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黒灰色(こっかいしょく)の魔女と時の魔女  作者: 九曜双葉
第二章 最終話 おかあさんと一緒 ~I like My Mom~
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第二章最終話(十)選択の結果

 ――崩壊歴六百三十二年の十月二十七日深夜


 エリナはジャックが三時間後に来ると聞いたときから、忙しそうに軽食の用意をしだす。

 かも肉をさばき、手早く料理をする。

 先ほどテオに、肉は食えそうに無い、と言って豆料理を出したにも関わらずだ。

 エリフはテオを哀れに感じる。


 エリナはずっと外に居る。

 白いワンピースにピンクのカーディガンに着替え、その上にローブを羽織る。

 寒空の中、エリフがいくら言ってもログハウスの中に入ろうとしない。

 とんだ頑固がんこ娘だとエリフはあきれる。

 エリフは根負こんまけをして、焚火たきびく。

 エリフは焚火たきびにあたりながらジャックを待つ。


 ――コゥゥゥ……


 かすかな音が聞こえる。

 敏感にエリナは反応する。


「来た!」


 エリナは声を上げる。

 エリフは思う。

 うちの娘は、ジャックの息子にぞっこんなのだな、と。


 山際に光点が現れる。


 ――ゴゥゥゥ!


 音と光はだんだんと大きくなり、直ぐに空飛ぶ機体と判るまでとなる。

 早い。

 全長十メートル程度。

 左右に広がる飛行翼の前後に四つの大きな筒状の推進機関をもつ飛空機である。

 飛空機はまっすぐ焚火たきびに向かって滑空する。

 そして手前で機首を上げ、ストンと地面に降りる。

 なかなか鮮やかな着陸だ。

 飛空機のハッチが開き、中から少年が飛び出してくる。

 少年は年の頃、十八歳前後と思われる。

 くり色の髪、背は百七十五センチ程度であろうか。

 茶色い目、賢そうな顔は不安そうにゆがむ。

 少年はまっすぐエリナに向かう。


「本当だ!

 変わっている!

 でもエリーだ!

 エリーなんだね?

 転生したんだね?」


 くり色の髪の少年はエリナに駆け寄り、エリーの肩を両方の掌でつかみ、エリーの顔をのぞき込む。


「そうだ。

 失敗して死んでしまったが、お母さんが転生させてくれた」


 エリナは無表情で応える。

 しかし声の調子は上がっている。

 分かりにくいがエリフには分かる。

 少年はエリナを抱きしめる。


「失敗するんじゃないよ!

 死んじゃダメじゃないか!

 でもよかった!

 転生できて、本当に良かった!」


 少年は叫び、嗚咽おえつする。

 エリナは無表情であるが明らかに喜んでいる。

 分かりにくいがエリフには分かる。

 エリフは、やれやれ、と内心でつぶやく。


 飛空機の中からもう一人の人物が降りてくる。

 長身で茶色い柔らかな巻き毛の面長な壮年だ。

 エリフは、十年以上合っていないジャックであると認識する。

 ジャックは痩せてしまっている。

 モノクルの奥にあるジャックの右目が明らかに義眼であることに少し驚くが表情には表さない。

 ジャックは疲れ果てたような顔をしている。

 ジャックはエリフの前に立つと右手を胸に当てて深くふかく頭を下げる。


「ジャック、なぜ頭を下げる?」


 エリフはジャックに問いかける。


「エリーを死なせてしまったからです。

 今回は転生できたようですが、偶然に過ぎない……。

 それに、先生、私は先生がその姿で転生できるかは確証がなかった。

 それなのに先生を死地に向かわせてしまった」


 ジャックは頭を下げたまま、消え入りそうな声で応える。


「私の判断は最悪三人を死亡させることになったかも知れなかったのです」


 ジャックは弱々しい声で付け加える。


「頭を上げなさい、ジャック。

 君は君にしかできない判断をしただけだ」


 エリフは優しい声でジャックに声をかける。

 しかしジャックは頭を上げない。


「ジャック、少し歩かないか?」


 エリフは微笑みを浮かべながら振り返り、坂を下りてゆく。

 ジャックはエリフに続く。


「ジャック。

 私は君を許そう。

 君が望むのならば、すべてを許そう。

 しかし、君は私に許してもらいたいわけではない。


「……なあ、ジャック。

 君はできない判断をした。

 普通ならできない判断をした。

 どちらを選んだとしても後悔する。

 それが判っていて、それでも選択をした。


「ならばその結果に満足しようじゃないか。

 あまり観念的な悩みを持つのはめなさい。

 観念的に悩んでも、誰をも救わない。


「選択は取捨だ。

 何かを得て、何かを失うことだ。

 何も得られず、失うばかりかもしれない。

 しかし、判断をして選択するのならば、その結果は君のものだ。

 時には失ったものの大きさに君は傷つくかも知れない。


「それでも観念的なことに悩むのはめなさい。

 判断の結果、何かを失うことは仕方がないことだと受け入れなさい。


「私は君の判断を支持する。

 誰かが判断しなければならなくて、判断がしたる材料もないままに下されたとしても、それでも誰かの判断を支持しなければならないなのならば、それが地球の命運をになう判断だったとしても、私は君の判断を支持する」


 エリフは歩きながら後ろに続くジャックに語る。

 ジャックは無言でエリフの後に続く。


「明るい道ばかりじゃない。

 それでも道を選ばなくては先に進めない。

 君は道を選べる人だ。

 今回の君の判断は結果的に正しかった。

 なぜならば君は何も失っていない」


 エリフは空を見上げる。

 ジャックも無言のままエリフにならい、北方の秋の夜空を見上げる。


「ジャック、君に頼みがある」


 エリフは空を見上げたまま言う。


「なんなりと」


 ジャックは低い落ち着いた声で即答する。


「エリーを預かって欲しい。

 今直いますぐではない。

 早ければ半年後に」


「――方法が判ったのですか?」


 エリフの言葉にジャックは敏感に反応する。


「いや。

 しかし見つかる。

 一年以内に」


 エリフはジャックに向き直って言う。

 エリフの顔はベールにつつまれ、口元しか見えない。

 しかしジャックはそんな些末さまつなことを気にしない。

 気にするのはもっと別のことだ。


「……戻って来られるのですよね?」


 ジャックは問う。


「それは戻るさ。

 可愛かわいい娘が待っているのだから」


 エリフは微笑む。

 ベールの下でエリフの唇が美しく微笑みを形作かたちづくる。


「それを聞いて安心しました。

 僕はエリーを預かりましょう。

 他にご所望は?」


「この付近の航空写真と水脈の図面が欲しい」


「おおせのままに。

 明日の朝にはお渡ししましょう。

 他は?」


 ジャックは重ねて問う。

 エリフには判る。

 ジャックは探し物の手伝いは不要かと訊いている。

 エリーに対する対処を訊いている。

 口止めが必要かを訊いている。


 エリフは、エリフがここ十年ジャックと会っていない事実を伝えていない。

 エリフがここ十年ジャックと会話してきたエリナのおかあさんではないことを伝えていない。

 しかし会話は違和感なく成立する。

 会話の内容に齟齬そごは無い。

 ならば、これでよい、エリフはそう結論付ける。


「そうだね。

 私が旅立つことはエリーには伏せておいてくれ。

 私はエリーを置いて失踪する。

 それだけだ」


「おおせのままに」


 ジャックは右手を胸にあて、頭を下げる。


「体が冷える。

 エリーが軽食を作っている。

 戻ろう」


「はい、先生。

 ……しかし、久しぶりに先生の先生らしいお話しをうかがえて良かった。

 最近の先生は、おかあさんでしたから……。

 私としては複雑でした」


 ジャックは人の悪い笑みを浮かべる。

 エリフはベール越し、なんのことだ? と言うようにジャックを見る。


「イリアの代弁者として言いますが、先生の息子でもある私には、エリーはねたましい存在なのですよ」


 ジャックは低い声で言う。

 そして笑う。

 エリフにはジャックの言葉が意外であった。

 しかし顔には出さない。

 エリフにはジャックの言葉が、軽くとお程度の解釈を許して聞こえる。

 このように語るジャックは、その複層多面なジャックの言葉遊びは、エリフには先が読み切れない。


三十路みそじもはるかに超えた既婚の男が言う言葉ではないな」


 エリフは最も素直な解釈に基づき、言葉を選んで返してみる。

 ジャックの返しの範囲を狭めることはできているはずだ。


「十代後半から二十代後半までの多感な時期、父親から放置されている可哀想な娘さんの、兄貴分としての代弁ですよ」


 ジャックは更に人の悪い笑みを浮かべて言う。

 イリアにはヨシュアが居るだろう、とエリフは思うが、親とはそれだけのものでも無いこともまた理解している。


「イリアはどうしている?」


 エリフはジャックにたずねる。


「やっと、訊いて頂けましたね。

 ヨシュアがあれだけ変わったにも関わらず、お帰りなさい、の一言でしたよ」


 ふうん、とエリフは相槌あいづちを打つ。

 イリアらしいと言えばイリアらしい。

 しかし、イリアの激しい内面は察して余りある。

 近々イリアが訪ねてこないかなとエリフは思う。

 二人はログハウスのほうに連れ添って歩き出す。

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