底辺冒険者アルフレッド
これからよろしくお願いします。
世界には魔物と呼ばれる存在がいる。
それらは人類共通の敵であり、倒すべき存在である。
それらを倒す存在を冒険者という。
これはその中の一人の物語。
決して魔物と向かい合う事のない、底辺冒険者と嘲笑われる、男の物語。
冒険者組合、世界各所に存在するこの組合に所属することでその人物は冒険者として認められる。
冒険者となった者は各地に存在する魔物を狩り、その素材を持ち帰ることで討伐証明とし、更に素材を売る事で生計を立てている。
冒険者には階級が存在し、魔物の討伐数、どの程度の強さの魔物を討伐したことがあるかなどでその階級を決められる。
階級によっては組合側から特別な待遇を受けられたり、報酬の良い依頼を優先的に回してもらえるなどの特典がある。
階級は一から十存在し、数が小さくなるほど高い階級となっている。
現在一級冒険者は世界でも数人しかいないとされており、その存在は世界の最終防衛戦力として見られる程の強さと価値を持つ。
逆に、十級冒険者もまた、数が少なく珍しい。
全ての冒険者は十級から始まるが、皆一様に一月もしない内に九級、早ければ七級まで上がって行く。
それは当たり前のことで、十級なんてものはただ組合に所属しているだけの様な存在。
どんなに小さく弱い魔物であっても十体も倒せば初心者卒業、晴れて九級に上がることが出来るのだから。
しかしそんな中、冒険者として十年もの間活動しているのにもかかわらず、十級のままの男がいた。
その男、名をアルフレッドと言う。
家名を持たない平民である。
そんな彼は今日もまた日銭を稼ぎ、日々を生きていた。
「さて、今日はこんな所か」
薄暗く、周りの良く見えない視界の中、アルフレッドはスコップを肩にかけ、空いている右手で額の汗を拭う。
一般人であれば鼻を摘まんでも耐えられないような悪臭漂う地下水路にてアルフレッドは今日の仕事の出来栄えに満足していた。
彼の今日の仕事は街の地下水路の清掃作業。
下水が流れ込むこの地下水路は長く放置していると汚物が溜まり、水路を塞ぎ、水の流れが止まると共に地上に悪臭を放つ危険がある。
そうしたことを回避するため、定期的に人手を集めるために冒険者組合の方まで依頼が出されることがある。
冒険者組合は魔物討伐以外にもこうした組合所の存在する街の生活を補助するための依頼を受けることがある。
こうした清掃活動以外にも失せ物探しであったり、土木工事であったり、人手を必要とするものは基本的に毎日何かしら依頼がある。
冒険者としても毎日魔物を討伐しに行くわけではないため、こうした依頼は休日の小遣い稼ぎ程度に利用するのが常識だ。
しかしこのアルフレッドは違った。
彼にとっては魔物を討伐しに行くなど真っ平御免被りたいものであり、彼の本業はこういった日雇い依頼である。
彼の生活水準では、毎日生活するのに必要なお金は宿代銅貨50枚と朝晩の飯代銅貨100枚、締めて銅貨150枚あれば十分であり、今日のこの清掃作業の日当は銅貨200枚、銀貨にすると2枚の報酬であり、銅貨50枚も貯金が出来る素晴らしい仕事なのだ。
命を懸けて大金を、夢を手にする冒険者あるまじき考え方ではあるが、彼は今の生活に満足していた。
彼にとっては毎日ちゃんとした寝床で寝起きし、毎日ちゃんとした食べ物が食べられるだけで幸せなのだった。
「監視員さん、本日の作業終了しました!」
「お、おう、じゃ、じゃあ完了札だ、お、お疲れさん……」
「ありがとうございます!」
清掃作業がキチンと行われているのか監視するための人、そのまんま監視員さんから依頼完了の証明となる完了札と呼ばれる木札を受け取り、アルフレッドは頭を下げた。
アルフレッドが頭を上げ、そのまま平然と地下水路の出口に向かって歩いていく様を鼻を固く手で摘まみながら監視員は呆れ顔で見送る。
「あいつ、毎回毎回、なんでこの悪臭が平気なんだよ……うぷっ」
鼻がひん曲がりそうになる、糞尿や生ゴミなどが腐敗した臭いの漂うこの地下水路。
この清掃作業の監視員に選ばれる事は街の兵士にとっては罰ゲームに近いものだった。
あまりの臭さ、衛生上の悪影響から監視員をした者は後日病にうなされることが確約されているとさえ噂になっている。
そのためかこの一日の日当は他の兵士よりも多くなるのだが、監視員になった者にとっては何も嬉しくないことであった。
そんな彼らの中でよく話に上がるのが先程去って行った冒険者である。
街の兵士から実績を積み、騎士となった人でさえ畏怖する冒険者、通称『溝鼠』。
地下水路の悪臭を物ともせず、地下水路の清掃を依頼すれば毎回の様に笑顔でやって来ては真面目に作業し、最後は笑顔で去って行く、まるでここが棲み処なのかと疑ってしまう事から、この環境に適応出来そうな『溝鼠』と称される冒険者。
噂では十年もの間十級のまま日雇い依頼を熟し続けているという話ではあるが、兵士たちの中では違った見解を持つ。
これほどの悪臭に耐えられる者が並の冒険者以下な訳がない。きっとあれこそが一級冒険者というものなのだろう。
そんな噂が広がるくらいには、アルフレッドの奇行とも言える行動は常識外れなのであった。
そんな風に思われているとは本人は一切知る由が無いのだが。
「すみません、依頼の完了手続きをお願いします」
「は、はひ……しょ、少々おまひくだひゃい」
朝に依頼を受けた冒険者組合にまで戻ってくると、アルフレッドは受付にて完了札を差し出しながらそう告げた。
するとそれに応対した受付嬢はアルフレッドから放たれる悪臭に耐えられず、鼻を摘まみながらいそいそと完了札を受け取り作業を開始した。
アルフレッド自身が汚れているわけではないのだが、一日中あの悪臭漂う中にいたアルフレッドの身体には悪臭が染みついており、近付いただけで現地よりはマシなものの酷い悪臭がするのは当然の帰結と言えよう。
受付嬢は悪臭に耐えながら何とか手続きを終わらせてアルフレッドに向き直る。
「で、では……これが、報酬となりまひゅ」
「ありがとうございます」
アルフレッドは報酬である銅貨200枚の入った小袋を受け取ると、それを腰に付けたポーチに入れてその場から離れた。
そのまま組合所から出ようとした所、彼に話しかけてくる輩がいた。
「おうおう、今日も溝浚いご苦労なこったな『溝鼠』」
「はい、皆さんもお疲れ様です」
声をかけて来たのは三人組の男の冒険者たちだった。
目つきが悪く、見るからにガラの悪そうな彼らが声をかけて来た。
アルフレッドはそれだけでこの後に起こり得ることを予感した。いや、予言しても良いだろう。
彼らはアルフレッドの先程得た報酬をカツアゲしようとしている。
アルフレッドにとってそんなことは日常茶飯事であった。
故にこの予言は特殊な力によるものではなく、この十年間の経験から来るものである。
十年もの間十級を続けていれば、他の冒険者に虐げられるのも当然と言える。
ここ数年は組合の職員でさえまともに目を合わせてくれず、陰口を叩かれていることなどアルフレッドは知っていた。
そんな中でも彼は十級で居続けているのである。
「おーそうなんだよ!俺ら滅茶苦茶疲れてんだ!街の平和を守るためによー!」
「だからさー、ちょっとくらい役立たずがお礼に酒でも奢ってくんねーかなぁ!?」
「えっと……それはちょっと……」
男たちの要求に一応の抵抗を見せる。
こんなことなどしても意味がない事は分かっているが、それでも一応一人の冒険者として、そのまま「はい分かりました」とは渡したくない気持ちが出てしまうのであった。
しかし彼ら冒険者の言い分で言えばアルフレッドが役立たずと言うのはお門違いである。
アルフレッドのしている仕事はある意味魔物を討伐するよりも街の平和に貢献している。
誰かが地下水道を掃除しなければ、いずれこの街には疫病が蔓延してしまう可能性がある。
そんな危険から人々を守っているのはアルフレッドだと言えなくはない。
更にはそんな大事な事でもあるのにかかわらず、報酬はアルフレッドが言うような良いものでは決してない。
冒険者であれば銅貨200枚程度、魔物を一体狩ればお釣りが来る。
街の兵士であれば日当は銀貨10枚以上で、あの監視員はその倍は貰っている。
日雇いということで多少の給料の低さは目を瞑ることが常識であるが、この少なさは異常とも言えた。
しかしアルフレッドにとってそんな事は些細な事でしかないのであった。
アルフレッドが言い淀んでいると、男はアルフレッドに詰め寄り、多少怒気を強めて言い放つ。
「何も身ぐるみ剥ごうなんて思ってねーよ!ちょーっとさっき貰った報酬の袋をここに置いて行ってくれるだけで良いからよぉ!」
「……わ、分かりました」
これ以上抵抗したところでこちらに利益は無いと察し、アルフレッドは素直に腰のポーチに先程入れた小袋を机の上に出した。
それを見た男たちは笑顔となり、機嫌を良くしたのかアルフレッドの背中を景気良く叩く。
痛いと感じるほどに強く。
「ヒュー!さっすがアルフレッド君!君は良い奴だ!」
「じゃ、じゃあこれで……」
「おう!お疲れさん!」
痛む背中を気にしつつ、アルフレッドはその場から立ち去って行った。
組合所から出たアルフレッドは夜の道を一人寂しく歩き始めた。
彼の一日は時折このようにして終わる。
彼は十級冒険者アルフレッド。
冒険をしない覚悟を持った、唯一無二の底辺冒険者である。
アクセスが100越えたら次も頑張れるかもしれません。