程の人が」

「俺程……?俺程ってなんだ?」


 急にカインの声が低くなり、口元が酷く歪んだ。

 口角が痙攣しているかの様に震え、縋るような視線をエリカに向けた。


「え?だって貴方は『剣聖』よ?そんな貴方がここまで消耗しているなんて、一体どんな奴にやられたの?見る限り怪我をしていない様だから勝ったのでしょうけど……」

「ふふ……ふははははっ!!!『剣聖』!?俺が!?馬鹿なこと言ってんじゃねぇよ!誰があんなもんいるか!何が奥義だ!俺は!俺は何のために……今まで……」

「奥……義?」


 いきなり叫び出したカインの言葉の中に、気になる単語が含まれている事に気づき、エリカは小さく呟いた。

 当然の如く、エリカにとって奥義など一つしか心当たりがない。

 『剣神』の奥義。

 『三剣』に受け継がれることのなかった最強の技、剣術の最果て、それを修めた者は全てを支配するとまで言われる奥義。

 エリカはその言葉を聞いて現状をある程度理解した。

 つまり、カインの相手は噂に聞く伝承者。

 自らの『剣帝』の流派では禁忌とされている『剣神』の奥義への接触。

 エリカは今のカインの状態を直に感じて、禁忌とされている訳を理解した。

 先日カインと試合をした時、エリカは自身との力量の差を感じた。

 その差は自身が最もよく理解しており、もし自身が『剣帝』になれたとしても数年は届く気がしなかった。

 そんなカインが今ではもう強いとも感じることが出来ない。

 言ってしまえば、老衰した男のようであった。

 そしてエリカはそんなカインを見て思ってしまった。

 あれ程の強さを誇っていた男がここまで消耗してしまう奥義、それは一体どれ程のものなのだろう、と。


「剣せ……カイン、伝承者はどんな奴?」


 そうしてエリカは、宿から飛び出る様にして出て行った。

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