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黒灰色(こっかいしょく)の魔女と時の魔女  作者: 九曜双葉
第三章 第一話 土星猫への威嚇(いかく) ~The Hisses to the Saturn-Cat~
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第三章第一話(一)夢の中で捕まえて

「お優しいことで」


 ラビナは笑いながら言う。


 空は明るい紫色に染まり、雲も紫がかって空に浮かぶ。

 あめ色の髪を腰までなびかせ、ラビナは仔馬こうまほどの生物の背に座って進んでいる。

 ここ、夢幻郷でのラビナは身長が高くなり、二十歳前後に見える。

 表情は化粧なしでも大人びている。

 服装は刺繍ししゅうのある、落ち着きのある荘厳そうごんな貫頭衣を着ている。

 ゆとりのある布はハイウエストで銀糸に縁取られた白い帯でかたれ、膝丈のスカートのようにも見える。


 仔馬こうまほどの大きさの生物はガストだ。

 カンガルーに似た後ろ足と細長い前脚、額も鼻も無く分厚い唇は猿、いやむしろ人間に似た顔をしている。

 普通のガストは光に弱く光の下には現れない。

 そうラビナは説明する。

 ごくたまに、光に耐性を持つものが現れ、はぐれガストとして地上に出てくるらしい。

 そのはぐれガストをラビナは魔の荒野で捕獲した。

 最初は暴れていたがラビナが威嚇いかくで撃った小銃が右前脚付け根、肩をかすめてからは大人しくなっている。


 めないように口輪を兼ねた(くつわ)を着けられ、ガストはラビナを乗せて、見た目気の毒なほどしょぼしょぼと歩を進める。

 一方ラビナは上機嫌にガストの背に腰かけている。

 ラビナの左手は手綱を持ち、右手に持つ小銃の銃口は油断なくガストの後頭部に向けられている。

 ラビナはジュニアに、魔法でいうことをきかせているのよ、と説明するが、ジュニアには銃で脅迫しているようにしか見えない。


 ジュニアはキャリバックを引きずりながらラビナの乗るガストの横を、徒歩で付いてゆく。

 左手にスキャイ河が流れ、河に沿って小道が続く。

 整備されていない土の道だ。

 雑草が生い茂り歩きにくい。

 キャリバックの車輪は大きく、キャリバックの横にはみ出して付いている。

 長距離を引き回すための工夫だ。

 ジュニアの服装は貫頭衣に裾を絞った薄い布のズボンである。


 ガストには二人は乗れない。

 いや、最初ラビナは二人を無理やり乗せようとした。

 よたよた歩くガストの横腹を蹴り、無理やり歩かせようとした。

 ジュニアはガストが気の毒になり、歩くこととしたのだ。


「一度でもズィンの地下窟ちかくつでガストの群れに襲われたら、そんな情けをかけようなどと思わなくなるんだけれどね」


 ガストを気遣きづかうジュニアにラビナは揶揄からかうように明るく笑う。

 ガストは救いを求めるようにジュニアのほうをうかがう。


「いや、二人で乗るとそのガスト、絶対にアルタルの街まで持たないだろう?

 ラビナ、それじゃ君が困るんじゃないか?」


「まぁ、そうね。

 でも、アルタルまでは徒歩で二日。

 ガストでいけるところまで行って、その後は歩きで問題ないわ」


 ラビナは明るく応える。

 何であれガストは乗りつぶすつもりであるらしい。


「しかし目的地が西に三百キロなのに、最初に真逆の南東六十キロのアルタルまで行かなければならないなんて聞いてないよ」


 ジュニアはラビナに抗議する。


「あら?

 そうだったかしら?

 西には物資を調達できる街が無いのよ。

 実際、夢幻郷の最初の旅はアルタルに辿たどり着けるか否かで生死が分かれるのよ。

 アルタルはひどい街だけれど一応最低限のものは手に入るわ。

 銀行には私の口座もあるから物資も買えるし。

 あ、貸しだから。

 現実世界で返してね?」


「逆だろう?

 現実世界の貸しをこっちで返してもらう」


 ジュニアはガストの上のラビナを見上げながら文句を言う。


「あら?

 借りは情報提供とこっちでのガイドでチャラのはずだけれど?」


 ラビナは美しく、ジュニアを見下すように笑う。


「判ったよ。

 高くつくな……」


 ジュニアは一旦いったん引く。

 ラビナは満足したようにコロコロと笑い、貴方は私のパートナーなんだから安くしとくわ、と付け加える。


「しかし往復四日のロスは厳しいな。

 旅程のマージンが一気に無くなってしまった」


 ジュニアは愚痴ぐちを言う。


「どれくらいの旅程のつもりだったの?」


 ラビナはそんなジュニアに優しに上から声をかける。


「往路十日、復路十日で、調査(とう)のゆとりをみて約一週間、合計二十七日。

 最悪でも一か月」


「一か月!

 優雅な旅ね」


 ラビナは目を細めて笑う。


「でも大丈夫よ、『夢見の山脈』まではアルタルからでも十日かからない」


「空間がゆがんでいるとか?」


「そうじゃなくて足を調達するのよ、アルタルで」


「足?」


 ジュニアはガストを見る。

 ガストはラビナとジュニアの会話が解ってか、更に項垂うなだれる。


「こんなショボい足ではなくて、もっと速い足よ。

 地球猫に知り合いがいるの」


 ラビナの言葉にガストの首は地に着かんばかりに垂れ下がる。


「猫?

 猫が足になるの?」


「話は長くなるのだけれど、アルタルは猫の街なのよ。

 何人なんぴとたりとも猫を殺してはならないという法律があって、猫に特権を与えているの。

 だからアルタルには多くの猫が集まって、我が物顔で暮らしているわ。

 非常に面倒くさくてわずらわしい街よ。

 アルタルにはもちろん普通の猫も多いのだけれど、地球猫という自称猫たちが数多く居ついているのよ」


 ラビナは心底嫌そうに説明する。

 アルタルという街があまり好きではないようだ。


「自称猫たち?」


「人間ではないのでしょうけれど、だからといってどう見ても猫にも見えない夢幻郷の怪しげな住人達よ。

 猫じゃないくせに猫を自称することによりアルタルでの特権を甘受しようとする卑怯ひきょうな生物たちよ」


 ラビナの説明にはトゲトゲしさが増す。


「地球猫が幅を利かせるようになった今は混乱の極みね。

 アルタルに猫の保護に関する法律があっても、昔は猫の糞害ふんがいや食害、騒音、悪臭、のみしらみに対する対策が必要なだけだったという話だけれど。

 私は猫駆除の法律を制定するべきだと思うわ!」


 ラビナの説明はヒートアップしてゆく。


「へえ?

 その猫と足、どう関係が……?」


 ジュニアは気圧けおされて曖昧あいまいに訊く。


「地球猫たちは独特の縮地しゅくち法が使えるのよ。

 忌々(いまいま)しいことに比喩ひゆではなく月の台地まで跳ぶわ。

 非常識もここに極まれりね。

 自分たちはジャンプといっているけれど」


「空間魔法?」


「魔法というよりそれができる生物ということね。

 人は空を飛べないけれど鳥ならば空を飛べる。

 魚は水の中で生きられる。

 地球猫たちは非常識なジャンプができる存在なんでしょう。

 おおかた魑魅魍魎ちみもうりょうたぐいよ」


「君はその地球猫たちが嫌いみたいだね」


 ジュニアは興奮するラビナに取りあえず訊いてみる。

 ラビナはそう問われ、ジュニアに視線を合わせる。


「貴方も実際に会ってみれば、彼らがどれだけ鬱陶うっとうしい存在か思い知ることになるわ」


 そこまで言って、ラビナは深呼吸をする。


「まあ……、でも仲の良い子もいるわ。

 それに彼らの能力は便利でもあるの。

 利用できるものはしなくちゃね」


 ラビナはバツのわるそうな顔で笑う。

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