赤い女
今回は少し短めです。
男が立ち去った後、アルフレッドは空を見上げた。
青空が、少しずつ朱に染まって行く様を見続けていた。
空の色が朱に染まって行くにつれて、アルフレッドの心はかき乱されていた。
結局、アルフレッドは白化病を捨てる選択をした。
白化病の原因究明など、アルフレッド自身夢物語であることをとうの昔に理解していたからだ。
産まれた時から色を持たない白化病。
その状態がその存在にとって正常であるとでも言いたげな程に白く、不気味な姿を持つ存在。
誰に聞いても、文献を調べても、治療の手掛かりになるものは見つからず、完全にお手上げ状態であった。
そんなものの、成果も出るかどうかわからない研究が始められるよりも、『剣鬼』との約束を守る事の方が、アルフレッドには大事であると思えたのだ。
「許してくれなんて言わない。存分に罵ってくれていい。俺はそれさえも受け入れて、無様に生き残る」
誰に言うでもなく、アルフレッドはそれに向かって呟いた。
暫くした後、アルフレッドは漸くその場から動き出した。
殆ど放心状態とも言える様子で冒険者組合にて完了札を渡して報酬を得る。
習慣とは怖いもので、アルフレッドの動きに迷いは全くなかった。
その後、アルフレッドは宿に戻った。
空腹感もなく、飯を食べる気分でもなかったため、そのままベッドに横たわって寝てしまおうと考えていたアルフレッドだったが、それが出来ない状況であることをすっかり忘れており、落胆した。
「……くそっ」
「ひっ!?」
「何もしない、する気もない……とっととどっかに消えてくれ……」
舌打ちをするとともに呟いた言葉が相手に聞こえたようで、アルフレッドの宿泊先の部屋のベッドに横たわっていた存在は全身を震わせて怯えた様子を見せた。
数度の水浴びにより、漸く染料が落ち始め、本来の色と白が混じり合うような体色を持つビーストヒューマの女。詰まる所、先日アルフレッドが騙されて購入した白化病の偽患者だ。
購入したその日にビーストヒューマの身体を良く観察してみると、口内は白く、しかし喉の奥に赤みがある事に気付いたアルフレッドは、ビーストヒューマの指先を薄くナイフで切り、血を確認してみると、それはとても鮮やかな赤色をしていた。
白化病に関する資料は少ないが、その中でも血液までも白いと言う情報を持っていたアルフレッドは即座にこのビーストヒューマが偽物であることを確信し、乾いた笑い声を上げるしかなかった。
それからというもの、アルフレッドは死なない程度に飯を与え、その紛い物の白い姿を見るのが耐えられなかったために定期的に宿にある井戸で身体を洗ったりして現状に至る。
一応はアルフレッド所有の奴隷という立場であるこのビーストヒューマであるが、アルフレッドは所有権を放棄しており、いつでも出ていっていいと告げていた。
しかしビーストヒューマは出ていく素振りを見せた事がまだない。
理由として一番大きいのは目が見えない事にあるのだろうとアルフレッドは考えていた。
全身を染料で染める際、一体どんな悪趣味な奴らによって行われたのかは分からないが、その白さは眼球にまで及んでいる。
ある意味、その変質的な行いによってアルフレッドはあの奴隷商人に騙されたと言ってもいいだろう。
眼球が白く染められ、洗っても落ちる気配が無く、何より既にビーストヒューマは光を感じることが出来ないと公言していた。
その身一つ、失明した状態で、何処かへ勝手に行けというのは、アルフレッドとしても難しい事だとは理解していた。
だが、別段このビーストヒューマに同情し、養ってやる気もない。
結果として、アルフレッドはこのビーストヒューマを死なない程度に生かすという結論に至った。
そしてもしこのビーストヒューマが死を望むのなら、アルフレッドは楽に殺してやる事だけは約束してやるつもりでいた。
「飯は無い、俺は寝る」
「はい……」
それだけ言ってアルフレッドは地べたに寝転んで目を瞑る。
基本的に何処でも寝ることが出来るアルフレッドは寝場所にこだわったりはしない。
ただゆっくりと、安心して眠り続けることの出来る場所であれば、アルフレッドにとっては天国であったから。
眠りに落ちる直前、背後で布が擦れる音がした。
ビーストヒューマの女がベッドの上で動いたのだろうとアルフレッドは特に気にすることなく眠りに落ちようとしたが、不意に身体を軽く触れられる感覚があった。
その少し後にアルフレッドの身体に布が被せられ、その後は何も起こらず、アルフレッドは遂に眠った。
その背後に、ナイフを手に持ったビーストヒューマがいるとも知らずに。
翌日、アルフレッドは外の喧騒で目を覚ました。
いつもならばまだ街全体が眠っているような時間であるはずなのだが、と疑問には思いつつもアルフレッドは起き上がり、身体をほぐすために軽く身体を伸ばす。
関節が軽快な音を鳴らすのを聞いた後、アルフレッドはベッドの使用者がいない事に気付いた。
「……決めたのか」
それだけ呟いてアルフレッドはいつもと変わらぬ日常へと戻る。
宿で朝食を取り、冒険者組合で日雇いの依頼を受け、仕事を全うし、報酬をもらい、晩飯をいつもより多めに食べて、眠る。
アルフレッドの今日の仕事は街の広場にある噴水の清掃であった。
真っ赤に染まった噴水は、自らの白さを否定したい思いの表れか。
アルフレッドには、彼女が笑っているように見えたという。
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