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忘れられし者

 人は最終的には自分の力で立てなくてはならない。

 動物の様に生まれてすぐに立てとは言わない。

 足に怪我をしている状態で立てとは言わない。

 だが、立てる者は立てなくてはならない。

 例えそれが女子供であったとしても。


 アルフレッドは珍しく昼間に何の仕事もせずにぼーっとしていた。

 金は無いが、今日明日を過ごすほどの蓄えはある。

 久方ぶりの休日を楽しんでいるのかと言えばそういう訳でもない。

 アルフレッドは悩んでいた。

 自らの今後について。

 自分がこのまま冒険者であり続ける事が本当に正しい事なのか、分からなくなってきていた。

 ガンツ親方の下で働かせてもらえば、今より良い生活が出来る。

 冒険者として一発を狙わずとも、弱い魔物を狩る低級冒険者として活動して行けばもう少し余裕が出来る。

 もっと他に、そんな事を考え始めてしまった原因は先日の一件にあった。

 一級冒険者カインがドラゴンの討伐をしたあの日。

 エリカが余計なお節介を焼こうとしてアルフレッドが邪魔をしたあの日。

 アルフレッドは一人の貧民少女を拾った。

 あれから一週間、アルフレッドの生活の傍にその少女がいること以外は特に変わり映えのしない日常を送っていたアルフレッドであったが、昨日その少女が初めて口を開いた。


「殺してください」


 当然の事だと、アルフレッドは逆にその言葉を聞いて安心した。

 昨日まで全く口を開かず、身動きもせず、ただそこにいただけの少女がそれまで何を考えていたのか。

 あの出来事を考えればそんな言葉が出てくるのも妥当だと思えた。

 アルフレッドは身近にあったナイフを手に取り、少女の首筋に触れないくらいにまで近付けた。

 そして、小刻みに震える少女に向かって言う。


「死にたいなら、そのまま前に倒れれば良い。自然と首が刃に当たって、お前は死ねる」


 アルフレッドは善人でもなければ悪人でもない。

 ましてや殺人者でもない。

 わざわざ助けた少女を自ら手にかけるようなことは決してしない。

 だが、死にたいのであれば、それを助けてやる事はする。

 凶器を貸してやる事はするし、それが上手く使えないなら補助してやる事もする。

 しかし、最終的に決断するのは、選択するのは当人に任せる。

 それがアルフレッドなりの優しさであった。

 少女は振るえる身体を自らの腕で抱きしめる様にして抑え、ゆっくりと上半身を前に倒していこうとする。

 ゆっくり、ゆっくりと倒れていくことで、ナイフの刃が首筋に当たり、少女の肉や脂肪のない筋張った皮膚に食い込んでいく。

 血が滴り、もう少しで太い血管に到達する所で、少女は身を引いてしまった。


「痛い……痛いのは、もう、やだ……」

「明日、毒でも買ってきてやる」


 痛む首筋を抑えながら涙を流す少女を見据えながら、アルフレッドはそう言った。

 それに対して少女は特に何の反応も示さなかった。


 アルフレッドはふと手に持った小袋を見つめる。

 この中には毒薬が入っている。

 ティータさんの店で先程購入してきたものだ。

 一体何に使うのかと執拗に聞かれたが、適当にはぐらかしておいた。

 流石に貧民の少女を殺すためとは口が裂けても言えないだろう。

 しかしどうしたものかと、アルフレッドは再び考えに耽る。

 もしこの薬を少女が飲まなかったら、どうするのか。

 アルフレッドはその先の事を考えていた。

 別にアルフレッドとしては助けた者が元気を取り戻したのであれば、それでさよならでもいいと思っている。

 しかしそれは本人が望んで出ていくという結果だ。

 仮にあの少女が出ていくという選択を選ばなかった場合、アルフレッドに少女を捨てるという選択は無い。

 それこそ、エリカと同様になってしまうからだ。

 アルフレッドはそれだけはしたくないと考えている。

 助けてしまったのであれば、その者の選択を尊重した助けを差し伸べてやるつもりでいる。

 それを考えていると、アルフレッドは今のままで良いのかと思い始めてしまったのだ。

 アルフレッドの現在の貯蓄はあの事によって極僅かしかない。

 一人で生活する上では無駄遣いをしなければ何とかなる程度であるが、これがもし長期間において二人分の生活を維持しなければならないのであれば話は別だ。

 そんな少ない蓄えはすぐに底を着き、貧民のような生活へとなり果ててしまう。


「だから、関わりたくなかったのに……」


 そうは言いつつも、アルフレッドの表情に怒りはない。

 もしあれがエリカでない別の誰かが貧民を助けようとしていたのであれば、こんなことにはならなかったかもしれない。

 自らがその後の想像をしなければ、拾う事もなかったかもしれない。

 そんな事を考えても、結局は既に起きてしまった事で、どうしようもない事だった。

 アルフレッドは溜め息をつきながら、いつ頃宿に戻ろうかと噴水の前で佇んでいた。

 一人でいたい気分だった。

 それなのに、こういう時に限って一人になれないのは何故だろうか。


「アル先輩、こんな所でどうしたんですか?」


 急に目の前に現れた人物にアルフレッドは特に興味を示す事もなく無視してやり過ごそうとした。

 しかし相手はそうなることを理解していたのか無断でアルフレッドの隣に腰かける。


「先輩、いつになったら自由になるつもりなんですか?」


 自由だなんて言葉をアルフレッドはとても嫌っていた。

 相手もそれを分かっている。

 分かった上で、アルフレッドの興味を引くために言っていた。

 そしてこれでも無理だと理解した相手は、爆弾を投下した。


「『剣神』の末裔が、良い御身分ですね」

「っ!」

「ははっ、やっと俺を見ましたね」


 相手の胸倉を瞬時に掴み上げ、そのまま首を絞めてやろうかという程の力を指先に込めるアルフレッドに対し、当の本人はケロッとしており、アルフレッドが自分を見たことに満足しているようだった。

 『剣神』、言わずと知れた『三剣』の源流、最強の剣士にも自らの血を受け継いだ者がいた。

 しかし現在、その子孫に関しての情報は極僅かの者しか知り得ない。

 それは何故か。

 理由はとても簡単だ。

 『剣神』の才能を、子孫が受け継ぐことが無かったからだ。

 故に『三剣』などという分流が生まれてしまった。

 故に全ての者が忘れてしまった。

 『忘れ去られし英雄の恥』、それがアルフレッドのもう一つの二つ名であった。

 アルフレッドは沸騰した頭を冷やし、手の力を緩めて相手を解放する。

 そもそも何故こいつがこの場にいるのか、アルフレッドはそれが知りたかった。


「そろそろ、遊びは良いでしょう?」

「……」

「『忘れ去られし英雄の恥』だなんて、何処ぞの馬鹿が勝手に呼び始めた名。先輩に相応しいのはもっと良い名です」

「『溝鼠』くらいが丁度良いな」

「『秘匿されし英雄の剣』、『剣神』のみが使えたというそれぞれの剣による奥義。『三剣』に伝えられることのなかった秘中の秘。是非俺に教えてくれませんか?」


 そう言ってアルフレッドに懇願してくる。

 街で有名な十級冒険者に頭を下げて願い出ている者。

 まさかそれが時の人、一級冒険者、『剣聖』カインであるなどと、誰が想像しただろうか。

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