グレンヴィル家
遅くなってしまい申し訳ありません。
ある程度書き溜めてから更新しようとチマチマ書いていたのですが、ここ最近忙しく思うように時間が作れませんでした。
今回は取り敢えずエタる気はないですよという意思表示のために1話だけ。
次回も遅くなると思いますが、何とか頑張って早めに更新したいと思います。
「アルフレッド!しっかりしなさい!アルフレッド!」
「五月蠅いな……」
「っ!?よ、良かった……良かったよ……もう、止めてよ、こんな事……」
キンキンと耳に響く甲高い声に叩き起こされ、アルフレッドは柔らかなベッドから身を起こす。
ベッドの傍らには見慣れた薬屋の娘。
何故自分がここにいるのか。
そんな事は考えるまでもなく分かっていた。
何故なら、二度目であるからだ。
「フィーナ、ティータさんは?」
「追加の薬を、調合してる……私の魔法は、もう……意味ないから……」
「そうか」
フィーナの回復魔法の効力が無いという事は、つまりアルフレッドは丸一日以上眠りについていたことになる。
何処か痛みが無いか確認するが、恐らく傷口があったのであろう胸から腰に掛けて巻かれている包帯の内側からは特に何も感じない。
血で赤く染まっていない事から既に止血も済み、傷口も塞がっているのだろう。
きっとこれはフィーナの魔法のお陰なのだろう。
アルフレッドは暫く動かしていなかったために固まっている節々をゆっくりと伸ばし、ベッドから立ち上がった。
特に体に問題は無い。
それだけ分かっていればもうここに長居する必要も無い。
「じゃあ、世話になった。代金は後でまとめて請求してくれ」
「待って!まだ治り切ってないのに!」
「どうせ戦う事もしない底辺の体だ。多少の傷くらい問題ない」
「でも――」
「――金貨1枚」
アルフレッドを止めようとするフィーナの言葉を遮るようにして、いつもと違った冷淡な声色のティータがドアの前に立っていた。
アルフレッドはその姿を確認すると、歩みを止めずに横を通り過ぎる。
「分かった」
それだけを言い残し、アルフレッドは部屋から出て行った。
言葉だけでの約束が成立したのを確認するだけで、ティータは何も言わずにアルフレッドを見送った。
その事に納得のいかないフィーナはティータに詰め寄る。
曰く、何故重症患者のアルフレッドをあっさりと返してしまうのか。
その問いに応じるティータの表情は、苦虫を噛み潰したようなものであった。
「アルフレッドは無償の施しを良しとしない。知り合いであったとしても正当な金額を支払う真面目な男だ。つまり、これ以上は払えないと分かっていたんだろう」
「でも!」
「金額の殆どは、貴女の回復魔法による施術料よ」
「……え?」
そんなのは初耳だと言いたげな呆気にとられたような表情で、フィーナは自分の母親を見る。
フィーナとしては今回の事は慈善事業に近いものと考えており、そもそも知り合いが瀕死の重傷であったのならば助けるのは当然のことで、代金など請求するつもりは毛頭なかった。
なのに、自分の考えに関係なく、目の前の母親は代金に含めていたという。
ならば、自分のやって来たこととは何だったのか。
自分は誰を助けたくて腕を磨き続けていたと思っているのか。
母親ならば恐らくその事に気付いていて当然だというのに、その上で代金を請求していたなど、フィーナには信じ難かった。
「嘘……だよね?」
「アルフレッドは誰からも無償の施しを受けようとはしないわ。それが自分の家族であろうとも」
「なんで……」
困惑するフィーナに対し、ティータは一つ質問を投げかけた。
「フィーナ、貴女は育ててくれた私に対して、どう思ってる?」
「そりゃ……感謝はしてるわ……」
「アルフレッドは……いえ、グレンヴィル家の人間は、そうじゃないのよ」
「グレンヴィル……?」
ある意味、子であれば当たり前の回答をフィーナがしたことで、ティータは一つ呼吸を整えてからアルフレッドについて初めてまともに語ろうとしていた。
アルフレッド・グレンヴィル。
その姓について知らぬ者はいないとされている程に有名で、史上でこの姓を使用していた人物は一人しかいないとされている。
当然フィーナもその姓については知っていた。
その姓は、かつて『剣神』と呼ばれた者が使用していたから。
「グレンヴィル家は代々一人しか子を作らず、10になれば奥義を授け、奥義を知る者は一人しか存在してはいけないという掟により、子が親を殺す。これにより親は祖先の縛りから解放され、子は親に最大の孝行をしたこととなり、産み育ててくれた恩を返すのよ」
「……」
ティータの話を聞いていたフィーナは、何も口にすることが出来なかった。
理解が、出来なかったのだ。
それは本来親不孝とされる行為で、決して許される様な行為ではないのに、それを良しとしている掟がフィーナには理解出来なかった。
そして何より、あの常日頃飄々としている青年が、そんな罪を背負いながら生きていることを知らなかった自分が恥ずかしかった。
グレンヴィル家の掟、奥義など、フィーナには分からないことだらけで、気持ちの整理が全く出来ないが、これだけは口をこじ開けてでも言いたかった。
「バカ……」
フィーナは消え入りそうな程小さな声で呟き、そのまま床に崩れ落ちた。
その姿を見て、ティータはそっとしておこうと部屋から立ち去った。
ティータ自身、やるせなさというものは感じていた。
ティータがアルフレッドの出自に関して知っているのは偶然ではなく、自らが追い求めていたからだ。
『剣帝』の流派を古くに修めていたティータは、一度『剣帝』の座に着いていた事があった。
しかしそれは当時の『剣帝』が後継者を決める前に他界し、突如空席となってしまった座に持ち上げられただけであり、要は次期『剣帝』を選定するまでの繋ぎ役であった。
そして『剣帝』亡き後、どのようにして選定するかと会議した結果、剣術大会を開催し、その優勝者をということになった。
最終的に勝ち残った若い男が次期『剣帝』になると誰もが考えていた。
しかし男は言った。
このような選定方法では皆が納得しないから、俺は奥義を修めて『剣帝』となる、と。
この一言が、ティータの人生を変えてしまったと言っても過言ではなかった。
この事がきっかけで、ティータはグレンヴィル家との邂逅を果たした。
『剣神』の末裔、グレンヴィル家の人間を見つけるのは意外と簡単だった。
何故なら、奥義欲しさにグレンヴィル家の人間を探している者が意外に多かったからだ。
そんな中、知り合いの剣士何人かに話を聞いていく内に奥義を実際に体験した者がいた。
その剣士はティータと『剣帝』候補の男にこう言った。
行くべきではない、と。
しかし男は引かず、居場所を聞き出し、ティータと男はその場へ向かった。
そうしてグレンヴィル家の人間を見つけ出し、男は当時の当主、メアリーと対峙した。
ティータ自身、『剣神』の残した奥義というものに興味があった。
メアリーに立ち会いの許可を得ようとしたティータに対し、メアリーはこう言った。
「貴女はエルフですね。では、決してその先の長い歩みの中、奥義についての情報は他言無用でお願いします」
その時、実際にティータが見た奥義、それは知っていればとても単純で、傍から見ればただの役に立たないものだった。
しかし、その奥義によって『剣帝』を目指していた男の心は完全に折れた。
肉を切らせて骨を……いや、心を断つ。
『剣神』の残した奥義とは、剣士であればあるほど効果の大きい、とても非道なものであった。
まして、剣士が決して覚えるべきでない奥義であるとも、ティータは感じた。
その後、ティータはメアリーを手当てしている間、少しだけ話が出来た。
その時、最も衝撃的だったのは、メアリーの腹の中には子がいるということだった。
もしこの事を男に伝えてしまえば、もう男は立ち直ることさえ出来なくなるだろう。
そう考えたティータはその事を告げず、男と共にその場から立ち去った。
以降、ティータは自身が『剣帝』である内に、一つの掟を作った。
『グレンヴィルに関わる事を禁ず』
この掟により、『剣帝』の流派を修める者の中で奥義を求める者は減少した。
しかし力ある者程、逆にこの掟を破る者が多く、ティータより後の『剣帝』の実力は目に見えて下がっていったという。
「あれからもう数十年、まさかまた関わり合いを持つ事になるなんて、皮肉なものね」