光と影
ボックスで遅くなりました。申し訳ありません。
一級冒険者は常識を覆すほどの強さを持っている。
世間一般的にはそのような評価を得ており、誰もがそれを否定することはない。
それはアルフレッドも例外ではなく、何よりもその証明とでもいえる光景が目の前に広がっていれば否定する気持ちなど湧き上がってくることもないだろう。
街の外に街中の人々が集り、一目この偉業を目の当たりにしようと一種のお祭り騒ぎと化している現状を創り出している存在、一級冒険者カイン。
数日の滞在期間の後、少し離れた場所へと遠征し、今日この日に凄まじい手土産と共に帰って来た。
人々が囲んで見物している物、それはドラゴンであった。
部位毎に切り分けられてはいるが、相当な大きさのドラゴンであることは明白であり、これを倒してしまう一級冒険者の実力は凄まじいものだと理解出来る。
アルフレッドも開いた口が暫く塞がらなかった。
自分自身と比べるとカインという人物がどれ程規格外の存在であるか。
アルフレッドは住む世界の違いを実感しつつ、喧騒から逃れる様にして冒険者組合へと向かった。
やる事はいつもと同じく、掲示板を確認し、依頼を受け、仕事をする。
そう思っていたアルフレッドだったが、何やら冒険者組合の方からも騒がしい気配を入り口付近で感じ取った。
一体何だとアルフレッドがそっと冒険者組合の中へと入って行くと、突然女の声が聞こえて来た。
「あれくらい私にだって出来る!」
受付の方で机に手を叩きつけて叫んでいた女、次期『剣帝』候補筆頭と自称するエリカは受付嬢に対して文句を付けているようだ。
「何故私がこの街にいるというのにあの程度のドラゴンのために一級冒険者を呼んだんだ!」
「そ、そう言われましても……規則ですので」
「ならば私を早く一級にしてくれ!それなら問題ない!」
「それも規則ですので……」
狼狽えながらも受付嬢はしっかり規則を守ろうとしていた。
ドラゴンなどの高位の魔物に関する討伐依頼は全て一級冒険者が受け持つこととなっている。
これは単純に余計な被害を増やさないようにするためで、ドラゴン一頭を討伐するのであれば二級冒険者を集めて討伐できないことはないが、少なくとも数人の犠牲者が出ることは確定している。
名を上げようと無理をする輩もいるが、それをすれば違反行為として降格させられる場合もあるために、そう数は多くなく、更に言えばそういった輩は長くはもたずに死んでしまう。
次の規則である昇格に関してはとても難しい。
一般的に冒険者の昇格は魔物の討伐数や依頼達成件数を加味して行われるのだが、一級冒険者になるためにはそれだけでは足りない。
一級冒険者からの推薦状が必要なのである。
一番重要と言っても良いその推薦状を得るための手っ取り早い方法は一級冒険者に自らの力を認めてもらう事。
主に正々堂々の試合にてそれを証明し、推薦状を勝ち取る。
故に先日行われた路上での試合は、エリカにとっては千載一遇のチャンスであったわけだ。
結果は惨敗であったが、それでもエリカとしては中々会うことの出来ない一級冒険者との邂逅、挑まずにはいられなかったのだろう。
「もういい!こんな街出てってやるわ!」
エリカはそう吐き捨てて冒険者組合から出ていってしまった。
アルフレッドは触らぬ神に祟りなしとでも言うかのように、いつも通り日雇いの依頼を受けた。
その日の夕暮れ、アルフレッドは日雇い依頼を終わらせて宿泊先に帰る途中、路上で小さな人だかりが出来ているのを見つけた。
一体何事だろうかと多少の興味は引かれつつも、アルフレッドはその人だかりを横目で見るだけで通り過ぎようとした。
しかしその渦中の人物を見て、アルフレッドは過ぎ去る事を止めて足を止めた。
人だかりの中心には汚れた服を着た貧民らしき少女が倒れており、数人の男がそれを取り囲んでいた。
別にそれだけであれば日常的に何処にでもありそうな風景であり、アルフレッドにとってはどうでも良かった。
だがその間に割って入って行く女を見付けてしまったのだ。
「お前たち、幼気な少女に何をしている!」
何故だか最近よく顔を見かけるエリカだった。
エリカは少女を守るようにして立ち、男どもを牽制する。
男たちもエリカが何者かを先日の試合を見ていたのか知っているようで、明らかに動揺しているようだった。
野次馬に紛れてその様子を観察していたアルフレッドであったが、流石にこのまま見て見ぬ振りもするのも寝ざめが悪いと思い、渦中へと飛び込んでいく覚悟を決めた。
「あれ、エリカさんじゃないですか。こんな所でどうかしたんですか?」
「は?誰だお前は」
知り合いでもなんでもないが、アルフレッドはエリカに対して気さくに話しかけながら近付いていった。
そしてそのままエリカの腕を掴み、男たちから離れていく。
「おい、何をする!?」
「すみません、お騒がせしました」
抵抗するエリカを他所に、アルフレッドはそのままエリカを引っ張って騒ぎから遠ざかって行った。
人だかりが見えなくなるくらいに離れた所でアルフレッドは腕を放した。
その瞬間に頬に痛みが走る。
「何故私の邪魔をした?」
殺意とも取れる程怒りを露わにした様子でアルフレッドに問いかけるエリカ。
アルフレッドは叩かれた頬を擦りながら、エリカを見ずに答える。
「助けて、どうする?」
「弱者を助けるのは強者として当然の事だ!」
「聞き方が悪かったな。助けた後、どうする?」
「後?助ければそれで終わりだろう」
その回答に、アルフレッドは溜め息をついた。
あまりにも想像通りの答え過ぎて、頭を抱えたくなるほどであった。
あの手の騒ぎは日常茶飯事であり、基本的に無視するのが一番だ。
貧民はそれを受け入れているし、平民はそれでストレスを発散する。
抵抗などすれば、後にもっと酷い目にあわせられる。
同情や正義感から貧民を助けるのであればそれ相応の覚悟をもって助けなければならない。
一度助けたことで助けた側は満足するだろうが、助けは二度も三度も現れない。
一度誰かによって助けられた貧民は、狙われやすくなる。
ストレスを発散出来なかった平民が、怒りを溜めて行ってしまう。
循環されている流れは堰き止めてはいけない。
決壊した時、更なる災厄が起きてしまうから。
「……お前、次期『剣帝』候補筆頭だったな?」
「そうだが、それがどうした?」
「自称でないなら、『剣帝』もお前の代で途絶えるかもな」
「貴様……殺されたいのか!」
「やってみろよ。お前が継げなくなるなら、『剣帝』もまだ細々とやって――」
鼻先をかすめたかと思うくらいの風圧が感じられて思わずアルフレッドは言葉を止めた。
多少呷っただけでエリカは怒りを露わにする。
良く言えば正直者、悪く言えば単純馬鹿。
後先考えずに感情のみで剣を抜くとは剣士にあるまじき行為。
アルフレッドが丸腰なのに対し、エリカは装備をしっかりと身に付けている。
エリカの絶対的優位はどうあっても揺るがず、剣を抜く必要など何処にもない。
それこそ怒りに任せて手が出た先程の方が利口というものだ。
腕を掴まれていたから腕を振るった。
剣を貶されたから剣を抜いた。
目の前の女がまるで子供の様にアルフレッドには思えた。
剣を教えるだけで、教育というものをエリカの師は教えなかったのだろうか。
アルフレッドはそんな事を考えながら、鼻先に向けられた剣先を見つめていた。
「どうした?怖くて声も出ないか?」
「そうだな」
エリカの安い挑発には乗らず、アルフレッドは短くそう答えてこの場から去ろうとした。
アルフレッドとしてはこれ以上エリカに関わる必要も無く、何よりこのままでは本当に切りかかってきそうで恐ろしい。
後先考えずに振るわれる剣程、無様で、恐ろしいものはないから。
去ろうとするアルフレッドに拍子抜けしたのか、エリカは特に呼び止めることもせずにアルフレッドとは逆方向へ去って行った。
アルフレッドが向かうのは冒険者組合。
エリカが向かうのは先程いた場所。
心の中で、アルフレッドはエリカの評価を最低にまで下げることに決めた。
一級冒険者カインの討伐したドラゴンのせいか、報酬の受け渡しに随分と時間がかかってしまった。
冒険者組合から出て来たアルフレッドは、ふと思い至って細い路地裏へと入って行った。
表通りとは違い、路地裏の奥へ奥へと入って行くと、貧民がチラホラと座り込み、飢えに耐えている姿が目に入る。
そんな中を進んでいくと、少し広い場所に出た。
周りの建物によって光が差し込むことはない。
薄暗くなっていく空の色を見つめながら、アルフレッドは生臭さを感じつつその広場の奥へと足を進めた。
いくつかの木箱が積み上げられ、囲いの様になっているそこは通称『便所』。
平民たちのストレス発散場。
アルフレッドは木箱に囲われている空間を覗き込み、一言だけ呟いた。
「やっぱり……」
エリカの行動はきっと正義に近いものなのだろう。
一般人からすれば困っている奴を助けるということは素晴らしい事だ。
しかし、その後のケアをあいつは一切気にしていない。
その結果が、いや、その積み重ねがこんなことを招いてしまう。
アルフレッドは同情を嫌う。
故に同情などはしない。
しかし、アルフレッドは悪ではなかった。
次は極力早めに。