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黒灰色(こっかいしょく)の魔女と時の魔女  作者: 九曜双葉
第二章 最終話 おかあさんと一緒 ~I like My Mom~
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第二章最終話(五)空からのメッセージ

 ――バシーン!


 ――シュダダダダッ!


 屋外で激しい音がする。

 エリフとエリナは慌ててログハウスから出る。

 何事が起こったのか?

 エリナには判らない。

 レイズン湖方面に霧が立ち込めている。

 しかしエリフは湖方向ではなく、空を見あげている。

 エリフは黒いズボンに白いゆったりとしたシャツをルーズに着、その上にフード付きのローブを羽織っている。

 頭にはローブのフードを被っていて髪の毛は見えない。

 そんなエリフを見て、エリナも空を見上げる。

 青空が広がり、天空には白く明滅する光が見える。


「おかあさん、あれはなんだろう?」


 エリナは天空で明滅する光点を指差しながら、エリフに問いかける。

 エリナは茶色のスカートにベージュに花柄の厚手のシャツを着て、その上にローブをまとっている。


「済まない、少し黙っていてくれないか?」


 エリフは空で明滅する光を見ながら言う。

 エリナは黙る。

 おかあさんがこのような態度をとるときには、黙って従ったほうが良い。

 エリナはそう学習している。


「エリナ、悪いが投光器を持ってきてくれ。

 その後は湖に向かう」


 エリフは空をみたまま言う。

 エリナは黙って家に戻り、投光器を持ってくる。

 エリフは空に向かって光を明滅させる。

 エリナはエリフが投光器で信号を出しているのが判る。


 ――シサイリョウカイ、オーバー。


 そう発している。

 ということは上空の光も信号なのだろうか?

 空の光の明滅はあまりにも早い。

 エリナには意味を見出すことができないでいる。

 おかあさんに訊きたいが、先ほど黙っていてくれと言われたばかりだ。

 だから黙っている。


「もうすぐ湖に私の弟子、ヨシュアが宇宙から降ってくる。

 助ける」


 エリフはエリナにそう告げる。

 エリナは驚かない。


「判った。

 湖まで送る。

 ちょっと待っていてくれ」


 そう言い残し、エリナは物置に行く。

 エリフはログハウスに戻り、木彫りの妊婦に像をつかみ、外に出る。

 そしてエリナを待たずに山を下りだす。

 一刻も猶予ゆうよはない。

 エリフは温度差を作り、湖の上に上昇気流と細かい雪のクッションを作る予定だ。

 しかし、もう時間は数十分しかない。

 走るエリフのその先にエリナは現れ、エリナは更にその先に空間のひずみを作る。


「おかあさん、空間を超えて湖に行ったほうが圧倒的に早く着く」


 エリナは落ち着いた調子でエリフを導く。

 エリナは左手に封筒を、右手に重そうな金属缶を持っている。

 エリフはうなずき、エリナの作った空間のひずみに入る。

 

「おかあさん。

 おかあさんは忘れているかも知れないが、おかあさんは弟子が宇宙から降ってくることを予言しているのだよ。

 その時がくれば、この封筒の紙の文言をなぞると言っていた。

 今日がその時なのだと思う」


 エリフはエリナから手渡された封筒から紙を取り出す。


「ふーん、古代ルーン文字をアラビア文字に転写したものとおぼしき文言が四行記載されているね。

 複雑な魔法術式が数十万ほど折りたたまれている。

 半分は死霊系魔法で残り半分は空間魔法のもの。

 空間魔法のほうの効果は判らない。


 エリフは走りながらも紙の文言を読みく。


「しかし、死霊系の魔法のほうは読める。

 主に昆虫由来のタンパク質の組成を延々と引き伸ばしポリペプチド鎖の構造をβシート構造に変化させながら繊維状にする。

 そしてその糸を蜘蛛くもの巣状に編み上げてゆく。

 更にその蜘蛛くもの巣状の糸を湖の水で膨張ぼうちょうさせる。

 いや、これは蜘蛛くもの巣状ではなく蜘蛛くもの巣そのものか。

 これを概ね一万層ほど積み上げる。


「これから類推するに空間魔法のほうは、巨大な蜘蛛くもの巣を一万層ほど空間に定位させるものなのだろう」


 エリフは紙を横目に見ながら空間のひずみをくぐる。

 エリナとエリフは何回かの空間の跳躍を経て、湖に辿たどり着く。

 エリフは木彫りの妊婦の像を湖岸に寝かせるように置き、左手で図形を描く。

 妊婦の像は黒い膜に覆われ、それはどんどん大きくなっていく。

 エリナは金属缶をおろし、そのふたを開ける。

 あたりに臭気が漂う。


「なるほど、そしてこの缶の中身が昆虫由来のタンパク質ということか?」


「多分そうだと思う。

 臭うな」


 エリナは鼻をつまみながら缶のふたを閉める。


「落ちてくる所をある程度予測しないとまずい」


 エリナは空を見上げて言う。


「いや、ヨシュアは目印を付ければ、そこをめがけて降りてくるよ。

 そういう子だ。

 ボートを湖の中心付近に誘導しておくれ」


 エリフは湖岸にあるボートを押して湖面に浮かべる。

 エリフとエリナは金属缶を持ってボートに乗り込む。

 エリフは沖に向かってぎ出し、エリナの作る空間のひずみにボートをくぐらせる。

 ボートはほどなく湖の中央付近に辿たどり着く。


 エリフは左手で空間に図形を描く。

 その図形は激しく銀色に輝く。

 そして色を緑色に変えながら空高く舞い上がってゆく。

 続いて青く光る光球を出す。

 青い光球は緑の光を追うように空高く舞い上がってゆく。

 二つの光は重なり、水色の光になって南の空にとどまる。


「ヨシュアはこの目印に向かって降りてくるはずだ」


 エリフは言う。

 続いてエリフはエリナから手渡された紙の一番上の文言を右から左になぞってゆく。

 一行目の文言が銀色に輝き、すぐに消える。

 光る文字が消えた後は紙の一行目の文章も消えている。

 そしてエリフの周りの空間が輝きだす。

 金属缶の中から幾本もの細い糸がつむがれ、空中に吸い上げられてゆく。


「一行目の文言は蜘蛛くもの糸をつむぎ、空高く引き上げる」


 エリフは二行目の文言もなぞる。

 二行目の文言が銀色に輝きながら幾重いくえにも空中に散ってゆく。

 それに呼応するように空中の糸が幾重いくえもの蜘蛛くもの巣になって空中に積みあがってゆく。

 下の層ほど小さく、上の層ほど大きな蜘蛛くもの巣となる。

 恐らく高さ数千メートルに達している。


「二行目の文言は蜘蛛くもの巣を幾層いくそうにも積み上げて空間に定位させる」


 エリフは更に三行目の文言もなぞる。

 湖の上に霧が発生し、上空に向かって伸びてゆく。


「三行目の文言は霧を発生させ、蜘蛛くもの糸をらす。

 蜘蛛くもの糸は水に湿らせると弾性力が飛躍的に向上する。

 理にかなっている」


 エリフは紙をエリナに返しながら言う。


「あれ、おかあさん。

 四行目がまだ残っているぞ?」


 エリナは不思議そうに訊く。


「四行目は落下してくる者を救うためのものではないね」


 エリフは空を見上げながら言う。

 霧により真白かっしろになっていた視界が風により薄らぎ、だんだんと青空が見えてくる。

 エリフ達のいる湖中央から、やや南の空に水色に光る光点が浮かんでいる。

 エリフはその光点ではなく北の空を見上げている。

 激しく明滅する光点が見える。

 エリナは再び黙る。


「あと二分三十秒。

 その紙のおかげで間に合った」


 エリフは北の空を見たままエリナに言う。


「あの光点は誰からのものなのだ?」


 エリナは訊いてみる。


「ジャックからだよ。

 彼もまた私の弟子の一人だ」


 エリフは、視線を南の空に移しながら応える。

 エリナは、ジャック、と復唱するようにつぶやく。

 そしてエリナも南の空に視線を移す。

 エリフは左手で空中に図形を描き続ける。

 蜘蛛くもの巣の輪郭りんかくに沿ってガイドのようなものを構築しているようだ。

 エリナも空中に右手で光る文字をつづる。


 ボートの上で待つこと一分。

 空は青く、風が心地よい。

 長閑のどかな光景である。

 人が降ってくるとは思えないほどに長閑のどかである。

 二人は南の空を見上げつつ図形や文章をつづりながら待つ。


「来た。

 あれか?」


 エリナは南のほうに光るオレンジ色の光点を指差す。


「おや?

 燃えていないか?」


 エリナはおどろきの声を上げる。

 オレンジ色の光点は水色の光点を超え、二人の頭上の空に向かう。


「おかあさん!

 水色の光点を超えるのはおかしくないか?」


「あれはリフトだ。

 リフトは北の山中に落とす手筈てはずだ。

 上空八十キロメートルでヨシュアは射出脱出している」


「そうか、大丈夫なのだな?」


 エリナはエリフを見上げ問うが、エリフは応えない。

 エリフは左手で空中にいくつもの図形を描き続ける。

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