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黒灰色(こっかいしょく)の魔女と時の魔女  作者: 九曜双葉
第二章 最終話 おかあさんと一緒 ~I like My Mom~
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第二章最終話(二)三人で過ごした穏やかな日々

 エリフ、テオ、エリナの三人の奇妙な共同生活が始まり、三か月が過ぎ去る。

 テオはエリナとうまくやって行けるか不安であった。

 しかし、意外にもエリナはテオを必要以上に敵視するようなことはなかった。

 エリナはテオを年長者として遇しているようで、テオとしてはやりやすい。


 テオから見てエリナは勤勉実直である。

 食材の確保、水汲み、たきぎの用意は朝のうちに済ませてしまう。

 食事はエリフとエリナが交代で作っているが、エリナとしては、厨房ちゅうぼうをすべて任せて欲しいようだ。


 エリナはエリフに積極的に魔法に関してレクチャーを受けている。

 弱い死霊系の魔法をいかに有効活用するかの方法論がメインのようだ。

 右手で空中に文字をえがき銀色に発光する文章をつづる。

 効果はテオには判らない。

 しかし熱心にエリナはエリフに教えを乞うているようだ。


「疑問に思っていたのだが、なんで古代ルーン文字をアラビア文字に転写する必要があるのだ?」


 エリナはエリフに問う。


「うーん、その流儀、私は知らなかったのだが、確かに合理的ではあるな。


「ルーン文字は魔法の語彙が豊富でより少ない文字で効果を指定できる。

 しかしナイフで木片に刻むのではなく空中に記述して定位させるにはルーン文字は向いていない。


「アラビア文字にすると文字の対応の関係から抽象度が増すので、意味を維持しつつ転写するには冗長性が必要となる。

 その転写のルールにポイントがあるようだね」


 エリフは左手で空中に文章をつづってみせる。

 空中に文章は発光し、輝き、やがて消える。


「そうなのか。

 さすがはおかあさんだ。

 習うより慣れろ、というのであまり深くは考えていなかった。


「重ねけが重要というが、一度目のあと二度目をかけているときには既に一度目の文字は拡散を始めているわけだろう?


「それに重ねけをするためには二度目は文章そのものを変えなければならない。

 三度目となればなおさらで、それをどうすれば良いか考えろ、と言うだけで教えてくれなんだ」


 エリナは愚痴を言う。

 エリフは笑う。


「いや、それは少し考えれば判ることで……」


 エリフとエリナの会話は続く。

 実に楽しそうである。

 テオはミュートしたリュートを邪魔にならないように弾きながら二人の会話を聞く。


 エリフが不在の時は、エリナは元の家から持ってきたと思われる学術書を読んでいる。

 少し見せてもらったがテオには内容がチンプンカンプンである。

 まず、テオが判る文字で書かれていない。

 エリナの読んでいる本は語学、歴史、医学、生物学、化学、薬学、植物学、気象、魔法等々、多岐に渡る。

 それを熱心に読んでいる。

 本当に判っているのかな? と思い、テオはエリナに、面白いの? と訊いてみる。


「ああ、面白い。

 この本はどうすればどのように人体が壊れるかを延々と説明している。

 加熱、冷却、窒息ちっそく、薬物、失血、切傷、切断、加圧……。

 人を治すには、先ず人がどのように壊れるのかを知る必要があるというのがこの本の建前上の趣旨なのだが、絶対に著者は趣味でこの本を書いているな」


 エリナは鼻をふくらませてテオに語る。


「例えばこの部分。

 気圧をどんどん下げていった場合の人体への影響が克明に書かれている。

 悲惨なものだ。

 著者はどうやってこの結果を知ったのだろうな?

 特に真空中に人間を放り出した場合の記述は圧巻だ。

 真空中でも人間は即死するわけでは無いらしい。


「目や口の中の水分は発泡し、蒸発する。

 しかし人間の皮膚は保水能力に優れるうえに内部の圧力をある程度保持するので、体液が瞬時に沸騰するわけではない。

 数秒から数十秒をかけて酸欠により死亡に至る。

 その死に至るまでの体内での変化が執拗しつように記述されている」


 そんな本を面白いと言って読んでいるエリナの趣味もそうとうだとテオは思う。


「考えてみてくれ。

 宇宙空間に生身で放り出されても、鼻をつまみ、耳をふさぎ、息を止めれば数分間ならば生存できることになる。

 これは確かに試してみたくなる」


 テオはそんなことを全然試してみたくない。

 エリナは本の説明に饒舌じょうぜつになる。

 しかしテオにはどこがそんなに面白いのか全く判らない。

 だから、本に関する話題は長くは続かない。


 しかしだ、色々な言語で書かれた小難しい書籍を面白いと言って読むのだから凄いとは思う。

 テオの理解の範疇はんちゅうを超える。

 どのような教育を受ければ、十二歳の少女がこのようになるのかテオには想像がつかない。

 少なくともエリフに師事してからの十年間において、テオは勤勉実直とは無縁であった。

 好きなリュートの練習は、それこそ毎日十八時間続けた時期がそれなりに長く在ったがそれだけである。


 テオはエリーを誘い、リュートとフルートの音合わせをする。

 テオにとってエリナとのアンサンブルの時間は他に代えがたい。

 申し訳ないが、師匠とは比べものにならないほどの新しいひらめきが、わずか十二歳のこの少女とのアンサンブルにより得られる。


 テオとのアンサンブルの際、エリナの悪戯子いたずらっこの側面が強くでる。

 この展開に付いてこられるか? お前の予想を私は裏切る、エリナは悪戯子いたずらっこの目でテオをまどわす。

 テオは見た目余裕で対処し、そんなテオにエリナは悔しそうにする。

 しかしその実、テオは一杯いっぱいである場合が多い。


 十二歳の女の子が自分を音楽で翻弄ほんろうし追い詰める。

 テオにとってエリナは謎そのものであったが、今では師匠の本当の娘なのかも知れないとも思い始めている。

 そういえば、師匠には沢山の子供がいたのだったか、とテオは思い出す。

 過去形になっているのは現在存命している一親等いっしんとう実子はいないと師匠から聞かされていたからだ。


「弟子はリュートと歌に関してはおかあさんより凄いな……。

 ひょっとして世間には、おかあさんより凄い人がたくさんいるのか?」


 エリナはテオのことを弟子と呼ぶ。

 エリナは事、リュートに関してはテオをめることに躊躇ためらいは無いようだ。


「お師匠は広く深く、だな。

 何でも水準をはるか超えるレベルでこなす。

 こんな万能な人はそうは居ない。

 でもそれぞれの専門分野に関してはお師匠より上の人は居ると思うよ。

 音楽(しか)り、料理(しか)り。

 でも魔法に関しては、お師匠は第一人者だね。

 少なくともお師匠以上の魔法使いをこの時代では見たことがない」


 テオは素直な感想を言う。

 そして続けて、そう言えば君のおかあさんも大魔法使いなんだろう? と言いかけて飲み込む。

 エリフとおかあさんを別人のように扱うと、エリナとは会話がみ合わなくなるからだ。


「そうだな、やはり魔法の到達点としておかあさんを目標にするのは頂点を願うことと同義なのだな。

 私がおばあちゃんになるまでに、あの領域に立ってみせる」


 エリナは鼻をふくらませ、目を真ん丸に見開き、こぶしを握り体に引き寄せる。


「いやいやいや、お師匠のような魔法使いになったら駄目だろう。

 人助けは尊いがあんな人生は常人には耐えられないよ。

 実際本人もいつ人生終わらせても良いと思っているんじゃないか?」


 テオはエリフの悪夢のような永劫えいごう回帰に全くあこがれない。

 あんな永遠の命は全くうらやましくない。

 テオはエリフを見て思う。

 やはり、人は限りある人生をまっとうするから頑張れるのだ。

 しかし、テオとエリナの会話は長くは続かない。


「なんてことを言うのだ。

 おかあさんの命は私が護る」


 エリナは気色けしきばむ。


「確かに弟子はおかあさんのようにはならないのだろう。

 でも私はなりたいのだ。

 制約だらけの魔法構成で、知恵と工夫で不可能を可能とする、そんな枯れることのない知恵と不屈の闘争心を私は尊敬する」


 エリナはややテオを見下したような感じで言い放つ。

 そしてフルートを片付け、本に戻る。

 お師匠に関する話題ではエリナとは全くみ合わない。

 お師匠の魔法が制約だらけ?

 数百年の長きに渡り他者と懸絶けんぜつする、その強大すぎるお師匠の魔法が?

 まぎれもなく人類最大最強の魔法使いだろうに。

 そもそも、お師匠はエリナのおかあさんなのか?

 そういった思いがけてしまい、エリナとの会話を難しいものにする。


 それでなくてもエリナには色々忌避すべき事柄が多すぎる。

 テオはそれをよく踏んでしまう。

 特にエリナという名前を呼ばれるのを嫌うことは、テオにとって理解しがたい。

 誰かしら名付け親が付けてくれた、立派な名前なのだろうに。

 ひょっとして真名まなを知られてはならないとかいうあれか?

 テオはそのことを揶揄からかいのネタにするが、エリナはほおふくらませ、真赤になって怒る。

 それが面白くて揶揄からかい続けてしまう。

 そしてエリナは口を利いてくれなくなる。


 最近では、さすがにそれではまずいかと気付きやめたが、エリナを揶揄からかいたい欲求と戦うのに難儀なんぎしている。

 自分ももっと大人にならなければとテオは反省する。


 エリナは午後から夕方にかけて不在になることが多い。

 聞くところによると古い家で薬品の合成をしているという。

 たまに風向きで異臭がする。


「さっきのあの酷い臭いはなんだ?」


 テオは夕食時にエリナに訊く。


「すまない、ここまで匂ったか?

 アンモニアを合成しているんだ。

 おかあさんは化学肥料を作ってふもとの人たちに供給していた。

 来春の分の用意をそろそろ始めているんだ」


 エリナは応える。


「ほほう。

 人工的な空中窒素(ちっそ)固定だね。

 炭鉱でもあるの?」


 エリフが興味を持ったようで話に加わる。


「ああ、おかあさんが見つけたんだ」


「へえ?

 この時代に未だそんな十分な量の炭鉱が残っているなんて凄い。

 触媒は何を使っている?」


「うん?

 窒素ちっそと水素の反応段での触媒か?

 近くの山で採れる磁鉄鉱じてっこうを使っている。

 それもおかあさんが見つけてきたものだ。

 二重促進鉄触媒というらしいが私はよく判っていない」


 エリナが説明する。

 エリフは面白そうにエリナに続きの問いをかける。

 テオには全く分からない話になる。


 テオはエリナがエリフと二人の時間が欲しいのだろうと配慮もあって、定期的にホーネルンの街まで買い出しを兼ねた短期旅行に出る。

 いくら師匠が万能であっても、燃料や衣料、食材、日用雑貨は買ったほうが手軽だし環境に優しい。

 それに楽しみもなくてはね、と自分を甘やかす。

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