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底辺と剣聖

遅れて申し訳ありません。

 目深にフードを被り、周囲に気付かれない様にしているカインを横目にアルフレッドは沈黙する。

 答えに迷っているのではない。

 今後について悩んでいたのだ。

 最近、自身の出自について勘付かれることが多くなったように思う。

 カインとは直接接点はなかったが、恐らく師からアルフレッドの事を聞き及んだのだろう。

 この街に偶然来ていたと思ったが、カインに情報を流すためだったのか。

 想像でしかないが、あの貴族に情報を伝えたのも奴だろう。

 そうでなければ『神童』などという言葉が数日程度で出てくるわけがない。

 更に言えばアルフレッドへの直接依頼。

 これに関しても助言をした人物がいるはずだ。

 アルフレッドはそこまで思考を巡らせてから、状況を整理し、嫌な予測を立てた。

 そして、不敵な笑みを浮かべながらカインに問いかける。


「負けるのが怖いのか?『剣聖』ともあろう人が」

「っ!?」

「『剣聖』だったら……『剣豪』辺りが厳しいか?」

「あんた……本当に『溝鼠』とか言われてる十級冒険者なのかよ……」


 実しやかに囁かれる『三剣』と同等、もしくは超えるともされている『剣神』とは違った流派の三つの剣。

 現『三剣』としては絶対に負けられない相手だろう。

 故にカインは奥義など噂レベルでさえ知られていないものに縋りたがっている。

 そしてアルフレッドが何故ここで『剣豪』の名を出したのか。

 それはとても単純明快。

 三つの剣の中で、『剣豪』が最も『剣聖』と似ているからだ。

 似ていると言っても細身の剣を一本使いという面だけであり、中身としては全く似ていないのであるが、世間からすれば同じような剣となるだろう。

 そんなものに負けたとなれば古参側はたまったものではない。

 今までその絶対的な強さで地位を確立していたというのに、それが危うくなってしまう。

 果てはカインだけでなく、『三剣』の強さに疑問を抱かれることだろう。


「お願いします……どうか俺に……」


 アルフレッドのような底辺に居続ける冒険者に必死に頭を下げて願い出る一級冒険者。

 周りの人々はフードによってカインの顔は見えないが、アルフレッドが誰かを知っている者はこのような光景を見て驚いている事だろう。

 周囲が騒めいているのを知りながら、当事者の一人であるアルフレッドは冷めた目付きでカインを見つめていた。

 アルフレッドは知っていた。

 何故、奥義が秘匿されているのかを。

 そして、奥義を求めた時、そいつは剣士として死ぬ事になると。


「マルスに止められなかったのか?」

「っ!?」

「なら、それが答えだ」


 マルス、元『剣聖』候補筆頭と噂されていた男。

 カインの一代前の『剣聖』を決める際に、トップを他の候補と争っていた男。

 そして恐らく、このカインの師。

 マルスの名前を出した途端、カインの体が固まった気がした。

 表情を見なくても分かる。

 マルスは情報を渡しはしたが、そこから先は止めておけと伝えていたのだろう。

 それをカインは破り、今この場にいる。

 ……なら、これ以上食い下がるようなら、俺が引導を渡してやろう。


「っ……それでも……それでも俺は強くならなければいけないんです!」

「分かった。なら、死ぬ気でかかってこい」

「え?」

「見せてやるよ、奥義って奴を」

「あ、ありがとうございますっ!」


 一瞬困惑したカインであるが、アルフレッドの言葉を聞いて瞬時に顔を上げ、喜びを露わにしていた。

 アルフレッドはこのような顔に幾度か見覚えがあった。

 そしてその後、こんな顔をした事を後悔するのだ。

 大人しく、師の言う事を聞いておけばいいものを。


「じゃあ、取り敢えずかかってこい」

「……え?」

「かかってこいって言ってるんだ。この奥義は相手がいないと成立しないからな」

「ですが……」


 アルフレッドが立ち上がり、両手を広げてカインに向き合うと、カインはどうすればいいのか思案していた。

 いきなりかかってこいと言われてもそういぅた反応を返すのが普通だろう。

 何よりアルフレッドは武器らしいものを持っていない、丸腰だ。

 そのような相手に対して剣を向けるなんて、まぁ無理だろう。

 仕方ない、とアルフレッドはカインの腰にぶら下がっている剣を見つめる。


「じゃあ予備の剣を貸してくれ」

「はい、それなら……」


 カインから予備の剣を受け取ると、アルフレッドは軽く振り回して感触を確かめる。

 別に必要のない動作だが、一応やっておいた方がやる気がありそうに見えるだろう。

 アルフレッドは取り敢えず手に持つ長剣に合う構えを取る。

 つまり、『剣聖』の構えだ。

 それを見てカインも漸くやる気を出したのかアルフレッドと同じ構えを取る。

 同じ流派の者が戦う場合、勝敗は基本的に身体能力と技のキレで決まる。

 この場合で言えば、アルフレッドがカインに勝つ事などあり得ない。

 あり得ないというのに、何故こんな事をする必要があるのか。

 周囲の人々は流石にカインの存在に気付いたようで、騒めきが大きくなっていった。


「『剣聖』が『溝鼠』と勝負!?」

「おいおい、何かの間違いだろ……」

「『溝鼠』って剣使えんのか?」


 周りのヤジなど関係なく、カインはとても集中しているようだ。

 ただ真っ直ぐ、その瞳はアルフレッドを見つめていた。

 良い剣士だと心から思う。

 それ故に、とても残念でしかない。

 開始の合図は特に無い。

 いや、両者が構えたその瞬間からこの勝負の幕は開けていたのだろう。

 ただカインはアルフレッドの様子を伺い、動いていないだけ。

 ならば、アルフレッドから動くのが道理というものだろう。

 片足を一歩踏み出した。

 その瞬間、カインの切っ先が脛を軽く撫でる感触の後、痛みが生じた。

 傷口が熱を帯び、血が溢れ出す。


「本気で来てください。出し惜しみしてると、死にますよ?」

「みたいだな」


 そんな事言われてもなぁ。

 アルフレッドは全力を出していた。

 まさか第一歩目で相手の間合いに入ってしまっているとは思わず、驚いた。

 昔は剣を握っていた時期もあったアルフレッドであったが、それももう遠い記憶。

 『剣聖』と渡り合える程の力量など最初から持ち合わせてはいなかった。

 故にこれは勝負などでは無い。

 一方的にアルフレッドが切り刻まれるだけの、カインのワンマンゲームだ。



 幾たび剣を鍔迫り合い出来たか。

 そんな事を考えてしまうほど、アルフレッドの剣は歯が立たなかった。

 身体中に無数の浅い切り傷が出来、全身が血塗れになっていた。

 しかしこれだけで済んでいるのは一重にカインが手加減をしてくれているからだ。

 もし本気であれば、カインはあの初撃でアルフレッドを殺す事が出来ていたはずなのだ。

 カインは構えたままアルフレッドを見つめる。

 その瞳には既に闘争心というものが無くなっていた。


「やはり、噂でしかなかった……そういう事ですか?」

「噂か……」


 火の無いところに煙が立たないように、噂も全く根拠の無いものであれば自然と消滅してしまうもの。

 しかし、この噂は根深く、『剣神』の頃から語り継がれているもの。

 そんなものが、ただの噂である筈は無かった。


「次で最後にしましょう」

「……」

「どうしました?」

「来いよ……全力で、殺しに来い……」

「っ!?」


 その瞬間、思わずカインが震え立つ程の殺気をアルフレッドが放った。

 その瞳には既に目の前のカインしか捉えておらず、剣の構えはカインの師であるマルスを上回る程の歪みのない形であった。

 カインは固唾を必死に飲み込んだ。

 一級冒険者である彼が、『剣聖』と讃えられる彼が、ドラゴンをも葬り去る程の彼が、ただの十級冒険者に恐れを抱いていた。

 カインは確信した。

 今度こそ、来ると。

 奥義が来ると。

 手汗が滲み、今までにない緊張感に苛まれる中、カインはアルフレッドの動き出しを捉えた。

 まるで煙が揺らめくような動き。

 捉えづらく、だが確実に此方を殺しに来ている動きに、カインは対応する。


「はぁあああああ!!!!!」


 勝負は一瞬の出来事であった。

 結果だけを見れば、誰もが想像した通りの結末であった。

 しかし、両者共に膝を着いていた。

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