仕える男
早めの更新です。
アルフレッドは多少の疲労感を感じつつもいつもの様に冒険者組合へと訪れていた。
昨日冒険者の一人が窃盗で捕まったことで周りがざわついているが、アルフレッドには全く興味がなかったためにいつも通り掲示板と睨めっこしていた。
窃盗犯が捕まったせいか探し物依頼の数が激減しているような気がする。
窃盗犯が冒険者という事で冒険者への信頼が落ちてしまったのか、もしくは窃盗犯の持っていた物の中に探し物があったのか。
どちらにせよ無いなら無いでアルフレッドは他の依頼を探すだけであった。
本日アルフレッドが選んだ依頼は倉庫整理。
倉庫内の荷物を指示通りに運ぶだけの単純な力仕事だ。
こういったものは頭を使う必要が無く、無心でやっていればあっという間に終わるため、アルフレッドにとっては好みの依頼であった。
この日も単純作業を繰り返すだけで終わると確信していたアルフレッドだったが、昼過ぎに作業が終了した後、見覚えのある人物と出会った。
いや、出会ったというよりも待ち伏せられていたと言うべきだろう。
倉庫から冒険者組合へ向かう道中、先日出会った貴族の女性に仕えていた使用人の男がそこにいた。
「少し、よろしいですか?」
「……」
アルフレッドは一度は立ち止まってしまったものの、今回は前回の様に貴族の女性がいない事から無視することを選択し、その場から立ち去ろうとした。
しかしそうは問屋が卸さず、アルフレッドが男の横を通り過ぎる際に左肩を掴まれて歩みを止められた。
肩にかかる力は強く、振り解こうとしても無駄であることを瞬時に理解したアルフレッドは溜め息をついて男と向かい合った。
「何ですか?」
「少し、お話を聞かせて欲しいのですよ」
「俺が貴方以上に物を知っているとは思えませんがね」
学の深さというものは年の功とでも言えばいいだろうか。
積み重ねて来た年齢によってその人物の知り得ることは増えていく。
少なくともアルフレッドはそのように考えているし、目の前の男が何もせずに怠惰に生きてきた人物には見えなかったため、そのように応えた。
事実、アルフレッドの知見は殆どこの街中に関する事であり、それ以外の街、国に関しては常識レベルでしか理解していないと自負していた。
それだと言うのに男はアルフレッドに対して気にせず質問を投げかけた。
「『神童』と呼ばれた人物に、心当たりはありませんか?」
「……『神童』?そんなの探せば何処にだって過去にそう呼ばれるくらい物覚えの早い子供がいるだろう」
神童なんて持て囃される子供はそこら中にいる。
親が自分の子供が特別だと勘違いしてしまうのと同じようなもの。
ただ少しだけ他の子供より出来がいいだけで、『神童』なんて呼ばれ方をするものだ。
そんな考えのアルフレッドに対して男は未だ聞く姿勢を崩さずに問いかけてくる。
「それでもいいです。貴方の知っている『神童』の事を教えてください」
「凡人だよ。蓋を開ければただ物覚えが少しだけ早く、要領が良かっただけの、平凡なガキだ」
アルフレッドの知る『神童』などただ一人。
年齢を経るごとに周りにどんどん追い抜かれて行った惨めな子供。
そしてそれを頭では認めていながらも、感情が追い付かなかった、馬鹿な子供。
「では次に、『剣鬼』と呼ばれる人物には?」
「『三剣』はいつから『四剣』になったんだ?」
「長剣の『剣聖』、両剣の『剣王』、双剣の『剣帝』、そう言えばこの街には今『剣聖』と次期『剣帝』がいるのでしたね。その『三剣』に迫ると言われている『剣神』の流派とは別の剣によってのし上がってきている流派が三つほどあるそうです。その中の一人が『剣鬼』、他には『剣客』、そして――」
「――『剣豪』」
「知っているじゃありませんか」
一度は惚けて見たアルフレッドだったが、目の前の男はアルフレッドがその程度の情報を持っていることを確信しているような視線を送りつけながらペラペラと喋るものだから、アルフレッドは我慢ならずに自分から折れた。
しかし『神童』の次は『剣鬼』とは、一体何が目的なのか。
アルフレッドには目の前の男がとても不明瞭な存在に思えてならなかった。
「で?」
「単刀直入に言えば、『剣鬼』の情報を頂きたい」
「断る」
「白化病の研究を我が主君に進言しても良いですよ?」
恐らくアルフレッドが拒否を即答することを見越していたのだろう。
アルフレッドの返答が言い終わるかどうかという絶妙なタイミングで男は条件を提示して来た。
アルフレッドにとって、大損しただけで終わりを告げてしまい、再び振出しに戻ってしまって落胆していた事柄に関する、とても甘く感じる提案。
現状、アルフレッドと交渉事をする場合、最も成功率が高いと思われる報酬。
それを男が提示してきた時点で、アルフレッドの警戒心は最大にまで引き上げられた。
「……お前、何処まで」
「奴隷商人から買ったビーストヒューマは外れだったそうじゃないですか」
白化病の原因究明に使えると大金を叩いて購入した真っ白なビーストヒューマ。
アルフレッドはあのビーストヒューマが白化病患者でないことをその日の内に気付くことになってしまっていた。
あれは白い染料で全身を染められただけの、ただのビーストヒューマだった。
アルフレッド以外にそれを知るのはあの奴隷商人くらいだ。
故にその情報元は奴であるとアルフレッドは断定出来るが、それ以外が全く持って分からなかった。
『神童』はどうでもいいにせよ、『剣鬼』についての情報をアルフレッドが持っていることなど誰に聞いても確かな事は分からないはず。
一体誰からだと考えている内にも時は進んでいく。
アルフレッドは男の提案を受けるかどうかに集中する。
『剣鬼』か白化病。
この二択に迷わせられる日が来るなど、アルフレッドは考えもしていなかった。
しかし、答えは出さねばならない。
この男に捕まった時点で、アルフレッドに逃げるという選択肢が存在していない事は明白であるのだから。
「『剣鬼』は……十年前に死んだ」
「なっ――」
「――俺が、殺した。」