第二章最終話(十三)無視界計器飛行
――崩壊歴六百三十四年の五月三十一日
ソニアは飛空機を操縦している。
後部座席にはアムリタとエリーが座る。
超高層ピラミッドからの帰路だ。
「……というわけで、私がカンパニーに肥料だとか医薬品だとかを届けている間に、おかあさんは失踪してしまったのだ。
イリアとヨシュア、それにもうひとりの弟子も一緒に消えた。
イリアを連れていくのなら、私も連れていってくれても良いではないかと恨んだな」
エリーはヨシュアの事故から昨秋の『エリーのおかあさん』の失踪に関してのエリーの知る顛末をアムリタとソニアに話して聞かせている。
イリアとヨシュアはソニアの叔母と叔父だ。
イリアは『エリーのおかあさん』の縁者でもあるので、エリーの数少ない親戚筋にもなる。
その二人も『エリーのおかあさん』と共に失踪したという。
「ちょっと待ってちょうだい。
計算が合わないわ。
今の話が本当ならば、エリーは今、十三歳か十四歳ということになってしまうわ」
アムリタはエリーの顔を覗き込みながらエリーの言葉を遮る。
「うん?
確かに私は今、十四歳だが?」
エリーは、それがどうかしたのか? と問い返す。
アムリタは目を剥いてエリーを凝視する。
ソニアも振り向き、エリーを睨む。
「なんてこと、私は十四歳のガキに手玉に取られてしまったの……」
ソニアは悔しそうに顔を歪める。
そして大粒の涙を浮かべる。
アムリタはハラハラした気持ちで、操縦席のソニアを伺う。
今、ソニアの情緒が著しく不安定になっている。
「あの、ソニー……、やっぱり私が飛空機の操縦をしたほうが良いと思うのよね……」
アムリタは恐るおそる何回目かになる提案をする。
「いやよ!
私は金輪際、貴女の運転する乗り物には乗らないわ!
これ以上は私の神経が保たないの!
もうダメなのよ!」
ソニアの反応は過敏で過大だ。
ソニアは、うえーん、うえーん、と声を上げて泣きだす。
「ごめんなさい、ソニー。
怖い思いをさせちゃって。
反省しているわ。
同乗者に怖い思いをさせちゃダメよね」
アムリタは宥めるようにソニアに声をかける。
ソニアは、くすん、くすん、と泣きながら操縦を続ける。
エリーはソニアにタオルを渡す。
ソニアは、ありがとう、と言いながらタオルを受け取り、鼻水を拭う。
そうか、エリーは十四歳なのか。
アムリタは合点がいく。
ジュニアがエリーを恋愛の対象にしていない理由に関してだ。
初めて出会ったのが八年前であるのならば、ジュニアが十歳、エリーが六歳の時になる。
二歳下の妹より更に二歳下のエリーは確かに恋愛の対象から外れてしまうのかもしれない。
――確かに可愛かったけど賢過ぎてね。
――圧倒されていた。
アムリタは、ジュニアの言葉を思い出す。
アムリタはエリーを自分より年上だと思っていた。
ジュニアと同い年であろうと決めつけていたのだ。
ときどき見せるエリーの幼さに戸惑っていたが、なんのことはない、年相応の部分が垣間見えていただけであった。
――エリーは外見と中身が別人だからね。
アムリタは最初に会ったときのジュニアの言葉を思い出す。
あれは見た目と性格が一致していないという意味ではなかったのだ。
そうではなくて言葉のとおり別人になっているということだったのだなと気付く。
「ラビナもそうだけど、貴女たち実年齢と中身、見かけが乖離し過ぎているのよ。
自覚ある?」
ソニアが前を見たまま、後ろの二人に言う。
「そうよ、エリー……へ?
私も?」
アムリタは対象に自分が含まれていることに、いかにも意外だというように反応する。
「確かにアムリタは、海千山千の年配女性のように感じるな。
十七歳にはとても見えない」
エリーがソニアの言葉を受けて、アムリタに関する感想を述べる。
ソニアは無言で頷いている。
「年配女性!
酷い!」
「アムリタは時の魔法で繰り返しくりかえし経験を積むから、実年齢より精神年齢が進んでいっているのよ」
ソニアは淡々と前を見たまま言う。
「そ、それって、精神年齢が老けているってこと?」
「んー?
老けているって、言葉が悪いけどさー、精神年齢的には二十代後半より上に見えるね。
とてもティーンエイジャーのメンタリティには見えない。
経験に裏付けされた強さを感じる」
「二十代後半!」
アムリタはそう叫び、絶句する。
「いいじゃん。
精神年齢が高いって、別に悪いことではないよねー?」
ソニアはエリーに振り返りながら同意を求める。
エリーは、ウンウン、と頷く。
むしろ羨ましいぞ、とエリーは付け加える。
「エリーは実際、年齢不詳に見えるんだよねー」
続けてソニアはエリーの評に移る。
「実年齢十四歳には吃驚だけれど、エリーの場合、二十歳と言われても、四十歳と言われても信じてしまうよ。
これは提案なんだけれど……。
見かけが十八歳くらいに見えるのだから、それはもう変えようが無いのだから、十八歳の女の子に見えるように心がけたら良いんじゃないかなー?
喋りかたとか考えかたとかをさー」
ソニアは前を見たまま、エリーに言う。
「ソニー、ありがとう。
実は、同じような提案をアムリタからももらっているんだ。
そうしたほうが生きやすいだろうからと」
「そうそう。
さすがは二十代後半のメンタリティだね。
年齢不詳なのは一番良くないよ。
十八歳の恋する乙女を演じれば?
エリーが研究して演じれば、そうなれるよ。
なんの問題もないさね」
ソニアはエリーを見ずに語る。
アムリタは、二十代後半のメンタリティって言ってほしくないわ、と頬を膨らませる。
エリーは、研究するよ、と薄く笑う。
「その前に!
さっきのエリーの話からは、エリーは表情をもっと鍛えなくちゃならないわ。
エリーのおかあさんの言うとおりよ。
笑う練習をするべきよ。
私、大笑いをしているエリーを見るのが当面の目標ね!」
アムリタは怒ったような顔で、隣のエリーの顔を両手で挟み、上下させる。
硬いわ、硬いわ、表情が硬いわ、と言いながら。
ソニアは前を見ながら、わははは、と笑う。
「女の武器は、笑顔と泣き顔よ。
それが男に対する最大最強のシグナルなんだから。
イエスなら極上の笑みで応える。
ノーならば絶望したような悲しい表情で泣きじゃくる。
無表情で涙だけ流してたら、誰だって戸惑うわ。
意味不明よ。
もっと判りやすい表情を作るべきよ!」
アムリタは、エリーの顔を弄りながら語る。
「わひゃったよ、アムリタ。
わりゃうれんひゅうをすりゅよ、さしゅがはにじゅうだいこうひゃんのめんたりてぃだな」
エリーは顔を弄られながらも笑い、そう返す。
「あー!
また二十代後半のメンタリティって言ったー!」
アムリタは膨れながらエリーの顔を弄る。
ソニアは、わははは、と可笑しそうに笑う。
エリーも笑う。
曇天の五月の最終日、飛空機は視界ゼロのまま赤外線スコープと計器を頼りに飛び続ける。
カルザスの街はもうすぐだ。
アムリタは怒る素振りを見せながらも、エリーとソニア、二人の仲間を好ましく思う。
エリーはこれからどう変わってゆくだろうか?
エリーの笑う顔はさぞかし可愛いのだろうなと想像する。
赤面して膨れるエリーなんて、これはぜひ見なくてはならない。
あと、ソニアに機嫌を直してもらって、飛空機の操縦桿を預けてもらわなければならない。
なに、一度操縦桿を預けてもらえればこっちのものだ。
あとはどうとでもなる。
なんとでもなる。
アムリタは腹黒くそう思いながら、ねぇねぇソニー、と甘え声でソニアに強請る。
曇天模様の雲の中、飛空機はカルザスの街に向け、飛び続ける。
アムリタは、この時代に来られて良かったと思った。
第二章 最終話 おかあさんと一緒 了
第二章 私の凍てつく心を暖めて 了
二章までお読み頂きありがとうございました。
二章では黒灰色の魔女がいかにして黒灰色の魔女になったかの話がメインでした。
また、アムリタがリミッターを外して人間離れしていく話でもありました。
さてここまで意地になって連日更新してきましたが、ここから先は更新頻度を落とします。
読んで頂ける方がいなくなりそうで怖いのですが体力がもちません……。
三章では夢幻郷での珍道中がメインです。
愉快な登場人物が多数登場する予定です。
三章以降もエリーのキャラクターは順調に壊れていき、アムリタは魔人化していきます。
続 第三章 夢の中のあなたは素敵すぎて
あなたが続きを読んでくれることを信じて。