第二章最終話(九)空へのメッセージ
――崩壊歴六百三十二年の十月二十七日夕刻
エリフとエリナはレイズン湖の湖畔、ヨシュアを入れた肉の袋を置いた場所に辿り着く。
しかしそこは綺麗に片づけられていて、肉の袋も、ヨシュアの体も、肉片も血だまりも、宇宙服さえも無くなっていた。
エリフは新しいほうのログハウスに戻る。
――トントン
ドアをノックする。
中からドアが開き、暗い表情のテオが現れる。
「お師匠ですか――!
ん?」
テオは二人の黒灰色の髪の女、エリフとエリーの来訪に驚く。
「テオ、私だ。
エリフだ。
そしてこっちはエリナだ。
二人とも死んで転生した際、体が混じった」
エリフは手短にテオに説明する。
テオは口をパクパクさせて暫く言葉が出ない。
えー? え? えー? うーん? と唸り続ける。
エリフはログハウスの中に入る。
エリナもそれに続く。
「だんだん、俺にもカラクリが判ってきましたよ、お師匠」
テオは項垂れるように言う。
「さすがはテオ、理解が早い。
うん。
私も驚いているが……」
エリフは優しい微笑みでテオに語りかける。
エリフとテオはテーブルの椅子に座る。
エリナはお茶を淹れるべく厨房に向かう。
テオはエリナを目で追う。
そして溜息をつき、なんであれ生きていてくれて良かった、と呟く。
「まぁ、報告です。
昨日湖畔に有ったお師匠の術式を見つけて監視していました。
夜更けに師匠の弟子と名乗るジャックとその息子が飛空機でやって来て共にヨシュアの復活を待ちました。
昼過ぎに肉の袋からヨシュアが出てきて、ジャックたちがヨシュアと残る肉片や宇宙服を回収して帰っていきました。
「ジャックは人工衛星の眼で、お師匠とエリナが惨殺されるところを見たらしく、えらくしょげていましたよ。
息子のほうは大泣きしていましたしね。
ヨシュアは終始無言でした。
ジャックはヨシュアを送り届けたらまた戻ってくると言っていましたよ」
テオはエリフに報告する。
エリフは柔らかな表情でそれを訊く。
エリナはジッとテオのほうを見る。
「そうだな。
エリーを巻き込んでしまったのは最大の失敗だった」
「ジャックとヨシュアはおじょうちゃんのおかあさんの弟子なんですか?」
テオは恐るおそると言った体で訊く。
「そう。
エリーのおかあさんの弟子だ。
無論私の弟子ということだが……」
エリフは優しい笑顔で応える。
テオは溜息をつきながら頷く。
「どうも会話が噛み合わないと思いました。
でも今は大体想像ができます」
テオは考え込み、信じられないけれど、それしかないもんな、と呟く。
そしてテオは、もういいや、というように憂いのある表情を捨てる。
「で、おじょうちゃん。
俺もおじょうちゃんを、エリーって呼べば良いんだな?」
テオは持ち前の明るい表情に戻ってエリナに振り返り、尋ねる。
エリナはコクリと頷き、そうして欲しい、と短く応える。
「オッケー、エリー。
では夕飯をお願いできないか?
俺は昨日からろくなものを食っていないんだ」
テオはエリナにご飯のリクエストをする。
「エリナ、炊事は任せたよ。
私はおかあさんのログハウスに戻り、おかあさんの服を取ってくる。
今の私たちにサイズが合うはずだ」
エリフはエリナに言う。
「それなら夕食後に一緒に取りにいこう。
今日は豆と芋主体の料理でいいか?
肉は今日は食べられそうにないんだ」
エリナは提案する。
エリフもテオも異論はない。
エリナは厨房で料理を始める。
夕食後、エリナとエリフは空間を跳躍しながらおかあさんのログハウスに向かう。
投光器は持っているが点けてはいない。
空はすっかり暗くなっていて雲の切れ目から月が見えている。
エリナの跳躍できる距離は五メートル程度に制限されてしまっている。
前のように数十から数百メートルの距離を跳躍することはもうできない。
しかしそれでも走るよりは早い。
エリフはエリナの魔法の使いかたを観察する。
瞬く間に、エリフはエリナ同様に空間を跳躍するようになる。
エリフとエリナは交互に空間を繋ぎ、おかあさんのログハウスに辿り着く。
中に入り、ランプを灯す。
ログハウスの中はリビングに備え付けられたテーブルに何冊かの本が雑に置かれていることを除けば、以前と変わらないように見える。
エリフはおかあさんお部屋に入り、以前は開けなかったクローゼットを開ける。
クローゼットには数着の服が吊るされている。
クローゼットの上の吊り棚には布袋が二つ置かれている。
横に作り付けられている棚には靴が整頓されて置かれている。
吊るされている服は、右側は比較的若いデザインで、左側にいくほど落ち着いたデザインとなっているようだ。
引き出しには下着類や寝間着と思われるものが丁寧に整理されて置かれている。
どれもこれも真新しい。
まるで誰かの為に用意してあるように。
エリフは着衣を脱ぎ、下着を着ける。
そして一番左に吊るされている黒いワンピースを着る。
ハンガーにはベールがかかっている。
エリフは頭から黒灰色の髪を隠すようにベールを被る。
そこにエリナが入ってくる。
「おかあさん、私の服はダメだ。
どれも小さすぎて着ることができない――!」
エリナはそう言いかけるも着替え終えたエリフを見て固まる。
「おかあさん……、いつものおかあさんだ……」
エリナの両の眼に涙が浮かび、涙は溢れて流れ出す。
エリナは表情を変えず涙を流す。
「エリー、表情が変わっていないよ。
鏡を見て笑う練習をしなさい」
ベールの下のエリフの口元が優しく笑みを作る。
エリナは泣きながら頷く。
「クローゼットの右半分と、箪笥の上から四段分が君の服だよ。
足りない分はホーネルンの街で買おう」
エリフは微笑みながらエリナに語りかける。
エリナはコクリと頷き、クローゼットの右半分の服を見る。
「この服は見たことが無い。
縫ったばかりの新品に見える。
おかあさんは私がこうなることを予想して用意してくれていたのだな」
エリナはクローゼット右側に吊るされている服の数々を見て呟く。
そして一番右側の白いワンピースとピンクのカーディガンをハンガーごと取り、胸に抱きしめる。
エリフはエリナをクローゼットに残し、リビングに戻る。
そして壁に掛けられている投光器を持って屋外に出る。
外は夜の帳が降り、暗くなっているが月明かりが周辺を照らす。
空を見上げると雲は無くなっていて、幾つかの星が見える。
エリフは投光器を空に向け、信号を発する。
『エリー、ト、エリフハ、テンセイシタ。
フタリハ、イキテイル。
シンパイ、ノ、ヒツヨウナシ』
エリフは暫く同じ文面を繰り返す。
そして最後に、オーバー、と付け加え、送信を止める。
天空の一点が白く瞬く。
『コチラ、ジャック。
ヨシュアハ、イリアニ、ヒキワタシタ。
スグ、ソチラニ、ムカウ。
サンジカンゴニツク。
オーバー』
エリフはジャックからの通信を見て笑う。
そうとうまいっているようだ。
エリフは投光器を再び夜空に向ける。
『リョウカイ。
ユックリ、クルガヨイ。
オーバー』
エリフはそう通信を行い、投光器を下す。
ログハウスのドアが開き、エリナが現れる。
黒いシャツに黒いスカート、その上にローブを着ている。
白い顔が暗闇に浮かび上がり、白磁の人形のように見える。
「どうかしたのか?」
エリナはエリフに訊く。
エリフはエリナを見て笑う。
「ジャックがここに来る。
三時間後だそうだ」
「ジャックが?
ジュニアも来るのか?」
エリナの声の調子が上がる。
やはりだ、エリナはジャックとジュニアを知っている。
エリフは得心する。
「さあ?」
エリフは曖昧に応える。
ジュニアはジャックの息子のはずだ。
エリフは合ったことはない。
しかし、エリナはジュニアに合ったことがあるのだろう。
恐らくエリナのおかあさんもジュニアに合ったことがあるということだ。
さて、どうしようか? この先のこともある。
この先の計画がある。
できるだけ、ややこしくならないようにしなければならない。
計画のために。




